第4話 デレVSデレ


 あれ以来、栗谷の監視が激しくなってしまいダンジョンへ向かうことができなくなってしまった。

 これ以上雪芽さんを待たせるわけにはいかないし、どうしたものか。

「ね。だから付いてきてよ」


「えっ?」

「話聞いてた?」

 栗谷は僕の顔を覗き込んでいた。

「ごっ、ごめん。なんにも聞いてなかった」


「学校終わったらダンジョンに行こうって話。イレギュラーの調査もしなきゃいけないから」

「僕は関係ない一般人だよ」

「関係はある。あなたはイレギュラー唯一の生存者」

「それはそうだけど……」


「彼女の私より重要な用事があるの?」

「そうではないけど、もう二度と行きたくないなって」

「あなたは彼女をたった一人で恐ろしいダンジョンに放り込む気なんだ」

 栗谷は少し拗ねているようだ。


「わかった。わかったよ。二人で行こう。けど、僕はなんの能力もないからね」

「ふふん。二人でデートだね」

 こうして僕達は二人でダンジョンに向かうことになった。

 念のために、雪芽さんに渡す用のお菓子を買って栗谷と合流することにした。






 ダンジョン浅層。

「付いてきてくれてありがとう」

「お礼なんて急にどうしたの?」

「本当は二人のことなんて協力したくもない筈なのに無理させちゃってるから」

 栗谷の意外な言葉に僕は驚いた。

 彼女のことだから、人の考えなど無視して突き進むかと思っていた。


「気にしてないよ」

「ありがとう」

「普通は文句の一つでも言うはず」

「そっ、それは君が僕の彼氏だからだよ」

「じゃあなんで最初拒否ったの?」

 それを言われると痛い。

「ごめん、意地悪した。こうしてついてきてくれるだけでも十分なのにごめん」

 と知里は優しく笑った。

 

 もう少し早く会いたかった。

 雪芽さんに出会う前だったら僕はこの笑顔に心を奪われることができたのに。


 



 浅層。イレギュラー発生地点。

「凍結されたゴブリンはダンジョンに飲み込まれたらしい。何日も経っちゃったからすっかり環境が変わってる」

「もうここには痕跡はないんじゃないの?」

「それは知ってる。私が調べたいのは現場近辺」

 と栗谷は現場をウロウロし始める。


 その時、一瞬だが雪芽さんの姿が見えた。

 でっ、出てきちゃ駄目だ。栗谷にばれちゃう。

「どうしたの?」

「ちょっと疲れちゃって。ごめん、協力できなくて」

「ダンジョン慣れしていない人が疲れるのは当然。ダンジョンの空気中にある魔力は不慣れな人間の呼吸を妨害する」


「それって結構深刻なことなんじゃ」

「ちょっと標高の高い山にいるようなもの。私のスキルのヒールで肉体の機能を回復させればすぐによくなる」

「大丈夫だよ。このくらい」


「いいから休む」

 栗谷は自分の膝を叩いて、僕に頭を預けるように催促してくる。

「分かった。ありがとう栗谷さん」

「名前で呼んで。私には知里という名前がある。私も冴内君のこと、孝雄って呼ぶ」


「分かった。それなら知里って呼ぶよ」

「孝雄。治してあげるからね」

 僕は知里に頭を預けた。

 

 その瞬間、知里はにわかに立ち上がった。

「いだっ!」

 僕は頭を抱えながら知里の方を見て、

「どうしたの?」


「魔英傑級の魔力を感じる」

 まさか雪芽さん?

 僕の悪い予感は的中した。いきなり僕の方目掛けて駆け始めたのだ。

「おお。孝雄。お菓子は持ってきたか? 甘い奴じゃぞ」


「孝雄君。この人誰?」

「さっ、さぁ? 僕も知らないな」

「けど。思い切り名前で呼んできてるけど?」

「えっ、ええと……」


 どう誤魔化そう。

 

 彼女とか言ったら、知里の雰囲気だと攻撃しそう。

 もう、やけだ。即興で誤魔化してやる。


「ねっ、姉ちゃん。なんでこんな所に?」

「へっ? 孝雄? いきなりなにを言い始めておるのじゃ」

「雪芽さん。話を合わせてください」


「出会い頭にどうしたのじゃ? まさかその子に浮気されたと思われたくないからとかいう理由か? 大丈夫じゃ。わしが大人のお姉さんとして、きっちり説得してやる」


 現状認識能力が皆無だ。

「いや。本当にそういう理由じゃないんですよ。ともかく、僕が話を作って誤魔化すので取り繕ってくださいよ」

「わっ、わかったのじゃ」

 「二人でなんの話をしてるの?」


「その。久しぶりの再会でね。動揺しちゃって」

「まさか元カノっていうのを誤魔化そうとしているとか、じゃないよね?」

「僕はいじめられっ子の非モテ陰キャだよ。そんなわけないじゃん」

「確かに孝雄君は非モテ陰キャだけど……」


「自分の彼氏の自虐くらい否定してあげようよ」

 と突っ込んだけど、知里は言及してこない。


 そんなことより、どうにかして雪芽さんのことを誤魔化さないと。

「えっと。姉さん。この子は僕の彼女で、栗谷知里って言います。知里。こっちは僕のお姉さんで……」


 この後、どう続けようかと思った。

 実際、雪芽さんのことは何も知らないんだよな。

「冴内雪芽です。ねぇ、お姉さん」


「わっ、わし。孝雄の籍に入っておるのか?」

「ねっ、姉さん?」

 なんか変なスイッチを入れてしまったようで、雪芽さんは顔を赤らめている。

「なんで顔真っ赤なの?」


「ええと。人見知りだからだよ。コミュニケーションが苦手でさ。人前だとあがっちゃうんだよ」

「そう、なんだ。分かりました。お義姉さん。孝雄君のことは私が必ず幸せにしてみせます」

「へっ? 孝雄の姉御殿? どこじゃ」


「姉さん。姉さんしかいませんよ~」

 雪芽さん。迷走しないでくれ。

「へっ? 孝雄や。孝雄はわしに名字を入れたんじゃ。ということは籍を入れたんじゃろ?」


「いやいやいや。姉弟なんだから同じ苗字なのは当然でしょう」

「わしと孝雄は姉弟なんかじゃないじゃろ。名字を付けられた妖怪は、その者の妻にならなければいけんのじゃ」

「いや。えっ? 突然の設定をぶち込まないでよ」


「わし。嘘はついとらんもん。孝雄が公開プロポーズをし始めるのが悪いんじゃ。初めて会った時から褒め殺しにしてくるし。このすけこましっ」

「孝雄君。この人とはどういう関係なの? しかもこの人、今自分のこと妖怪って自称したけど?」


「その。姉さんは想像力が豊かな人だから。ダンジョンの魔力で頭がやられちゃったんだよ」

「この浅層の魔力にはそんな効果はない」

「そっ、そうだ。現実と空想の区別が付いていないんだよ」


 話せば話すほど雪芽さんのイメージを貶めてるような気がする。

「孝雄。もう面倒じゃ。わしが妻で妖怪じゃ。わしにプロポーズをしたからには、そこの女とは別れてもらうからのぉ」


「孝雄君と別れる? それは無理ですね。現実と空想を区別できていない残念なお馬鹿さんは力ずくで排除させてもらいます」


 先に身構えたのは知里だった。

 彼女は胸にしまっていたコンパクト型のデバイスを取り出した。

 するとデバイスはにわかに輝き出した。


 不思議原理で派手な装飾がなされた三叉槍が現れたのだった。

「私の固有オリジナルスキル。雷霆ケラウノスだ」

「わしもここらではそれなりに名のしれた使い手じゃ。小娘ごときいっちょ揉んでやるか」


 雪芽さんもやる気満々だった。

 もっとうまく誤魔化しておくんだった。


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