第6話 毒を以て毒を制す

この山を出る為の最終試験、それは山頂にいる異形のモノと戦う事だった。


六本の腕から繰り出される連続攻撃、木々を足場として自由自在に跳びまわれる俊敏性、そして猛毒。どれもこの山の頂点に相応しい凶悪っぷりだ。


そして今、そいつの毒に侵されはじめ、体の自由が徐々に効かなくなっていく。


「くっそ、とことん戦いづらい相手だな」

目の前が霞む。先ほど刺された右脇腹から来る毒のせいだろうか、いやそれだけじゃない。


おれは深緑の霧に包まれている事に気付いた。

霧の向こうで異形のモノが口から毒霧を吐き出している。


(追い毒かよッ!!)

瞬時に息を吸って止めた。


(ッ!霧に触れてるだけで肌が焼かれてるみてぇだッ!!)


「シ……ヲッ!!」

次に相手はコマみたいに高速回転し、大きくおれの周りを周回し始めた。


(このままおれを切り刻もうってか?)

そう思ったが相手は一行に自分の方にやってこない。不審に思って構えていると周りの木々がバタバタと倒れていく音が。


気付けば周りにはぐるっと一周するように木の囲いが作られていた。


なんで相手はこんな事をしたのか、すぐに分かった。


(毒霧を滞留させるためかッ!)


試しに腕を思いっきりブン回したりして霧を散らそうとするがダメだ。壁のせいもあって全然霧が晴れない。


(やばいなっ、刺された箇所の痺れが広がって来てる。早くなんとかしねぇと!)


目を凝らし、霧の中にいる相手に向けて拳を放つ。だが相手はいとも容易く攻撃を避け、霧の中に姿を消す。と思ったら不意に霧から姿を現して剣を振るってくる。


ただでさえこいつの剣は避け辛いのに、この霧と毒のせいで反応が遅れてしまう。

相手が現れる度に傷は増え、またそこから毒が侵入してくる。


山で出会った魔獣たちにも毒を持つやつは多くいた。そんな魔獣たちと生き残りを賭けて戦い、そしてそいつらを喰って来た。最初は毒で酷い事になったがそれも次第に無くなった。免疫が出来たんだろう。


あの経験が無ければ自分はとっくに死んでいただろう。


(こんな猛毒、体が慣れる前に死ぬな……やっぱコイツをさっさと倒してここから出る以外に選択肢ないな)


だがその唯一の選択肢が何よりも難しい。


体中の傷から毒が侵入し、体の動きが鈍くなっていく、更に毒霧のせいで視界もおぼろげ。


「シヲオオオオッッ!!!」

「ッグ!!」


(くそっ!また逃がした)

相手は霧で姿が見えない。だから必然と相手が攻撃してきた瞬間に迎え打つという受け身の状態になってしまう。


(まずいな、体の動きがどんどん鈍くなっていく。土壇場で吸い込んだ酸素も限りがある、どうすればいい?!)


すると敵が再び襲い掛かって来た。


拳を振るった、今回は当たった!

だが当たった部分は相手の胴体、体をくねらせダメージを逃がされてしまう。



(折角当たったのにッ!ダメだ、やっぱり頭じゃねぇと。それに力をセーブしちまった。これで終わらねぇかもって手ぇ抜いちまった!それじゃあいつまでたっても終わらねぇ!!全力で、これが最後の一撃だと思って攻撃するんだ!)


おれは逃げ腰になっている自分に気付いた。


(この山で何を学んだんだ!!)


この山でどうやって生き抜いて来たのか、ただ逃げるだけじゃあダメだった。


逃げられる時は、相手が自分よりも遅く、そして長く走れない事が絶対条件。その内のどちらかが欠けたら逃げ切れる可能性は一気に下がる。この山には自分よりも速い魔獣なんてわんさかいた。


(こうするしかないよな)


おれは思いっきり息を吸いこんだ。

「ぐっ!!!」


「行くぞッッ!!!!」

大声を張り上げる。


声の圧で周囲の霧が外に押し出す。


「ゲホッ!ガハッ!やったぞ!!見つけた!!」

危機的状況になったらあえて跳び込む、この山で生き抜くために自分が見つけた逃げる以外の解決法。



「ッ!!シヲオオオオッ!!」

おれが突撃すると、異形のモノは応じるようにこちらに向かって毒を飛ばして来た。


もう体のどこに当たろうが関係ない。


毒にひるまず突き進むおれに対して、相手は刀を振るってきた。


「押し通るッ!!!」

もう攻撃を避ける余裕などない。

毒がまわりきって動けなくなるよりも前に


(拳をあの骸骨顔に叩き込む!)


相手の刀が体を深く斬りつけ、刺し貫いた。


だが静かだった……不思議と傷と毒の痛みがない。毒がそんなに回っているのか、それとも別の何かなのか。



その時おれは気付いてなかった、笑みを浮かべ相手に向かって走っていた事に。


相手を自分の距離に捉えた、力を拳に込める。


「ウラアァァァァッ!!」


相手の顔面に拳が激突した瞬間、轟音が山中に響き渡る。



木々をなぎ倒して吹き飛んだ相手は地面に倒れていた。

相手の顔面にあった骸骨の頭は大きく破壊され、そこから黒紫の煙が立ち上っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……どうだ……勝ったのか?」


もう自分がちゃんと立てているのかもよく分からない。


「シ……ヲ」

刀を握った状態のまま相手は黒い煙となって空へ昇って行く。


その煙を眺めていると、おれの体からも同じような煙が上がり始めた。

煙が出た部分の毒は消え、傷も消えていた。


「ふぅ、助かったな。これで試験は合格って事かな?」

正直なところ、毒への対処法は全く考えてなかった。この戦いに勝ったとしても解毒方が無いなら死んでただろう。


「ま、死ぬときは死ぬしな。おっと」

緊張が解けたからか、全身の力が一気に抜けそのまま地面に倒れた。


「ははは、少しばかり眠るか」

おれは目を閉じて呼吸を落ち着かせ眠りについた。



次に目を覚ますと日が高く昇っていた。

周りを見渡すと魔獣たちが木陰に。


きっとおれを見守ってくれていたのだろう。

起き上がると、彼らは自分の尻尾が飛んでいきそうな勢いで振りはじめる。


「ありがとな、今までずっと」

木陰に行き、魔獣たちの頭を撫でた。


その後は下山の準備をした、とは行っても食糧と水を持っていくだけだ。


パパッと用意を終わらせ、出発前に小屋をみる。

今や小屋は魔獣たちに使わせている。彼らは木々の枝や葉っぱで上手い事リフォームしていた。自分が使ってた頃よりも住み心地は良さそうだ。



「……よしッ!行くか!」


アオーンとおれを見送る声を背にして麓の街を目指した。


さあここからだ。

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