第15話 神の遊び

 「信じているさ、嫌でもね。」

 それは反射で口を飛び出た言葉だった。


 「興味深い、しかし語る気も無さそうだ。」

 マクベルの言葉通り、五人だけが知っている真実を言うつもりはない。教会で見た石像、あの顔の無い神の存在を。

 嫌でも、なんて精一杯の虚勢だった。何故なら気づいた時には神が広げた本の中にいて、物語の一部になっていた。


 「信じて、妄想して、想い馳せて、焦がれている。」

 十七年間生きて来て恋愛なんてしてこなかったけれど、これが恋だと言うのならなるほど、熱中するのも分かる気がしてしまう。ここにいる五人だけじゃあない、城に残した半分もあの時の彼女の顔がこびり付いて離れない。


 「ずいぶんと…」

 ずいぶんと熱心な信心だと、僅かな皮肉の言葉を飲み込む。五人の目に宿る光が、神に縋る愚かな灯りではないと伝えているから。目の前の五人が何故こうまでも神を憎んでいるのか知りたい。


 しかしまずは彼等が目的の前に立ちはだかる敵ではないということが僥倖だろう。

 「皆さん、私にどうか力をお貸し頂きたい。」

 頭を下げたマクベル、そして語るのはこの世界の歴史。





 何千年という往昔のことだ、世界が種族という明確な境によってしか分けられていなかった時代。


 人の王、獣の王、海の王、地の王、天の王、魔の王、霊の王。七王が一同に会する聖堂は静けさに満ちていた。


 「てん君が地上に触れるとは珍しい。文字通り矢の雨でも降りそうだ。」

 翡翠色の石机に脚を乗せた一人の王が退屈そうに言葉を吐く。ほとんど人間と違わない姿、しかし一つ明確な違いは頭に生えた捻じれた角。魔を統べる王である彼は対極に座る女性に目を向ける。


 「槍でも降らせて差し上げましょうか、文字通り。」

 目を瞑ったまま、吐き捨てた彼女は畳んだ純白の翼を畳んだ美の化身。空を支配下に地上を見下ろす、天の女王。本気で言った言葉ではない、しかし矢でも槍でもはたまた砲弾であっても地上に降らせることは容易である。


 「馴れあいに来たのではないだろう、少しは慎めよ。」

 予定を過ぎて未だ来ない待ち人に、苛立ちが立ち込める。窘めるような海の王の言葉に従うのは癪だが、これ以上の会話は不要。無駄話を切り上げる。


 舞い降りた、不定形の主。光が身体を照らしているというのに、濃い闇が顔に湧く。底の見えない恐怖の黒に、種族の頂点に君臨する七王でさえ震えを感じずにはいられない。


 「素敵だね。純粋な恐怖というものは劇的に甘美な麻薬だぁ…」

 中性的な声、子供の様な高ぶりと優麗な所作が入り混じる。グルグルと回転する雰囲気の渦。まるで掴むことが出来ない、自分勝手な存在にただ従うだけの七の王。


 「始めようか、この世界の未来の話を!」

 


 議論が進む、種族のこれからを決めるとても重要な会議。百年に一度の会合に大層な名前は付いていない。七日七晩、休むこと無く続けられた話は終着が近い。それは破滅へと続く絶望の始まり。


 「何を馬鹿な…っ!?」

 「あははっ!馬鹿、ねぇ…それは自分よりも愚癡な者に使う言葉だよ人の王。」

 神の言葉に他の全員が目を見開いて檄を飛ばす。信じられない内容の語り、つい今しがた神は言った。


 「頂に坐する者達よ。よく聞き給え。」

 ころころとまるで別人に入れ替わるような話し方。

 「戦争だ。私と君達全ての種族で、楽しそうでしょう?…あぁ見えるよ、感じるよ!」

 口を挟む暇もない、見開いた目が乾く。種族を統べる王だというのに、開いたままの口がずいぶんと間抜けな顔で呆けている。


 「あぁ見えるよっ!震えるほどの興奮が、身に刺すほどの静寂が。幸福と不幸が同時に声を上げるのです!…素敵でしょう?」

 高らかな笑いが支配する。心の底から楽しむかのように、闇の内側の喜色が神経を逆なでする。


 「戦争だと!?一体何を言い出すのだ神よっ!神と我々、一体どれほどの数の命が費えるか、それに何故いきなりにそんなことをぉ!!」

 もはや冷静ではいられない。三叉の槍を眼前に突き付けた海の王。強烈な怒気を放っているというのに、全くの動揺も見せない神は首を傾げて王を見る。


 「何故、そうか理由が必要か。私はねぇ鬱屈しているのだよ。ただの気晴らし、退屈凌ぎ…そう、遊びだよ!」

 ドスッと椅子に三叉の槍が刺さる。我慢の限界、文字通りの戦争が今始まろうとしている。


 「力に任せた争いは好まないなぁ。」

 いつの間に、海の王が座っていた椅子に腰かけていた神は不満そうに言った。理解が出来ない。この存在の思考が、感情がまるで知ることが出来ないという恐怖。


 「戦争、とは言ったが武力争いがしたいわけじゃあないんだよ。ただ、私が思い描く物語の題名に丁度良い…それだけさ。」

 その言葉に僅かながらの落ち着きを取り戻す。しかし状況は変わらない、警戒の姿勢はそのまま神を取り囲む七王は神の言葉を頭で反芻する。

 パンッと手を叩く音に目を向ける。まただ、目を離したはずがないのにそこにはもう姿が無い。


 「さあ、始まりだ。諸君必死に抗ってね!簡単に屈してはつまらない、決して諦めずに、ふふ…あぁいいねぇ。物語の書き出しはこうだ…」

 立ち上がり両手を掲げた神は石机の上に君臨する。


 「それは退屈を紛らわせるための、慰めだった。」

 指鳴りだけが酷く耳に残った。それはただ小さく、明らかな開戦の合図。

 

 轟音と共に石机を割る七つの攻撃。土煙が舞い、隠されたその身が再び姿を現すことは無かった。



 そして、始まったのはおよそ戦いとは言えぬ悲劇。出所不明な伝染病に凶暴な魔物の増加。異常な頻度で起こる災害災禍、増加し続ける動機の無い犯罪。


 終わらない悪夢に連鎖する狂気は全ての種族を苦しめ続ける。民は嘆き哀しみ、そして祈った。ああ神よっ!我々をどうかお救いください!!

 哀れなものだ…全てが神の手によって引き起こされているとも知らずに。


 十年、五十年、百年…長い時を経て世代交代を繰り返してた。いくら王が叫ぼうと、民が願い祈るのは不定形の悪魔のみ。

 するとどうだろう、ある種族に至っては数を半数以下まで減らしたある年の、いつもと変わらない日を境に悪夢がぴたりと止み治まった。


 愚かな民は歓喜に震え、口々に感謝をこぼした。それが全て脚本通りだとは露知らず。


 ほとんどが忘れ去られてしまった記憶。取り残された王の無念は今もなお何処かで燻っている。世界は今、神を崇め奉る者に溢れている。語り継がれてきた恩恵が、享受してきた喜びが、疑いという必要な感情を鈍らせている。




 

 「偽神の本、この世界の本当の歴史が書かれたそれは、七王の直系にのみ伝えられてきた全ての真実です。」

 壮大な過去の記憶に言葉が詰まる。語られた言葉を必死に嚙み砕く、何が本当で何が嘘か、どれだけ雄弁に耳を取り抜けようと五人の頭の中で叫ぶ声が思考を複雑に入り込ませる。


 「分からない、私には分からないよ…っ。だって、」

 さくらが静かに叫ぶ。だって私たちはこの世界の住人じゃない。だって私たちはまだ十七歳で子供で、責任能力もない。だって私たちは、だってだって…唾液と一緒に言葉を飲み込む。


 いつの間にか外は雨、水滴が吹き込まないように窓を閉めた天がマクベルを見詰める。仮面から見えるのは赤い目だけ、隠された顔でどんな表情をつくっているのだろうか。


 「神への反逆が意味するは世界を敵に回すということ、無理は言いません。しかしソラさんアルカナの異能をもうあなただけでも!」

 声高に詰め寄るマクベルが銀の杖を突く、老紳士が珍しく声を上げるその様子は天の持つ異能の重要さを告げていた。


 「それでアルカナの異能と今の話とがどう関係してるんだ?」

 「それは、ただ唯一。神と対等に戦える力…それがアルカナの異能なのですっ。」

 瞬の疑問に興奮気味に返すマクベル。

 「アルカナの異能は全部で二十二、私とリリムとソラさんで三つ。私は全てを探し集め、必ず神を墜滅する!」


 神を倒す。それは十人が掲げた最終目標、断る理由はさほどない。しかしどうしたもの、未だ信用に値しない仮面の老紳士に死と踊る幼女。

 「ところで、」

 静かになった車内、今まで黙っていた忠成が突然声を上げた。手には能力プレート。


 「天以外の四人の能力はどうなのかな?」

 彼の言葉に皆プレートを取り出す、机上に置かれた五枚の板を仮面の顔が凝視する。な、な、と短い言葉だけが五枚の上を往復するマクベルから聞こえてくる。


 「アルカナの異能が…五つも!?」

 穏やかな老紳士が驚愕の声を上げた。仮面の下の表情が手に取るように分かる。

 「やっぱり予想通りだね、俺たちは出会うべくして出会ったんだよ。」

 得意気の表情を浮かべた忠成に視線が集まる。


 「運命さ!アルカナの異能とやらを持つ五人が、それを探す人間と出会う…偶然じゃあないよこれは。」

 それは運命の輪の導き、さすればこれは幸運の出会いだ。さくらの運命選択がこの二人と五人を引き合わせ、神を倒す準備をさせている。


 「さくらの導きなら決まりだな。マクベルさん、あんたに力を貸すよ。」

 迷いはない、何故ならこの道が死路ではないことを知っているから。五人は決意の表情を固める。あてもなく天災を探す旅に新な目標が追加されたのであった。

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