第二話 王城

 馬車で神殿から王城までひた走る。

 自動車と比べて揺れが酷いな。

 時間の確認をしようとポケットからスマホを取り出そうと思ったが、行動にうつさず止めた。

 迂闊うかつに地球の技術を見せるべきではないな。


「すみません、酔いそうなので窓を開けてもよろしいでしょうか?」

「構わんぞ」


 アンリに許可をもらって壁に取り付けられた窓を上にずらす。途端とたんに潮気のある風が吹き込んできた。顔を出して新鮮な空気を吸い込む。

 コリンズが笑顔で言う。


「住む場所は違えど、そこは我々と一緒ですな」

「……皆さんはどうして平然としていられるのですか?」

「ずばり、です」


 その言葉を聞いて気分が重くなった。

 魔法を使う概念がいねんだけが加わった中世ヨーロッパという予想だったんだがな……。

 地球の中世と違う点が幾つもある。

 余計な腹を探られたくないため確認できないが、水洗すいせんや下水が行き届いているのか糞尿ふんにょうが路上に散乱していない。それどころか臭いすらしない。

 ちょっとした広場の前を通りかかったとき、何らかの罪で処刑された罪人がさらされているのを見たが、残虐ざんぎゃくな刑法ではなく軒並のきなしばり首であること。

 大通り沿いの街並みは白い石材を使った綺麗きれいな物で色々な店を構えている商店街だが、小さな路地から覗く奥の方は茶色い土レンガらしき建物がずらりと並んで見えた。

 そして何より浮いているのは、路上に白線が引かれており馬車のみならず歩行者までが分離ぶんりされている上、十分な道幅が取られており道沿いの商店には馬車を止める駐車場が所々もうけられている点だ。

 アンリたちはこの星以外からの人間を初めて見たとばかりに驚いていたが……こりゃ過去に地球人の勇者が来ていたな、それも先進国の。

 さらに水洗の技術普及ふきゅうに処刑方法の単純化たんじゅんかも加えると予想はしぼられてくる。

 第二次世界大戦後の日本人が呼ばれた可能性もあるってことか。

 いや、と内心で首を横に振る。

 もしかするとこの国が独自に思いついた物かもしれない。科学だって発達すれば魔法と見分けがつかなくなるはずだ、決めつけや思い込みは良くない。

 そう考え直すが違和感はぬぐえない。

 思い切って言葉を選びながら笑顔で質問してみることにした。


道幅みちはばが広いですねえ」

「他国に攻め込まれたときは道幅が狭い方が良いと言う者たちもおりましたが、経済の活発化を優先しました。結果は御覧ごらんの通りです」


 自慢げに話すコリンズに半ば感心するものの、地球人がからんでいるとも言っていないため完全には納得しない。


「それに糞尿の臭いが一切しませんね」

「魔法で定期的に清掃と除去をしておりますので、清潔に保っています」


 別の質問もしてみることにする。


「それとですね、この馬車と護衛たちを見た大人たちが、幼い子供たちを隠すようなことをしていたのですが……」

「ああ、そのことですか」


 コリンズがばつの悪そうな顔で事情を話し始めた。


「この国では、生まれた子供に魔力測定をさせて、特に優秀な成績を収めた者を親から引き離し、魔法学園に入れて英才教育をほどこすのです」


 そこにアンリが補足する。


「事故を防ぐためでもある。強力な魔力を持った者は、いずれ魔力暴走を引き起こす可能性があるのじゃ。大半が魔力の制御ができずにな」

「起こした場合、死ぬと?」

「大抵は家族を巻き込んでな。ちょっとした民家が根こそぎ吹っ飛ぶ」


 俺は納得しかけて、新たな疑問が浮かんだので続けて訊いてみる。


「では、私の場合はどうなんですか? 高い魔力量を秘めているようですが、何故私は魔力暴走を起こさなかったんです?」

「……どうしてじゃろうなあ……? 逆に訊きたいのじゃが、勇者殿は今まで生活していて本当に何もなかったのかね?」


 そう言われて記憶を辿たどるものの思いつかない。


「これといって、特に何も。……ただ、十才になるまで高熱を繰り返し出して寝込んでいた記憶しか……」

「それじゃ」

「え? 他の子どもと違って体が弱かっただけのことでは?」

「魔力暴走を起こした子どもは発症はっしょうから最期さいごまでほとんどが高熱で寝込む。魔力測定や魔力鑑定かんていをせんと病気と見分けにくい。それで親が子どもを手放したくなくて必死に抵抗するんじゃよ。……最終的にどかんと暴発するがな」

「そうですか……」


 思い起こせば原因不明の高熱で医者も困っていた記憶がある。薬を処方されてもなかなか熱が下がらず親をなやませていた。


「良く死にませんでしたね、私」

「運良く制御できるようになったとしか思えん。わしらの助力をずにそうなる確率は極めて低いはずなんじゃが……」

「低い、ってどれくらいですか?」

「……ざっと一万人に一人くらいかのう」

「ほとんど奇跡みたいな物じゃないですか」


 絶大な魔力量を手に入れたのに、魔法が無い世界で育ったのが不運としか言いようがない。


「というか、私のいた星では似たような症状で命を落とす子供はごまんといます。その子たちも魔力暴走の可能性があったのでは?」

「我らの星では魔力の大小はあれど、皆魔力持ちじゃぞ。魔法が存在しない、魔力測定もできない時点で議論する意味はないぞ」

「……それもそうですね」

「とにかく良くぞ来てくれた。これで我が国も救われる」

「停まーれ!」


 馬車の外から兵士の声が聞こえると遅れて馬車の速度が徐々に落ち、完全に停止した。


「着きましたよ」


 コリンズが俺に知らせたので頷き返す。

 扉が外から開き、兵士が俺たちに向けて声をかけてきた。


「王城に到着いたしました。どうぞお降りくださいませ」

「ありがとう」


 俺は一番最後に馬車から降りて辺りを見回した。

 城とは聞かされていたが、でかいな。

 今俺は馬車のある城内の広場の中心にいるのだが、ざっと十五mくらいの高さの石造りの外壁が端から端まで続いており、反対側に城があった。

 城の入り口までの道のりを左右に槍を立てた兵士がずらりと並んでおり、質実剛健しつじつごうけんさをただよわせている。


「案内しましょう、こちらです」


 コリンズが先頭に立ち、続いてアンリ、最後に俺が歩き出す。

 城の外観は灰色だったが内部は白い漆喰しっくいで覆われ天井がやたら高い。内部が昼間のように明るいのは一定間隔で頭上にともっている明かりのおかげだろう。

 二階へ上がると客間と言うには広すぎる部屋に案内された。

 立派な調度品がそこかしこに飾られている室内を見回していると、コリンズが声をかけてくる。


「こちらでしばしお待ちを。その間お茶と菓子を堪能たんのう下さい。準備が整ったら国王陛下との謁見えっけんです」

「分かりました。……あの、私、謁見の時の礼儀作法を知らないのですが……」

「ご心配には及びません。その時は私が隣におりますので、私の動作を真似ていただければ大丈夫です」

「何から何まですみません」

「いえいえ。……それでは」


 コリンズたちが出て行き、俺は一人室内に残された。

 見回すと部屋の中央にソファーとテーブルが置かれているのが見えたので近寄る。

 お菓子って……これか。

 大きく丸い椀の中にチョコレートやクッキーらしき菓子が色々入っている。けれどお茶が見当たらない。

 後から持ってくるのかな?

 とりあえずソファーに座って待つことにした。

 室内の調度品はあちこちに置かれているが、個人的な見解けんかいだと過剰かじょうな数ではなく、むしろ調和がとれているような感じだ。

 そんな風に見回している最中、ふと気配を感じて部屋の出入り口を見ると扉が開いていた。

 さっきまで閉まっていたはず……いや、待て?

 扉の前に何か白い物がうっすらと見える。目をらすと人の形のようにも見え、その胸元の高さにはティーポットが浮いていた。


「は?」


 ありえないモノを見た。

 扉がぱたんと閉まる。

 ティーポット、正確にはその下には盆がありティーカップが載せられていた。向こう側が透けて見える白い人型は音もなく俺の下へすうっと寄って来ると、一礼して盆をテーブルに置き、お茶を入れ始める。

 その様子を俺は呆然と見ていたが、お茶を入れ終わった半透明の人型はその場から離れようとしたところで我に返った。


「あ、あのっ、質問していいですか?」


 白い人型はぴたりと止まる。


『何でしょうか、勇者様?』


 どうやら意思疎通は可能らしい。

 それよりも確認したいことがあった。


「耳から聞こえなかったんだけど、どうやって話してるの?」

『勇者様の心に直接語りかけています』

「できるのか、そんなことが……。いや、そもそも君は人間なのか?」

『私は幽霊ゆうれい族という種族で現在この城においてメイドを務めさせてもらっております』

「幽霊……、メイドが幽霊……」


 信じられないが目の前にいる。常識外のことに半ば呆然としていると、幽霊メイドから質問してきた。


『失礼いたしますが、幽霊族を目にするのは初めてでしょうか?』

「アッハイ」

『他はどうかは私も分かりませんが、この城では私のようなメイドが普通です』

「メイドに人間がいないってこと?」

『いるにはいらっしゃいますが、ごく少数です』

「何故そうなった?」

『伝え聞くところによると、お貴族様が人間のメイドに手を出して望まない子供ができてしまうと、お家騒動そうどうになりかねないのでそうなったとされているそうです』

「……分かる」


 思わず頷いてしまった。


『時のお優しい王様がろくでなしの息子たちに激怒して、直接ぼこぼこに殴り倒した上で議会を動かした上で法律を変えた、という話です』


 幽霊メイドの話を聞きながら紅茶を飲む。


「お、美味うまい」

『恐れ入ります』

「お代わりを頼む」

『はい、かしこまりました』


 紅茶をいでくれる彼女をよく見ると、よくある西洋メイド服に身をつつんだ腰まで届く長髪の十代後半の女性だと何となく判断した。


「……ちなみに幽霊族の平均寿命と最高齢は幾つ?」

『はい? 人間より少し長くて平均八十才、最高百五十才ですかね?』


 この世界においては長寿と言えるのかもしれない。病気と無縁そうだし。

 そんな他愛のない事を話していると、出入り口の扉が開いてコリンズが入って来る。


「お待たせいたしました。謁見の準備が整いましたのでお越しください」

「分かりました。……お茶、美味しかった。ありがとう」

『ありがとうございます。いってらっしゃいませ』


 幽霊メイドにお礼を言って部屋を出るとコリンズと同行する兵士が一人いた。


「ではお願いします」

「こちらです」


 四階までのぼり、人の背丈の二倍もある両開きの扉を衛兵の介添かいぞえで潜る。

 そこはまるで別世界だった。

 天井は所々丸みをおび、羽の生えた天使などが細かな絵画として描かれているのが見えた。

 赤い絨毯じゅうたんの両脇に衛兵たちが一定間隔で槍を立てて並んでおり、その背後に恐らくこの国の貴族であろう者たちが立ち並んでいる。正面に二つの椅子が並んで置かれており、片方は王座でもう片方が玉座と思われた。二つともまだ誰も座っていない。

 補佐役に連れられて王座の十m手前まで進むと、補佐役がしゃがんで右ひざを絨毯に押し付け頭を下げた。見様見真似みようみまねで俺も同じ姿勢をとる。


「国王陛下と王妃陛下のおなーりー」


 誰かは分からないが、男が全体に響くほどの声で目上の来場を告げる。

 複数の気配が歩いて前方を横切り、王座と玉座に座る音が聞こえた。


みなの者、苦しゅうない、おもてを上げよ」

「勇者殿、顔だけを前に上げてください」


 王の言葉の後に補佐役が俺だけに聞こえるように小声で言ったので、ゆっくりと顔を上げてみる。

 二つの椅子には豪奢ごうしゃな衣装を着た男女が座っていた。

 椅子に座る男女の年の頃は化粧をしていて分かりにくいが、四十か五十か、そのくらいだろう。

 王が威厳に満ちた声で話しかけてきた。


「はるばる遠い所から、我らの呼び声に良く応えて来てくれて嬉しく思う。我が国は現在、魔王領から進軍してきた魔王軍と我が軍が軍事国家の国境で一進一退の攻防を繰り広げており、予断よだんを許さない状況である。……ただ、ここしばらくの間は小康しょうこう状態でお互いににらみ合っていると言った方が正しい。我が軍はそこまで疲弊ひへいしてはおらんが、いつ均衡きんこうが崩れてもおかしくない」


 王はそこまで言うと一息ついてから再び話し出す。


「そこで、勇者召喚に応じてくれた勇者殿に少数の協力者と共に魔王領へ潜入せんにゅう、魔王を討ち果たしてほしい。それで国境に陣取じんどる魔王軍は瓦解がかいし、我が軍は一気に有利になるだろう。見事、魔王の首を持ち帰ったあかつきには望む報酬ほうしゅうを与えよう」


 おお、と両脇にいた貴族たちが小さくどよめく。

 王が手を上げるとどよめきが治まる。


「……と言いたいところであるが、我が娘と婚姻こんいんを結びたいという無理や無茶な金銭の要求は却下させてもらおう。聞けば勇者殿は残された家族のため故郷に帰りたがっている様子。我が娘を嫁にやることもやぶさかではないが、手の届かぬ遠い所まで連れていかれても大変困る。その代わり、国庫が傾かない程度の金銀財宝を与えよう」


 先ほどではないが貴族たちが小さくざわめく。

 多数の人間がささやき合っているため聞き取りづらいが、おおむね納得しているようだった。

 どうやら王の娘とつながりを持つこともそうだが、新たに領地と貴族の位を与えられないか警戒していたようだ。

 そんな面倒な事、こっちからお断りだ。

 大体、俺に領地を経営する才能なんてない。自身が持っている無属性と闇属性の魔法が領地を運営するほどの相性が良いかと問われれば否、と答えるだろう。……現時点では。もしかすると隠れた才能があるかもしれないが、あまり期待しても良くないと考える。

 これが土属性であれば、土木工事で貢献するために一念発起いちねんほっきしていたかもしれない。

 どこかに気立ての良い女と結婚して、故郷に連れ帰ることができればそれで十分だ。

 脳裏でそんなことを考えながら王に対して礼を言う。


「格別なる配慮はいりょ、ありがとうございます」

「うむ」


 そこへ王座の脇に控えていた文官らしき男が進み出て、紙の文書を読み上げ始める。

 羊皮紙ではなく紙が実用化されているのかと感心しながら聞く。


「勇者殿は直ぐに魔王領へ行くわけではございません。聞けば、本人は戦の経験が全くないそうですが、魔力測定を行ったところ、数値をたたき出したとのこと。このことからまずは王立魔法学園に入学し、戦力の底上げを行うとのことです。また、彼と同行する者たちを在校生から選抜せんばつし、勇者殿を手助けするようはからいます。以上です」


 文官の言葉に貴族たちは隣り合う者と小声で話し合っている。表情が笑顔なので彼らにとっても悪くないと考える。


「勇者殿、ご苦労であった。下がって良いぞ」

「はっ」


 王に言われたので退室することにした。コリンズも一緒だ。


「勇者殿、お疲れ様でした」

「いえ、そんなに発言することがなかったのでありがたかったです」


 事実である。

 いきなり転移したばかりで話を詰められても、というのが正直な感想だ。

 何か、街頭のセールスに取っ捕まって商談しょうだんを進められている感じに近いよな。

 どうしても胡散臭うさんくささが拭えない。

 俺が若い頃だったら、異世界転移して勇者と呼ばれた時点で浮かれるだろうなあ。

 それだけの人生を歩んできた身としては、逆に警戒するにしたことはない。

 そんなことを考えていると、コリンズに近寄って来た男が彼に耳打ちして去っていった。

 何か起きたのだろうか。


「勇者殿、国王陛下が応接室にて会談がしたいとおおせです。移動しましょう」

「え、あれで終わりじゃないのですか?」

「先ほどのは、あくまで貴族たちに貴方あなた様をお披露目ひろめするという形だったのですが、これ以後のことの詳細をこっそり詰めておきたいとのことです」

「ああ、そういう……。分かりました」


 要するに、貴族に不満が出るかもしれない取り決めを裏でやってしまおうと言いたいわけだ。

 まあ政治家にとっては領地や爵位しゃくいを有力者に与えることができないというのはこの国に繋ぎとめられない、いずれこの国を去る可能性があるということだもんな。

 魔力測定で異常な数値を出したのが原因だろう。

 たまたま購入したカードゲームのスーパーウルトラなんちゃらレアカードを引き当ててしまったようなものだ。

 手放したくないに違いない。

 コリンズの後に付いていき、応接室に入る。

 密談するための場所なのか、他の部屋との距離が多少開いており、若干小さな部屋だ。それでも最低十二畳の広さはある。


「ここで少々お待ちください。ところでお手洗いに行く必要はございませんか?」

「あ、そうですね、今のうちに済ませておきたいですね」

「それではこちらへどうぞ」


 この世界のトイレというのはどんなものかわくわくした。

 トイレの区画に入り内部を観察する。

 うん、男女の区別がついていて……臭いがしないな。ほのかに柑橘かんきつ類の香りがする。

 男性用トイレは各個室に水洗タンク付きの洋風大便器が据え付けられており、反対側に水洗付きの小便器が並んでいた。奥の方には窓と壁際かべぎわの隅の方に換気扇かんきせんが取り付けられている。

 現代の日本の公衆こうしゅうトイレと変わらないな。やっぱ日本人が過去に呼び出されていたんじゃないか?

 内心苦笑しながらも、使い勝手かってが変わらないことに安堵あんどして用を足す。便器の脇に各種スイッチがあり、流すという文字が書かれているスイッチを入れると水が汚物を流していった。

 王族やその関係者が利用するからここまでの設備になっているんだろうけど、庶民はどんなものなのかね。……ってトイレソムリエか俺は。

 つらつらと考えながら応接室に戻る。

 まだ王様は来ていないようだ。補佐役にどこのソファーに座れば良いか聞き、幽霊メイドの紅茶を堪能たんのうしたところで王様がやって来た。

 カップを置いて立ち上がり王様と正対する。


「待たせたな」

「いえ、大丈夫です」

「ああ、座って良い。これから詰めておきたい話があるのでな。それとこの場ではいちいちかしこまらずとも良い、堅苦かたくるしいのは疲れる」

「……努力します」


 王様に言われて座るが、はるか目上の人に対しての普段通りのしゃべり方はきつすぎるだろう。下手すればその場で不敬ふけい罪で殺されかねん。

 コリンズが退室していった。

 王様は俺と対面のソファーにどっかりと座る。


「まずは挨拶といこうか。俺はこの国の王でケビン・アングル・ウェスティンと言う」

「氏が安武やすたけ、名が典男のりおと言います。よろしくお願いいたします」

「さて、ヤスタケ殿との大まかな契約内容はさっきの謁見の間で交わしたところだが、細部をどうするかなんだが、……何か希望はあるかね?」


 俺は紅茶を一口飲んでしばし考える。

 どうする? この場にはアンリたちがいないようだし、踏み込んだ発言をしても大丈夫か?

 とりあえず、本題には入らずに遠回しに尋ねてみる。


「この部屋はが行き届いていますか?」

「俺のメイドたちは綺麗好きだからな、ぴかぴかだぞ」


 ウェスティンの返事に安堵する。

 なら本音を出しても問題ない、かな。

 この国の頂点なのだ。誰か一人くらい信用しておかないと精神的に疲れてしまう。


「アンリ大長老とは仲が良いのですか?」

「ふむ。酒を飲む仲ではないが、執務しつむの上では気兼ねなく話し合える程度には、だな」


 ウェスティンの返事を吟味ぎんみする。

 仕事は円滑えんかつに進めることができるが、腹を割って話すほどの仲ではない、と解釈してもいいのだろうか?

 そもそも俺の事情をどこまで伝え聞いているのかどうかが問題だ。


「私がどこの出身か詳しく聞かされてますか?」

と。……過去に呼んだ勇者の同郷かもしれないが」

「やはり気付いてましたか」

「ああ」


 俺が日本から来たという話だけで勘付かんづいたに違いない。


「そもそもアンリたちは何故、他の勇者に地球出身の者が混じっていたことを知らないような口ぶりをしたんでしょうね? 素直に都市にある様々な技術は勇者からもたらされた物ですって言えば良いのに」


 俺のぼやきにウェスティンが苦笑いする。


「単純に恥ずかしかったからではないのか? 生まれ故郷がよその進んだ国からの技術で発展したなどとは自慢できないだろう」

「それは私の故郷でも同じです。自国の学者の新発見で隆盛りゅうせいしたこともあったし、他国に頭を下げてまで導入どうにゅうした技術もありましたから。持ちつ持たれつですよ」

「良い言葉だ」


 これで疑問は解消した。


「魔王討伐に連れて行ける人数は何人まで可能ですか?」

「将来、成長したヤスタケ殿の強さとそのときの彼らの相性によるだろうな。一クラス丸ごとは無理だろう」

「まあ、貴族の跡取り息子などがいるでしょうから、親からしてみれば死地しちに送り出したくないでしょう」

「次男、三男なら『命を惜しむな、名を惜しめ』とケツを蹴るだろうな。後は孤児こじ院や貧民ひんみん街出身の子たちは率先して願い出るだろう。貧困脱出の機会だからな」

「競争がはげしくなりそうですね」

「その分、優秀な人材も集まるだろう」


 話している内に、そういえばと思い出した。


「呼び出せる勇者は一つの国につき一人だけ、というのは本当ですか?」

「うむ。神々が決めた。あまりにも多いと勇者を代表しての国家の代理戦争になりかねないからな」

「そうですか。後はお願いなのですが……」

「無茶な願い以外なら聞いてやる」

「魔王討伐後の報酬の件なのですが、金銀財宝ではなく、宝石の類にしてもらえないかと」

「それは構わないが、何故だ?」

「故郷では私平民なので、換金の際に出所を問われます。場合によっては不法所持で役人に捕まりかねません」

「あー」


 理由を聞いたウェスティンが遠い目をした。


「価値の低い宝石なら出所を問われることはないだろうという、私の浅知恵あさぢえですけどね」

世知辛せちがらいな。ヤスタケ殿がそう言うのなら構わんが、……価値の低い宝石で良いのか、本当に?」

「その分、宝石の数を多めにして下さい。老後はのんびりと長く生きて暮らしていきたいので」

「うむ、容易たやすいことだ。それなら目標達成後でも準備可能だな。他にはあるか?」

「できれば、故郷に連れ帰ることができる気立ての良い若い嫁が欲しいです」

「貴族の中から選ぶのはちと厳しいぞ?」

「いえ、平民、孤児院出身の子でも良いので。……こんな年になったらごのみできませんよ」

「俺は王族の生まれだから婚姻のあれこれには相当苦労させられた。ヤスタケ殿の境遇きょうぐうを知らんが、俺は結婚できただけましだったか……」

「いや、本当、今現在私の故郷では結婚してない平民の若者が四割に達するとか言われてますので」

「国がほろびてしまうではないか……」


 ウェスティンが呆然とする。


「いえ、元々異常だったんですよ。百五十年前の故郷の総人口は三千二百万人、今現在が一億二千万人で老人が四割くらい。国が生産した商品を海外に売って儲けた金で世界中から食料を買って支えていたんです。三十年後には人口が半分になるとか言われてますが、そのくらいが正常と私は考えてますね。人が多すぎるんですよ」

「自国の人口が減っても良いとは看過かんかできんな。数は力だ、半数に減るなど論外だ」


 当然の意見だ。真っ向からの反論に俺はおだやかに返答する。


もっともな話ですが、私の話を聞いて考えてください。……私の国の人口を支えている自国の農産物では国民の四分の一を支えるのが限界です。それ以外の農産物が、他国の思惑により一切入って来なくなったらどうなりますか?」

「それは、飢え死にだろう」

「彼らが死ぬ前にその怒りがどこに向くか、です」

「それは時の政権……ああ、そうか」

「国が倒れればその混乱のすきを突いて隣国が攻めてきかねません。そうなった場合、もっと多くの犠牲者ぎせいしゃが出ます。歴代の政権がどう考えていたのかは知りませんが、食糧不足で国民が餓えないようにするために自然減少へと至るように仕向けたのかもしれませんね」

「馬鹿な……、隣国を攻め取って農地を確保してしまえば良いではないか」

「おおよそ百年くらい前にそれやったんですけど、結果的に戦争に負けて多大な犠牲を払ったんですよ。その影響が現在まで残るくらいに。今やったとしても同じ結果になるだけなのでしたくないですね」


 本当は他国を攻め取るにあたいしない理由があるのだが、説明するのが面倒くさいので黙っておくことにする。


「以上、私の個人的な見解でした。……それにどの道、庶民である私には止めようがありませんし、なるようになるしかならないですね」

「勇者殿の考え方に納得はしないが、理解はした」

「まだ質問があるのですが……」

「何かな?」

「魔王と王国との戦争の発端を聞かされたんですが、もう少し詳しくお聞かせ願えないかな、と」

「詳しくは学園の現代国際情勢科で話を聞けるはずだ。まあ、王族の視点から見た出来事を知っておくのも損はないか。……貴族たちの前ではああ言ったが、事態はもう少し複雑でな……」


 王様の話をかいつまむと次のようになる。

 軍事国家は地球のモンゴルのような楕円形の国家で南西に魔王領と接する。西側は高い山脈、南側は常に荒れている海で船は出せず陸軍国家。東に低い山脈がありその向こうにカルアンデ王国。北側に三つの国と接している。

 元々は複数の騎士団領がひしめき合っていた所で、ある時、力の強い騎士団が一つの国へまとめ上げたのが前身ぜんしん。上手にまとめた建前としての合言葉は「魔族から民を守れ」。この言葉が各騎士団に受け、統一へ繋がっていったそうだ。

 旧騎士団領を繋ぐ道路が網目のように走っていて、統一後は不便ということで、比較的真っ直ぐな道路が敷設しきせつされる。また、魔族領と接する国境線沿いに長大な壁、要塞線を構築し魔族領にふたをする。魔族の侵入を防ぐためと国内外に喧伝けんでんした。

 しかし、魔族領が魔王により統一された後、軍事国家に侵攻してきた。戦争序盤で敵の竜騎士を捕らえて尋問したら「我らには決戦兵器がある。これもカルアンデ王国のおかげだ」という答えが返ってきたので、抗議の問い合わせが来た。

 次第に状況説明から王様の愚痴へと変化していく。


「軍事国家から魔族領に戦略兵器を輸出するな、攻め込むぞと通告されたが経済物資や剣や槍くらいしか輸出していない、わけが分からん。そんな物は無いと説明しても納得してくれないうえに、軍事国家に統一されてから疎遠になっていたので放置したら、あっと言う間に軍事国家が攻め滅ぼされてな。さすがにこれはまずいと考えたわけだ」


 軍事国家と国境を接する国々が中心となって同盟を結び、各国それぞれが勇者たちを召喚し、軍隊と共に軍事国家へと攻め込む手筈らしい。

 問題はそこではないらしい。


「ヤスタケ殿には悪いのだが、同盟国の勇者たちとの共同歩調はとれないのだ、すまんな」

「どういうことです?」

「ヤスタケ殿は先頭で戦うのに向いてないことが同盟各国に魔導通信で知れ渡り、いらないとはっきり言われてしまってな」


 王様が深いため息を吐いた。

 俺としては裏方でも使いようによっては活躍できると思うのだが。


「その同盟各国の勇者たちは今後どういう行動をとる予定なんですか?」

「誰もが戦場経験があるそうなので、すぐに投入されると聞いている」

「良いじゃないですか、彼らによって戦争が終わればそれで良し。終わらなくてもそれまでに学園で訓練して経験を積めば良し。悪いことはありません」

「そう考えてもらえるだけで助かる」


 その後は雑談を交わしてウェスティンとの会話は終了し、契約内容に間違いがないかどうか確認した後、応接室から退室した。

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