機動兵器が戦争する世界で病弱文系に出来る事は在りますか?

夢泉 創字

序章

読者諸君、生存おめでとう。

 リモコンのボタンを押す。

 其れだけで、先程まで無機質極まりなかった壁は、向こう側の景色を透かすようになる。

 相も変わらず、意味不明な技術だ。

 とかく科学者というのは突拍子もない事を考えるものである。


 360度全方位に広がるは星の海。

 美しく、何処か冷たい黒の空。

 吾輩は、此の光景を見る度に考えてしまう。

 人類は果てしなく広がる空に出たのか。

 其れとも、ただ終わりのない穴に落ちたのか、と。

 

 星々は確かに雄大で美しい。

 初めて重力から逃れた人々は、さぞ感嘆した事だろう。

 然れど、生まれてから死ぬまで船の中に住まうのなら、直ぐに飽きる。

 殆どは生命を拒絶する死の星ばかり。

 加え、ただ姿を拝むだけならば映像で事足りる。

 是が人の憧れ続けた神の世界の正体とは、何とも物悲しい。

 

 吾輩の乗る船――スペースコロニーから幾筋もの光が飛び出した。

 あれこそは人類の叡智の結晶、人型機動兵器BI-S333エスペラ。

 見た目だけはロマンの塊、幼心に憧れる鋼の巨人。

 然れど、機兵は人を殺す。

 搭乗者に示される選択肢は2つ。殺すか、殺されるか。

 畢竟、その実態は人を殺す棺桶以外の何物でもない。


 先日、徴兵が始まったことを思い出す。

 なれば、あのエスペラに乗っているのは徴兵された者達だろうか。

 否、流石に数日で操縦できるようにはならない。

 であれば、あれを操るのは志願兵たちか。

 彼らは志願して死地へと向かっていく。

 今も際限なく命を飲み込む、暗い穴へと落ちていく。


 嗚呼、やはり此処は空ではない。


 難病で身体が弱い吾輩は、現時点の徴兵基準からは外れている。

 そんな吾輩が彼らの姿を見送るのは、罪悪感からなのだろう。

 一人でも無事に帰ってきて欲しいと願うのは、偽善なのだろう。

 前線から離れている故に浮かぶ愚かな思考。

 吾輩は勇敢で才溢れる兵士たちの奮闘のおかげで生きている。

 彼らの命を薪として、いつ消えるとも知れない粗末な命を燃やしている。


 嗚呼、やはり我慢ならない。


 無論、闘争が人の性であることは重々承知している。此の戦争には、それなりの理由があることも。

 敵国が始めた戦争だ。

 然れど、背景には自国の傲慢がある。

 敵国に殺された同胞の敵討ちだ。

 然れど、自国の兵が敵国の兵を殺している。

 

 嗚呼、やはり人の世は誠に儘ならない。


 宇宙に飛び立とうとも。

 母なる星から巣立とうとも。

 重力から逃れようとも。

 所詮、此処は無情なる人の世なれば。


 ――なればこそ。

 吾輩は、吾輩の為したい事を為そう。

 其れが人の性である故に。是が吾輩の闘争である故に。


「この宙域における全通信装置のハッキング完了です。毎度のことながら5分が限度ですけど、悪しからず」

「準備できたっスよ、先生!」

「分かった。それでは、朗読テロを始めるとしよう」


 宇宙に響け、吾輩の文学よ。


「読者諸君、本日も生存おめでとう。昨日の続きを朗読する。5分間、戦闘行為を止めることを勧めよう。もしも逃げ遅れた者がいるならば、その間に逃げると良い」


 ペンは剣よりも強い。その剣が人型機動兵器であろうとも。

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