第4話 初エロ

 とぼとぼと帰路へ向かう男の背中にはどこか哀愁を感じる。


 まるで敗戦した日本兵のようにどこか疲弊した姿を全身で表す彼は主人公であり、僕である。


 自分を労ることに特化しているとはいえ、突発的に、それも立て続けに様々なことが起こるとなると話が変わってくる。


 今回のようなケースはまさに異例で、金輪際関わりたくもないのだが、そうは言っていられない。


 これから1年間付きまとう呪縛のような役割は今日のように毎日僕の体を痛め続けるだろう。


 精神的にも肉体的にも苦しい現状を打破する術は残念ながら持ち合わせておらず、また、あまりにも無策すぎて打破しようとすら思えない。


 このままでは空からの使者が僕を迎えに来てしまうのは時間の問題である。


 ならどうするか。


 それは逆転の発想である。


 打破しようとするのではなく、今まで以上に自分を労ればいい。


 解決することが難しいのなら、諦めることも時には大切である。


 僕はそういう人間である。


 



 普通の一軒家。


 そのような表現方法はあまりに贅沢であろう。


 その普通と表現した一軒家を建てるために我々の親は必死に働いている。


 身近に感じすぎることは悪である。


 常に感謝の心を忘れてはいけない。


 ・・・・・・・・僕は何様なんだ?


 閑話休題。


 流石に隠し切れない老朽化を思わせるような音を立て、扉は開く。


 僕を心から迎え入れてくれるのはこの家だけなのかもしれない。


 嫌な顔一つせず、温かい場所へ誘うこの家こそ、僕は胸を張って僕の居場所であると断言できる。


 そしてここにはそんな優しい温もりだけでなく、僕にはもったいないくらいの癒しがあった。


 「ただいま」


 無へと向かって帰宅を宣言する。


 そんな僕の声と足音、そして扉の音に呼応するかのように『とてちて』と名称するのが相応しいような足音が聞こえてくる。


 そしてその足音の主は僕の顔を見るや否や、まるで天使のような満面の笑みを浮かべた。


 その瞬間僕は、誤って空からの使者が僕を迎えに来てしまったのかと勘違いするほどに一瞬昇天しそうになってしまった。


 「ただいまぁ、おにいちゃん!」


 少し舌足らずで、そして余りにも幼い彼女の声は僕の耳にまるで薫風のようにふわっと優しく侵入する。


 頭の中を幸せが席巻し、細胞中が喜んでいるのを感じる。


 毎日聞いているはずなのにいつも新鮮なのは、彼女の成長が凄まじいものなのだと分かってはいても少し寂しくなるが、僕はそれでも心の底から愛している。


 「どうちたの?・・・・・・・・はっ!もしかしていのうに目覚めそうなのぉ?」


 ・・・・・・・・うん。まぁ、あれだ。どうしてか分からないが・・・・厨二病なんだけどね。


 一体誰に似たんだか。まだ5歳だってのに・・・・・・・・


 ほんと、最近の世の中はどうかしてるぜ。


 「おにいちゃん!きょうはどんなかつどうをしてきたのぉ?」


 「あぁ。今日はだな、こ、氷の女王を手下にしてきた」


 「ほわぁぁぁぁ。やっぱ、おにいちゃんすごぉぉぉ!どうやって?ねぇ、どうやってぇ?」


 爛々とした眼光で僕に対して強烈な憧れと好奇心を向ける5歳児の妹。


 その淀みない大きな黒い瞳は僕に少しの罪悪感と大きな幸福感を与えた。


 そして僕の口はやはりスラスラと、彼女の期待に応えるという盾を片手に根拠のない妄想を話し始める。


 「まぁ、そもそもおにいちゃんの魅力に釘付けだったからな。あとは簡単さ。みんなの前で『こいつは俺様のものだ』って宣言すれば一殺いちころって感じ。あいつも恍惚の表情で僕の隣にべったりだったな」


 「・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・やりすぎたか。


 純粋でなんでも信じるとはいっても流石にここまで奇想天外な与太話を信じるほど僕の妹も流石にぶっ飛んではいないはず。


 やっべー。どうやって言い訳しよう。


 「おにいちゃん・・・・・・・・」


 「ち、ちがうんだよ。いや、えーっと。そ、そのだな」


 「さ、さすがおにいちゃん。いいえ、さすが『ぜんせはこのよをすべていた魔王様』なだけあるわ!順調に太古の記憶を取り戻しているのね!」


 「うぐっ!」


 「そうだよね。魔王様にとって氷の女王はひっすだもんね。でもなぁ・・・・妬けちゃうなぁ。おにいちゃんは魔王様だけどおにいちゃんなんだから・・・・・・・・えーっと・・・・うーんと・・・・なんてゆおうとしたのかわかんなくなっちゃった」


 「ぐはっ!」


 はにかみつつ、もじもじとする我が妹に僕は悶絶するしか出来なかった。


 罪悪感が・・・・・罪悪感が僕の心を締め付けるぅぅぅぅぅ!


 もはや隠せるものもここまでくれば隠せまい。


 妹を厨二病に煩ませてしまったのは他でもない、この僕である!




 

 「お、おにいちゃん・・・・・くすぐったいよぉ」


 「こら、じっとしないと駄目じゃないか」


 「んっ、いやっ・・・・そこはダメ」


 「大丈夫だよ。すぐ気持ちよくなるから」


 「ほ、ほんとに?」


 「ほんとさ。おにいちゃんが嘘ついたことあるかい?」


 「じ、じゃあ信じる」


 「それじゃあいくぞ」


 「う、うん。・・・・・・・・あっ、そんな奥まで」


 「奥が気持ちいいんじゃないか。ほらじっとして」


 「あんっ!ら、らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 夜空のような深みのある、肩の辺りで揃えられた黒髪が艶めかしくなびく。


 薄い唇は何かをこらえきれなかったかのようにだらしなく開き、とろんと溶け出したかのように垂れ下がった目尻からは5歳児とは思えないほどの妖艶さを醸し出し、僕に蠱惑的な魅力を振りまいた。


 凹凸の少ない幼稚な体躯からは想像できないような甘い絶叫に僕はやはり最近の若者への不安を感じてしまう。


 それと同時に我が妹へのさらなる保護欲が芽生えてしまっているのも事実であった。


 ・・・・・・・・ていうか妹に耳掃除してあげてただけなんだけど。


 「お、おにいちゃん。やっぱりテクニシャンだねぇ」


 「おっとぉ!危ないよ、その感想。わざとかな?無意識だったら将来が心配だぁ」


 「おにいちゃんのがしゅごくてぇ・・・・・・奥まで入れたり抜いたりが気持ちよくてぇ・・・・・・おかしくなりそうだったよぉ」


 「・・・・ねぇ、わざとだよね?わざとでもおかしいんだけどね。一体そんな言い回し誰に教わったのかなぁ?」


 「おにいちゃん、こっちもやってぇ」


 駄菓子のように甘ったるい声での欲求に、僕は仕方ないなと言わんばかりの演技で応える。


 まるで相手にしていない風を装い、なびかないクールなキャラを演じて自分を守っている。


 こんな時にまで素直になれないややこしい性格だという事を再認識させられ、少し自己嫌悪に陥ってしまう。


 あぁ、馬鹿になりたい。


 中途半端に頭が回る人間ほど損な生き物はいない。


 特別になりたい。そんな欲求が生まれないほどに馬鹿だったらと何度も思う。


 目の前のことに必死で、周りが見えなくなるほどの馬鹿なら人生をどれだけ有意義に過ごせただろう。


 こうして妹の甘えた姿を目にしても僕はどうしても裏ばかりを探してしまう。


 演技をしているんじゃないか、本当は全然気持ちよくないのに僕に悟られぬようにオーバーなリアクションをとっているんじゃないか。


 本当は・・・・・・・・本当は・・・・・・・そんな答えのない疑問を僕は繰り返し繰り返し自分に投げかけ続ける。


 勝手な判断で、勝手な妄想で、他人と距離をとり言葉を選ぶ。


 特別になりたい。誰かの特別に。


 でも、それは難しい。


 なら僕が特別になればいい。


 僕しかできないことがあれば自然と僕を頼らざるを得なくなる。


 そうすれば僕に近づく人間の中には好奇心だけが渦巻いているはずだ。


 それなら僕にだって・・・・・・・・・・・・・・


 「おにいちゃん?」


 「ん・・・・・・・・あぁ。さぁ、続きを始めるよ」


 そんな考えを表に出すことはないだろう。


 だって僕はもう大人なんだから。


 


 


 


 


 


 



 


 

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