初恋ストーカー。

「――僕は馬鹿か。久しぶりに田舎に帰省したからって、何をこんなに感傷的になっているんだ」


 お団子取りの一夜を強烈に思いだした自分に驚いてしまった。

 売れないカメラマンなりに忙しい日々を送っていた都会では、そんな感傷に浸っている余裕すらなかっただろう。

 まあ、今の僕は暇なご身分だ。この湧き上がる感情の源流みなもとを確かめてみるのも悪くない。


「有名な映画やアニメの聖地巡礼って話はよく聞くけど、これは僕だけしか知らない秘密の聖地巡礼だな……」


 自分のくだらない思いつきが妙に面白くなって、一人その場でほくそ笑む。


 夏を告げる蝉の声が無人の神社に響いた。



 *******

 


 真美の家は僕の自宅の近所だったはずだ。

 その場所は県営住宅が立ち並ぶ場所だった。僕が子供の頃よく遊んだ公民館が見えてくる。その住宅地の一角にバイクを停める。

 県営住宅のエントランスを抜け真美の家に向かった。自然と足早になるのが分かる、彼女の住む県営住宅は僕の家から徒歩でも行ける川の近くにあり、ちょうど小学生の頃は田んぼだった場所を宅地造成して建設された。

 道路を挟んで地域の公民館があり、そこも僕たち小学生の遊び場だった。青色の屋根も変わっていない。懐かしい建物を見て僕はいやな話まで思い出した。


 口の悪い近所のおばさんが当時、噂していた話だ。

 あの県営住宅の人たちとは仲良くするなって。小学生の僕には言っている意味が分からなかった……。

 だけど大人になった今なら分かる。その県営住宅には低所得な世帯や、生活困窮者が多く入居していた。母子家庭の真美も決して生活が豊かではなかったはずだ。真美はそんなそぶりを僕たちの前では見せなかった。

 だけど一度だけ向かいの公民館でこんな出来事があったんだ……。



 *******



 小学校の放課後や休みの時も良く僕たちは公民館に集まった。

 その日も僕と真美は公民館前の階段で遊んでいた。僕は親父にねだってやっと買って貰った京宮製のラジコンカーを自慢げに走らせていた。

 たしか当時ミニ四駆が流行っていたが僕の買ったのは車好きの親父の影響で六輪のレーシングカーだった。

 階段上の踊り場に広いスペースがあり、そこでラジコンを走らせていた。

 当時の僕は有頂天だったに違いない。男の子っぽい遊びに真美を誘いドヤ顔で自慢していたんだ。そんな僕に真美は何も言わず付き合ってくれた。


「すごい、すごい!! 陽一お兄ちゃん、ラジコン走らせるの上手だね!!」


「当たり前だろ!! 小学校でこんなの持ってるの僕ぐらいだぜ!!」


 非常にクソガキだった自分が恥ずかしくなる。


「ほら、真美、お前もやってみろよ!!」


 さらに調子に乗った僕は、むりやり真美にラジコンカーのコントローラーを握らせた。


「ええっ!? こんなの私、出来ないよ……」


 いつもの困り顔よりさらに狼狽ろうばいする真美。

 そんなことにもおかまいなくコントローラーのスイッチを入れ、真美の細い指をトリガーに差し込ませた。

 僕の手を添えて一気にアクセルをオンにする。何げなく彼女の柔らかな手にも触れてしまった……。


「怖いっ!!」


 唸りを上げてスタートするラジコンカーに驚いて、真美はアクセルのトリガーを、さらに全開にしてしまった。


「馬鹿っ!! アクセルを戻せ」


 そんな僕の声も空しく鞭を入れられたラジコンカーは制御を失い、踊り場を越え、階段下まで激しい擦過音さっかおんと共に落下した。

 僕は声も無く立ち尽くしていた……。

 激しくクラッシュしたラジコンカー。その特徴的な前輪も無残に外れていた。


「陽一お兄ちゃん……」


 振り返ると真美が大粒の涙をこぼしていた……。


「ごめんなさい、ごめんなさい!!」


 その端正な顔をゆがませて激しく泣きじゃくる真美。

 うわごとのように僕にむかって謝り続けていた。

 僕はラジコンが壊れたのもショックだったが、それ以上に大好きな真美を泣かせてしまったことに激しく動揺した。後悔で心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。

 そして僕はとんでもない行動に出た。あろうことか真美を置き去りにして、その場から逃げ出してしまった……。


「陽一お兄ちゃん、待って!!」


 彼女の悲痛な叫びを背中に受け、一目散に家に帰ったんだ。


 次の日、母親に連れられ真美が僕の家に謝りに来た。ラジコンの弁償の為に。

 とてもばつが悪くて僕は玄関に顔を出すことが出来なかった。

 階段に隠れて会話の様子をこっそりと伺った。真美の母親の申し出を丁寧に断る親父。昨夜壊れたラジコンの事情を聞かれて親父にしこたま怒られた。

 自分が悪いのに年下の女の子をその場に置き去りにして、さっさと帰ってしまったことについてだ。


 弁償の件も最終的に真美の母親は、お金を置いていった。

 しぶしぶ受け取った親父はかなり困惑していたが、真美の母親の教育方針なんだろうと親父なりに納得していた。

 女手ひとつで一人娘を育てる苦労。それは親父も男手一つで僕をここまで育てたから、心情が理解出来たのかもしれない。


 あの時のお金も大きな負担だったはずだ。真美の泣き顔と共に過去の記憶が蘇り、今思い出しても胸が痛くなる……。


 駄目だ、この場所にいるとあの頃のことを思い出してしまう。


 それに今の僕はまるで不審者だ。いくら過去の幼馴染と言っても、現在住んでいるかも分からない真美の自宅を訪問するなんて!?


「これじゃあ、ストーカーで警察に通報されてもおかしくないな……」


 そうだ僕はどうかしてる。初恋の彼女の思い出を追いかけて聖地巡礼とか。

 失恋レストランならぬ初恋ストーカーなんて曲名タイトルじゃあ、しゃれにならないだろ!!


「ねえ、マスターか……」


 もう帰ろう、充分だな。まったく笑えない冗談だ。この胸の高鳴りをおさえる料理を早くレストランで作って貰わないと。

 

「……何か、うちにご用ですか?」



 この女性の声は、嘘だろ……!?



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