第26話 狼王親衛隊とやらに追い散らされる僕達を助けてくれたのは誰だ?

「私は常々疑問に思っていたのだ。

 狼人という種は攻撃にこそその本質がある。

 なのに、ユーハイツィア王国の軍が来ている現在も、アフア門を護るばかりで外に敷かれた陣を放置し続けている。

 どのような目論見があるのか、教えてはくれまいか?」


 以前、月夜のアフア門で領主エルバキアと密やかに面会した時に、領主に対して問いかけたアラフアさん。

 彼女はずっと疑問を口にしていた。狼人軍が大人しすぎる、と。

 この疑問に対する回答は、明確であるのと同時に不明瞭でもあった。


「お前の疑問はもっともだ。

 本来であれば、あの程度の軍勢などを放置するなどは有りえない。

 だが、我々は王から攻撃を禁じられているため、そうせざるを得ない。

 理由は知らされていないが、此方からユーハイツィアと戦端を開くことは禁じられているのだ」


 そう答える領主エルバキアの表情は苦々しそうだった。


「理由が知らされていない……」


 顎に手を当て、思案顔で俯くアラフアさん。


「我々も知らない何かが動いている気配はある。

 王の親衛隊が動いている可能性が高い。

 ……私がここまで話したのだから、貴様も洗いざらい話してもらうぞ、領主の娘よ」


 両者、具体的なことは分からない。

 だが、それぞれの陣営の王族が関係して裏で動いている。

 アフア領、あるいはゼライア領の権力者にも明かさない密命、あるいは陰謀。

 それは互いの国の運命をも左右するものである可能性があるのではないか?


 領主エルバキアも、アラフアさんも、それぞれ沈黙をしながら自身の考えに耽り、しかし確かなことを何も得ることはできなかった。

 その時は。


***


「トビマル、がんばって!」


 後方から飛んできた黒塗りの狼鎖剣をかわしながら、トビマルが必死に走る。

 本来であれば一瞬で仕留められてしまうであろう僕とトビマルのペア、しかしヤキンツァ爺がトビマルに軽憑依、つまり対象の意識を残したまま思考をリンクして協調することで何とか回避行動が成立していた。

 僕の役割? 応援くらいしかできない。


 狼王親衛隊らしき一群が現れた後、真っ先に逃走に入ったのはハディ王子の騎馬隊。見事なまでの逃げっぷりであった。


 続いてアゼルピーナ達が丘陵を下る方向に逃げた。少年以外は騎乗する必要がないアゼルピーナ達は、いざ逃げるとなれば素早い。あっという間にいなくなった。

 ただ、親衛隊が上から現れたため丘陵の洞穴には向かえず、森を目指さざるを得なかったようだが。


 最後に残ったのはメンデラツィアと僕達。今回の探索行の提唱者がヤキンツァ爺であり、僕達とメンデラツィアが協力して探索行に出ているということで、指揮系統が整理されていない事が出遅れた原因だった。

 そんな僕らには二十騎の狼王親衛隊員を差し向けて、残りの親衛隊はアゼルピーナを追ったようだ。


 お陰で僕らはいま、その二十騎の親衛隊分隊に追われている。


 じゃっ! じゃっ! じゃっ!!


 そこかしこで鎖の擦れる音が聞こえる。

 親衛隊兵とまともに戦り合えるのは、どうやらアウスレータとラキアだけ、のようだ。

 メンデラツィアの隊員も決して弱くは無いのだが、親衛隊の練度には届かない。

 さすがのアラフアさんも、大狼に跨がった状態では能力を発揮できない。

 地の利を活かし、また期せずして僕が囮の役を果たして、とにかく逃走に徹することで現状被害は出ていないが、時間の問題だろう。


 まずい。


 戦力差が酷い。

 小細工を仕掛ける余裕もない。

 戦況を変える契機が思い付かない。


「クオティアに突っ込むぞ!」


 アウスレータの声が響く。

 遮蔽物が多く、多少は地の利があるということで迎撃に選んだ場所。

 はっきり言えば、苦肉の策。


 場所によってはアウスレータ、ラキアと並ぶ強者であるアラフアさんが活きるが、しかし焼け石に水である観は否めない――


 バシィッ!!


 その時、何かが倒れる音が響き渡った。

 誰かやられた!? イリカさんは、ヒィズさんは大丈夫なのか!?

 真っ先にやられそうなのは僕、続いてイリカさん、ヒィズさんの順か。音を聞いて咄嗟に視線を走らせると、同様に僕を見る二人の視線と交錯する。


 なら、誰が??

 走るのはトビマルとヤキンツァ爺にお任せして、周囲をぐるりと見回す。

 パッと見、こちらのメンバーで脱落者はいない。代わりに、親衛隊の一角が崩れているように見えるが?


 バシィ!!


 再び響く鈍い音、そして崩れる親衛隊の後方。

 何が起こっているか分からないけど、きっとチャンス!


「ラキア、アウスレータ! 反撃!!」


 こちらのエースに声をかけて、僕は急停止し親衛隊の方を向く。僕に合わせ、イリカさん、ヒィズさんとが行動を共にし踏みとどまり、そのまま陣形を組む。


 最も近い位置に居た親衛隊員二人から即座に投擲された狼鎖剣の進路を僕とイリカさんでねじ曲げ、出来た一緒の隙を突いてヒィズさんの狼鎖剣が走る!

 難なくヒィズさんの攻撃をかわした親衛隊員達は着地し、再び攻撃体制に移り――


「「ぎゃぁっ!!」」


 ラキア、アウスレータと、アラフアさん、パルテさんの各ペアにより撃破された。


 追撃を警戒して後方の動きを見ると、既に親衛隊の分隊は負傷者を回収して撤収に移っている。

 まだ反撃のチャンスはあったろうに、判断が速い。


「なにがあったんだ……?」


 誰に問うともないアウスレータの呟きが響き、しかし誰も答えられずに消えて行く。

 考えていても仕方がない、とアウスレータは思考を切り上げ、一旦、拠点キャンプに撤収するよう考える。その合図をしようとしたその瞬間に。


「そこに隠れているのは誰だい!?」


 ラキアの鋭い声が飛ぶ。

 クオティアの街路、家の陰になっている小路。

 そこから一頭の豹がのそりと歩いて姿を現した。


 大きい。

 四つ足で立っていてなお小柄な人間程度まで高さがある。

 普通の獣ではない。あれは魔で強化された獣、超常の力を持つアゼルピーナ。

 しかもあの風格、おそらくは今まで会った中でも高次の存在――


「貴方達はここでオリアを攫った者達ですね?」


 その豹から、涼やかな声が響く。

 オリアとは誰の事なのか?


「そのオリア、というのは、あの少女のことでしょうか?」


 僕は自然に、駆け引き抜きで少女の存在を口にした。何となく、あの豹を欺いてはいけない気がしたのだ。

 僕の肩に乗っているヤキンツァ爺も、僕に続いて話しかける。


「そこのアゼルピーナよ、オリアというのは赤い衣を纏った少女のことか? お主との関係はどのようなものだ?」

「やはり、オリアを連れて行ったのは、貴方達だったのですね。

 私はオリアに仕えし者。オリアのお世話をして、護ることを使命とする存在。

 悪いことは言いません、今すぐオリアを返してください。取り返しがつかないことになる前に」


 そう言うと、トパーズ色の瞳で僕達を鋭く見据えた。


「僕たちはデブラルーマの魔丘に行き、アルディナと名乗る、似たような青い服を着た少年に出会いました。

 その、オリアと、あのアルディナは仲間なのですか? 一体、どのような存在なのでしょうか?」

「……私には分かりません。

 私はオリアに仕えるべくして生まれた存在、あの方々の素性など知る必要はないのです。

 ただ、私達はあの方々を『管理者』と呼んでおります」


 ……管理者?

 何を管理しているのだろうか?


「さあ、もう良いでしょう、そろそろオリアを返して下さい」

「いえ、そうは参りません。

 折角なので余の館へと君を招待させて頂きましょう」


 突然割り込んできた、柔らかでいて良く通る声。

 これはハディ王子、こんなところに潜伏していたのか!?


どすどすどすどすっ!!


 周囲で土を穿つ音が聴こえ、豹のアゼルピーナだけでなく、僕達まで囲むように矢が射かけられ、そして矢から白い煙が噴霧される。


 ――また散布剤か!


「長い間調査に時間をかけて見つけ出した相手に逃げられましたが、ここで核心に近しい相手と巡り合えるとは、余の運もまだまだ捨てたものではありませんね」


 その煙は豹の周囲で濃密に膨れ上がり、背を丸め跳ぼうとした豹を包み込む。更に王子達からの第二斉射は豹の直上を掠め、豹がためたバネを解き放ち逃走することを妨げた。


 僕の周りにも、うっすらと白い煙が靄のように漂う。メンデラツィアの皆にも影響が出始めている。


「ハディ王子!我々にまで射ち込むとは、いかなる所存ですか!」


 アラフアさんが口に布を当てながら叫ぶ。たぶん実際には防護マスクを布の下に隠しているのだろう、布の形から僕にはそれと分かる。


「アラフア、貴女こそ、このような場所で何をしているのでしょうか?

 余の邪魔をするような真似は慎んでいただきたい。


 ……なに、全てが片付いてから貴女には全てお話しして差し上げますよ。

 余の寝所で、ね」


 それに気づいていなさそうなハディ王子は、警戒心をだいぶ解いていると見え、かなり緩んだ表情で答えている。しかも何か変なことを言っている。

 それを聞いたアラフアさんの表情が険しくなる。あれ、危険なフラグでも立ったような不穏な気配を感じるよ、おい。


 それにしても。

 デブラルーマの丘ではあの少年、アルディナを捕らえようとしていた。

 どこまで話を聞いていたのかは不明だけど、ここでは少年と少女に近しい口ぶりのアゼルピーナを捕獲しようとしている。

 いずれも簡単でない。これほどのリスクと労力を受け入れてこの行動に出ているのであれば、ハディ王子は何を知り、どのような成果を期待して、この行動に出たのか。

 コツァトルの親衛隊のこともある。

 あれは王命で動いているらしいが、ならコツァトルの権力者達も、わざわざ親衛隊を動かす労を厭わない何かを期待して行動している。


 おかしい。

 ユーハイツィア王国は、クオティアが陥落して、経済的理由からこれを立て直したいだけではなかったのか。

 コツァトル国は、宗教なのか伝統なのか知らないけれど、自分達の価値観に応じてデブラルーマの魔丘を不可侵と見做しているだけではないのか。


 僕はどうすればいいのか。

 ラキアと心穏やかに暮らすために、僕は何をすれば良いのだろう。

 情報が欲しい。情報。情報。……情報?


 居るではないですか。

 情報を持っていそうな存在、豹のアゼルピーナ。赤い服を着た少女。青い服を着た少年。

 彼らと共闘できれば、情報は手に入るのではないか?

 ただしそれをすると、ユーハイツィア王国の権力者であるハディ王子に盾つくことになりかねない。

 だけど、何が悪い?

 何しろ、一番そこを気にしなくてはならない立場のアラフアさんが、かなりお怒りの様子。メンデラツィアやラキアは問題ない。ヒィズさんのことは知りもし薙いだろうし、イリカさんはアラフアさんがきっと何とかしてくれるはず。


 うん。きっと問題ない。

 僕はニヤリと笑いながら、次の行動の標的を定めた。

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