第12話 初めてのお使い、初めての冒険。
「お疲れ様でしたぁ。これで、試験はお終いですぅ」
「疲れた~!何とか課題はクリアできた~!座学の試験は大丈夫だったかな?」
「ちょっとココロさん!アラフア様の前でそんなだらけた格好を見せないで下さい!」
「ふふ、いいよ、パルテ。ここまで気を遣われないと、逆に新鮮で楽しくなってくるからな。彼は例外だ」
最初はイリカさんと一対一で始めた特別講義だったけれど、二か月目の実験過程まで終わった今では四人になっていた。
アラフアさん。領主の一人娘にして、この街の副長官を務める権力者。巷では『完全なる貴人』とまで称されており、その美貌と能力、家柄の良さから縁談が多すぎて逆に決まらず、現在まで独身を貫いている、とかなんとか。凄まじいまでの肩書。
そんな彼女だが、僕の態度があまりにもだらしなく、気が付くと応対する態度が崩れているため、苦笑して僕の態度を受け入れてくれた。彼女にもできないことがあった、とも言える。僕の不名誉ではあるのだが。
その側仕えであるパルテさん。幼少の頃よりアラフアさんに仕えており、アラフアさんに対してふにゃふにゃな態度の僕を仇敵のように接してくる、とても怖い娘。
その能力は高く、呑み込みの早さ、記憶力の確かさ、判断の正確さ、思考の確かさ、いずれも文句のつけようがない。アラフアさんを敬愛する余りに暴走しがちなことが、欠点と言えば欠点と言えようか。
「それでは、いよいよ最後の課題、実践に移ろうと思いますぅ」
「それなのだが、ひとつ宜しいか?」
イリカさんが課題の説明をしようとすることに対して待ったがかかる。
ん?とばかりに小首を傾げるイリカさん。
「実践課題。この魔学の最終段階において、身に付けた能力に相応しい功績を上げることで内外にその練度を明示するシステムである、と聞く。
故に、私が本学を修了するにあたり、相応しい課題を設定、達成したいと考える。予定調和の課題では、今後、後ろ指を指す連中が出ないとも限らないのでな」
そう言って、アラフアさんは少し悪そうな笑みを浮かべた。この表情を見る限り、彼女の中では既に課題は決まっているのだろう。パルテさんは、当然とばかりに頷いている。
僕とイリカさんはというと、これはもう命令だよね、ということで苦笑いするより他になかった。……お使いはどこへ行った。
***
既に夏の盛りを過ぎてなお、青々と茂る森の木々。
陽光も過剰に降り注ぐ中、森の中にある少し寂れた街道を行く僕達は、快適な馬車の旅路にあった。
ごろごろと音を立てて道を行く、四頭の馬に牽かれた豪勢な馬車は、もちろん アラフアさんが用意してくれたものだ。
詰めれば八人くらいは乗れそうな広さを持つ馬車の中は、熱気を吸収し周囲の温度を下げる晶石を交代で使用することで、快適な温度を保っている。
街を出てはや四日。
目的地は、今は廃墟となった街であるクオティア。その近くまで行き、様子を確認すること。聞いているのはそこまでだ。道中はもっぱら今回の研修の復習や、派生のお話しばかりが話題になっており、肝心の街の情報が出てこなかった。
クオティア、という街の名前を聞いた時、イリカさんは珍しく顔を顰めていた。つまり、この名前にはそれほどの懸念すべき何かがある、ということだ。
そろそろ、説明して欲しいものだが。
「ところで、今回の目的地のクオティア、てどんな場所なんですか?」
まずは、普通に聞いてみる。
それを聞いたアラフアさんは、心底驚いたような顔をして、お付きのパルテさんはいつも通り渋い顔をする。
「そうか、君は記憶に障害があったのだったな。失敬、常識と思って、説明を怠ったようだ」
なんと、説明しないのではなく、説明する必要がないと思われていたようだ。
「そうでしたねぇ。ごめんなさぁい、気が回りませんでしたぁ」
イリカさんも、てへ、と舌を出している。
「今回の課題を設定したのは私だ。私から説明をしようか。
とは言ったものの、この常識的な話のどこから説明したものか……」
それは、こんなお話しだった。
狼人の国、コツァトルと、隣接する国、ユーハイツァ王国。
このコツァトルとユーハイツィアの北寄の国境付近に、一つの丘と、それを取り巻く森がある。その名を、『魔丘デブラルーマ』と『アゼルピーナの森』と呼ぶ。
魔丘デブラルーマは、古来より魔を宿す獣アゼルピーナが湧き出るとされていて、それらはデブラルーマを取り巻く森に多く生息している。故にアゼルピーナの森、というわけだ。
アゼルピーナは常の獣よりも体格に優れ、気性は荒く、その個体によっては不思議な力を使ったり、場合によっては人語を解し使うものすらもいるらしく、人類は度々このアゼルピーナに脅かされてきた。
恐ろしい獣であるアゼルピーナは、しかし同時に魅力的な獲物でもあり、その毛皮や肉は市場にて非常に高価に取引が為される。
そう、この恐ろしい獣達を狩ることを生業とした人間達も居て、その数が増えるにつれ拠点とした村落も次第に発展し、やがて大きな街に育った。
この街こそが、今回の目的地であるクオティアの街。
今より十年近く前のこと。このクオティアの街が、ある日突然、アゼルピーナの大群に襲われ、滅亡した。ほんの数日のことで、緊急の連絡が届き応援が到着した時には既に街は陥落していたと言われている。
領土と言う点で、クオティアはゼライア領に属するため、ゼライア領からの出兵であった。
ゼライア領、それはユーハイツァ王国の一領域であり、狼人の国コツァトルの門と呼ばれるアフア領と国境を接する。ここは狼人国との交易の利益と、このクオティアの街からの収益で、非常に潤っていた。
それが十年ほど前に、クオティアが陥落することで、財政が悪化。至急立て直したい、という意見が大いに支持された。これを実現するために、繁殖しすぎたアゼルピーナの森を焼きはらい、デブラルーマの丘を探査、管理しようと言う壮大な計画であった。
これに反対をしたのが、他でもない狼人国たるコツァトルであった。
正確にはクオティアをどうこうというのではなく、デブラルーマの丘に手を出すのであれば、それはコツァトルを敵にするということだ、と宣言。以降、このゼライアとコツァトルは険悪になる一方であった。
その整理がつかないまま、クオティア再興の話もいつしか立ち消えてしまった。
そんな話であった。
「そのような訳だが、コツァトル国との関係はともかく、クオティアを放置するのはあまり賢明とは言えない。故に、まずは最近の状況を確認したい、というのが今回の
アラフアさんは、そう締めくくった。
「説明、ありがとうございます。でもそうなると、クオティアはアゼルピーナに蹂躙された都市、そいつらが徘徊しているのですよね?四人で行くのは危なすぎませんか?」
「まあ、今回の目的はあくまで軽い探索。危険を冒すつもりはないのだよ。
対処ができないほどアゼルピーナが出るのなら、そのまま撤退するさ。
これは私が言いだしたこと、君たちに危険が及ぶような真似は控えると誓おう」
そこで一区切りして、果実水をくぃと煽る。
そう計算通りに行けば良いけれど、と僕は思わずにはいられなかった。
***
「さて、ここからは馬で近づくぞ」
森の途中で馬車を止め、アラフアさんが宣言する。
え?馬車でなく馬?
茫然としている僕を尻目に、御者の人がいそいそと四頭立ての馬に馬具を取り付けてゆく。本気で乗馬で近づくつもりらしい。
「あの、僕、馬なんて乗れないのですけど!?」
情けない声を上げると、アラフアさんが困った顔してこちらを見る。
「そうか、君は馬にも乗れないのか……あの大学に通うくらいの者達ならば、基礎的な技術と考えてしまったな。さて、どうするか」
自転車に乗れるような感覚なのだろうか。すると、イリカさんも馬に乗れると言うこと。ちょっと衝撃を感じる。
「ごめんなさぁい。馬で接近するとは思わなくて……。私は二人乗りはできませんし、お乗せすることはできないですぅ……」
しょんぼりとした顔をするイリカさんだが、彼女のせいではないと思う。
「まあ、いいだろう。全員が行かなくてはならないというものでもない。ここで待っているといい」
そう言うと、三人で颯爽と馬を駆り森の奥へと分け入って行ってしまった。
イリカさんだけは、こちらを気にして振り返りつつではあったけど……ここに来て仲間外れか。寂しいなぁ、と思いながら、御者さんが居る辺りに戻る。御者さんは台に座り舟を漕いでいる。疲れているのだろうか。
ぴょこり。
御者さんの背後から、可愛らしい、小さな顔が出てきた。
何の動物?危険はないのだろうか?
可愛らしくとも、場合によっては獰猛な肉食獣である可能性も捨てきれない。
念のため、慎重に、何かあった場合に即応できるようにゆっくりと近づく――
「なんじゃ、臆病じゃな?」
どこからか声が聞こえた。
え?どこから?近くに人がいるのか?
慌ててきょろきょろと周囲を見回す僕に、再び声がかかる。
「そう、びくびくせんでもええ。噛みついたりせんからな」
声のした方向。寝ている御者さんの方向。これって、もしかして……
「そこの小動物が喋っている!?」
「小動物……。まあ、知らんか。お主の世界では、イタチとか、フェレットとか呼んでおった生き物の親戚みたいなもんじゃぞ。そう珍しい小動物でもない」
……え?今、なんて言った?この小動物は?
「久しいの、ココロ=ヒヨリヤマ君。息災であったか?儂じゃ、公園で一緒に呑んでおった爺いじゃ」
耳鳴りがする。
ここに、僕をこの世界に連れてきた元凶がいる。
僕を。この世界に放り出して。今まで築いて来たものを捨てさせられ。皆から追い回され。まずいパンと水の生活を強いられ。社会的立場もなく街の片隅で居候生活で。そしてぼくはそのお陰でラキアと出会って――
「主にはすまんかったと思っておる。送り込んだ後、なかなかこちらの分体とリンクが取れなんでな。主を補助することもできず、苦労させて悪かったと――」
『ありがとうございますっ!』
食い気味にお礼を叫ぶ僕、想定外の返事に目をまんまるくするフェレット爺い。
そんな相手の様子はお構いなしに、僕は抑えきれない思いを垂れ流した。
「僕はこの世界に放り出されたお陰で、運命を感じる相手と出会うことができました!こんな思い、元の世界じゃぁとても感じなかった!に違いない!
いや、相手っていうのは、ラキアって狼人の女の子で、そりゃあもう綺麗なんだけど、外見よりもそのすごい凛!とした姿がですね――」
「待て待て待て待て。落ち着け。落ち着け。ココロ君。
儂は、ここ数十年で、今最も混乱しておるぞ!?」
そして僕は、フェレットに宥められる羽目に陥ってしまったのだった。
***
「なるほどのぉ。良くこの短期間に、そこまでトラブルを詰め込めたものじゃな。しかし、無事で何よりじゃった。
――この度は、儂の不手際で、主にいらん苦労をかけた。そもそも、儂の都合を主に押し付ける形となってしまった。謝っても許されることではないが、本当に申し訳なかった」
そう言いながら、目の前のフェレットは丁重に土下座をする。
――四足歩行の動物が土下座したところで何か意味はあるのか、と思わないでもないが、仕草が可愛いから良しとしよう。
「そうですね。確かに酷い話ではありますが、でもいいです。僕はラキアと出会えたことが、何よりも大切なので。例え彼女に振られたとしても。
それに、聞けば僕の家族にも、最低限のフォローはしていただけているとのこと。それだけが気掛かりだったので、そこはありがとうございます」
それを聞いたフェレットは、その小さな指で、鼻のあたりをカリカリ搔いている。あまりに順調に話が進むので拍子抜けしたのかも知れない。
「そもそも名乗っておらんかったな。
儂の本当の名は、ヤキンツァと言う。お前の想い人と同じく狼人じゃ。
人間達が『歪空』と呼んでおる、空間を跨ぐ魔術を修めた者でな、主をこの世界に送り込んだのは儂の魔術の集大成じゃ」
「それを使えば、僕以外の人間をこちらに送り込んだり、逆に僕を呼び戻すことも可能なのか?」
「いや、異世界に送り出すほどの力、それは膨大でな。十年に一人が精々じゃ。
従って、誰かをここに呼ぶことも、主を元の世界に戻すことも、あるいは儂自身の本体がこの世界に戻ることも、当分できんのじゃ」
そりゃ、そんなほいほい人を送り迎えできたら、いろいろ問題だよなあ。
「主にも聞きたこと、知りたいことは山とあろう。じゃが、今はそれは置け。
主の同行者、あの嬢ちゃん達三人じゃか、ちとまずいことになりそうじゃぞ」
「――どういうことですか?」
「おそらくクオティアに向かったのだろうが、あの辺のアゼルピーナは活性化しておるのじゃ。普段のそれらよりも感覚は鋭敏になり、力は強くなり、体躯は強靭になり、気性は獰猛になる。
普段のアゼルピーナと考えておると、痛い目くらいでは済まないぞ?」
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