渡良瀬遊水地(一)

 改めて整理してみると、ここで和夫さんが再び行動力を発揮したと考えられることに気付いた。何というか“いきなり”ではあったのだ。

 それに強引だったような気もする。

 とにかくそれを青田さんに説明しなければならない。

「……それでも旅行の計画は、春先にどうしようか、お花見を兼ねてとか、新歓コンパとあわせるとか、例年はそういう話に落ち着くことが多かったみたいです。結局、この時期は寒いですから」

 いかにも前振りのような話の持って行き方になってしまった。青田さんもそれに気付いているのだろうけど、言葉を挟んでくる様子は無い。私の説明に集中してるようだ。

「でも、この時の和夫さんは提案に具体性があると言って良いんでしょうか? 『渡良瀬遊水地』に行きたいと」

「それは……すいません。名は確かに聞き覚えがあるんですが、ハッキリしないので、スマホ良いですか?」

「え? ええ……」

 その青田さんの申し出に、私は意外なものを感じた。

 清司郎の話では、探偵みたいな人、と言う話だったはずだが、あっさりと自分の知識不足を告白してきた。

 だがここで、


「――渡良瀬遊水地。ああ、わかりますよ。足尾鉱山事件が発端となって設置された区画ですね。今も首都圏を守るために有意義な働きをしている場所」


 ……とか青田さんがやり始めたら、かなり胡散臭いような気がする。

 私も実際に渡良瀬遊水地に行った後に、興奮したままあれこれと調べた結果、こういう知識を持つことになったわけで、一般常識では無いと思う。恐らく。

「……栃木なんですね。と言うか四県に跨がりそうだ。でも、これなら日帰りも出来る。つまり、温かくなった懐がそれほど冷めない」

 なるほど位置を調べていたのか。まずそれを調べようとする発想が効率が良すぎる気もするけど、そこは確かに探偵……っぽいのだろうか?

「はい。和夫さんも、切り出し方はそれでした。日帰り出来るし、みんなと旅行したいって。和夫さんは、そういう『たまゆら』の本来の活動については参加したことが無かったわけですから、実際前向きに考える人も多くて」

「なるほど。出てきた画像を見るに、なんだか……凄い場所ですね。これほどの平野が。何だか嘘みたいな光景です。日本の風景には見えない」

「そうなんです。私たちも、画像で見て驚いて、実際に行ってみて、もう一度驚くって言うか圧倒されて」

「行かれたんですね。いやこれは行ってみたくなる光景だ」

 そう青田さんに言われて、私は何だか嬉しくなった。渡良瀬遊水地の光景、いや草原を渡る風の音、匂い、そういった体を包み込む感触すべてが私の中で息づいているのだから。

「――それで神田さんは、どうしてこの場所を?」

 その青田さんの質問が、浮き上がっていた私の心を落ち着かせてくれた。だが、感触が大事というなら……

「実際に赴かれた時の感想は後に伺うとして、まずは細かく整理していきましょう。まず一月の計画立案について、ですね? 渡良瀬にも一月に訪れる事になったんですか?」

 私の不満を見抜いたように、青田さんがさらに尋ねてきた。

「ああいえ、実際に渡良瀬に行ったのは二月になってからです。二月の第三日曜日」

「随分はっきりされている」

「ええ。スマホで……いきなり検索はされないか。渡良瀬遊水地では第三日曜日が熱気球の日ということになってるんです」

「そうなんですか? 少し待って下さい。……ああ、なるほど。こういうイベントもあるから行ってみようと」

「そういうことだと思います」

 私は反射的にそう返してしまったが、思い返してみると和夫さんが熱気球については紹介してなかったように思う。

 もっともそれは確実では無い。私以外の誰かに伝えていて、私はまた聞きでそれを知ったという可能性もあるし、どちらにしろはっきりしないだろう。

 それに、そこにこだわるなら青田さんから重ねて尋ねられたとき、ゆっくり思いだしても良い。

 だが青田さんは、それ以外に興味を持ったようだ。

「――と言うことは年が明けてすぐ神田さんが提案したわけでは無い?」

 随分時期にこだわっているように思えるが、その真意はよくわからない。ただ、これも思い出すことはそれほど難しくは無いだろう。私は目さらに深くさらに深く思い出そうとする。

「……そうなりますね。あれは何時だったのかしら……部室でやっぱりダベっていた時にそういう話になったのか、和夫さんが言いだしたのか」

「その辺りはハッキリしないと。この時には月苗さんの違和感はなくなっていた? いやサークル全体の違和感がなくなっていたと言うべきなのかな?」

「そういうことですか。それは……そうですね。最初に感じていた違和感は――少なくなっていたと思います。ただ、いきなり旅行の行き先を提案するのはやっぱり……」

「強引さがあった?」

「そういう感触は確かにありましたね。でも日帰りの計画だし、私たちもすぐにスマホで画像を見たので、これは良い提案じゃないかって、盛り上がったので」

 そこまで私が説明したところで、青田さんの表情が険しくなった。

「……何か問題が?」

 私は思い切って尋ねることにしてみる。先ほども、青田さんの反応に意外さを感じたのだし、ここで逆に尋ね返しても悪くはないはずだ。

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