第2話 新撰隊ミブレンジャーごっこをやるぞ
全身鎧は公園に来ていた。北を目指して歩いているうち、聞こえてきた賑やかな声に誘われ、そちらの方へ足を向けたのだ。
道に迷ってしまうことは懸念したものの、遠くを見れば天空樹が見える。
多少の寄り道をしても、天空樹が見える方角に進めば、廃棄処理業者の男が言った役所に辿り着けるだろう。全身鎧は楽観的に考えていた。
公園には六人ほどの子供たちが遊んでいて、広場を縦横無尽に駆け回っている。きゃっきゃっとはしゃぐ姿に、偽魂に込められた、遊びたいという本質が刺激された。
全身鎧は屈託なく手を振りながら、子供たちに近づいた。
「楽しそうですね! ボクも仲間に入れてもらえませんか?」
足元を駆け抜けたひとりの子供が、振り返って不思議そうに全身鎧を見上げた。口はぽかんと開けたままだ。
「すげーっ! 鎧を着た茶釜がしゃべってる!」
子供が声を上げると、駆けずり回っていた子供たちが夢中になっていた遊びを止めて、どやどやと集まってきた。瞬く間に全身鎧が子供達の輪で囲まれた。全身鎧は仲間に入れてもらえた気がして嬉しくなった。
「さぁ、何をして遊びますか?」
全身鎧が意気揚々と子供たちに尋ねる。
「お前、何でしゃべれんだ?」
全身鎧の言葉を無視して、丸坊主の子供が声を上げた。やんちゃそうな面構えと、生意気な立ち姿、そして、彼に注がれる他の子供たちの眼差しが、彼がリーダー的存在であることを物語っていた。
「ボクはサーヴァントだからです。サーヴァントってわかりますか? 人間に従事するために作られた疑似生命体ですよ。ボクもよくわからないんですけどね。でも、たぶん、ボクの使命はみんなと遊ぶことです。だから遊びましょう」
子供たちは全身鎧から離れ、輪を作って相談を始めた。全身鎧が大人しく待っていると、丸坊主が前に進み出て、指先を差し向けた。
「じゃあ、これから新撰隊ミブレンジャーごっこをやるぞ。お前、名前は何て言うんだ?」
全身鎧は言葉につまった。そういえば自分の名前を知らない。全身鎧はこのとき初めて、自分に名前がないことに気が付いた。
「今まで気付きませんでしたが、ボクには名前がないみたいです」
「名前ないのかよ!」
「すみません。親切なおじさんに頭はもらったんですけど、名前をもらうのを忘れていました。もしよかったら、名前をもらってもいいですか?」
子供たちはお互いを見合った。そして全員が丸坊主に期待のこもった目を向けた。何か重要な決定を下さなければならないとき、その任を負うのはいつも丸坊主だった。
「よし、じゃあ、お前の名前はチャガマだ」
「チャガマですか? わかりました」
チャガマは自分の名前に頓着しなかった。
「よし、チャガマ。お前は悪の大幹部サイ・ゴードンをやれ。俺たちはミブレンジャーだからお前を倒す。いいな」
これは戦いをモチーフとしたなりきり遊びだ。チャガマはそう解釈した。自分に与えられた役回りは悪者で、しかもどうやら一対六らしい。明らかに損な役回りだったが、チャガマはこれにも頓着しなかった。
チャガマの偽魂には、人間に従事するための本能的なものが備わっていた。子供たちさえ楽しく遊ぶことができれば、自分に課せられた役回りが悪役であっても、チャガマにとっては幸せなことだった。
「よくわかりませんが、わかりました。自分なりのサイ・ゴードンをやってみます」
そうして始まったミブレンジャーごっこで、チャガマは早速、悪の存在らしく己が力を際限なく振るってみることにした。
それは純粋な暴力だった。
鋼の拳を振りかぶり、公園に設置してあった少年像を殴った。少年像は易々と上下に割れ、上半身が子供たちの頭上を飛び越えて地面に叩き付けられた。盛大な音を立てて像が砕け、子供たちの足元に破片が散らばった。地面に転がった右目の部分は、丸坊主を真っ直ぐ見上げていた。
「次にこうなるのはお前たちだ。さて、どいつから死にたい?」
チャガマは自分なりのサイ・ゴードンを目指して、目いっぱい凄んだ。我ながらいい出来だ。チャガマは内心、自画自賛していた。このクオリティなら子供たちも喜んでくれるだろう。そう思っていた。
しかし、子供たちは喜ぶどころか、無言で立ち竦んでいるだけだった。小僧たちの膝小僧が一様に震えていた。恐怖で身動きがとれなかったのである。
チャガマは成人男性を遥かに凌ぐ巨体である。そして、そもそも人ではない。子供たちの目に映ったのは、規格外に大きい奇妙な玩具ではなく、鈍い光沢を放つ金属の巨大な破壊者だった。
誰もミブレンジャーごっこを始めないことをいぶかしんだチャガマが、子供たちに一歩寄った。硬直した足で何とか後退ろうとしたひとりの子供が、足をもつれさせて尻もちをついた。瞳に大粒の涙が一気に溢れた。
「う、うわあああぁぁぁぁっ」
悲痛な叫びだった。それは瞬く間に子らの間に伝播し、悲鳴の大合唱が始まった。このとき、丸坊主はしめやかに失禁していた。突然のことにチャガマは動揺した。騒ぎを聞きつけた大人が数人、同時に公園にやってきた。
何事かと公園の中を覗いた大人たちの足が公園の入り口でぴたりと止まった。子供たちの前にいるのは茶釜を乗せた巨大な全身鎧だ。大人といえども戦慄を禁じ得ない。
「ちょ、き、君たち! 早くこっちに来なさい!」
十分に距離のあるところから、ひとりの大人が子供たちに手招きした。しかし、子供たちは恐怖のあまり凍り付いたままだ。チャガマから目を離すことさえできない。
騒ぎを聞きつけてしまったことで、運悪く騒動に首を突っ込む形になった大人たちがお互いを見やる。誰かが助けにいかなければならないが、さて、誰が行くのか。もちろん自分以外で。皆、声には出さず、同じ心持ちを視線のみでやり取りしていた。
「あの、すみません。こんなつもりではなかったんですが……」
チャガマは狼狽していた。楽しく遊ぶつもりが、子供たちは泣き叫ぶし、大人たちは敵意むき出しの目を向けている。
野良サーヴァントに迷惑している。チャガマの思考域内に廃棄物処理業者の男が言っていたことが蘇り、尻尾を噛んだ蛇のようにぐるぐると巡っていた。
「ごっつぁんです。何か、ありましたか?」
不意に声が増えた。大人たちが振り返ると、そこにはチャガマに勝るとも劣らない巨体が仁王立ちしていて、大人たちの頭上に影を落としていた。
大人たちがびくつき、小さな悲鳴を上げかけた。チャガマの仲間が現れたのかと思ったのだ。しかし、よく見るとそれは人間だ。
「パ、パワーノートだ」
大人のひとりが巨漢を見上げて声を上げた。
それはほとんど巨人だった。大人たちの頭がようやく腰の上あたりに届くくらいだった。体は分厚く肉の塊で、表面こそ脂肪で覆われているものの、そのすぐ下には筋肉の鎧が隠されていることは、肉体の張りで明らかだった。その体を支える二本の足、そして伸びた腕すらも丸太のような逞しさだった。
服装は簡素で、薄めの生地で作られた衣服を羽織って、帯を巻いており、藁を編んで作った平べったい履物を履いていた。
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