砂の男と水の女

DITinoue(上楽竜文)

第1話

 一人の男と一人の女が手をつないで歩いている。周りには誰も歩いていない。誰も寄せ付けないと言った方が正しいのだろう。この二人の周りには怪しげな空気が流れている。

「・・・・・もうすぐ、一年だ」

「そうだね」

 二人はそんなことを話しながら、江戸時代のような長屋に入っていった。


 この二人の男と女、雰囲気意外は普通のカップルのように見える。見た目も、普通の人間と変わらない。が、実は違う。

 ――二人は実は妖怪なのだ。

 男の体は砂、女の体は水でできている。砂と水のカップルというわけだ。

 男の方は砂生すなお、女の方は水姫みずきという。


 この二人は去年の7月、海で出会った。砂浜・・・・・砂生に押し寄せてきた波・・・・・水姫がたまたま会って、そこから何やら恋に落ちた。だが、波は戻って行ってしまうものだ。だから、水姫は最大の力を使って人間の姿へ変わった。人間の姿になった彼女に見とれた砂生も人間の姿となり、人間世界での恋が始まったのだ。


 ポツポツと雨が降ってきた。

「あ、ヤバい」

「危なかったね」

 砂生は雨が嫌いだ。砂浜では体の一部が流されるだけで済むが、人間の姿では最悪の場合、身体の全てが溶けてしまう。それは、つまり死を意味する。


 雨がやんできた。すると、今度は風が吹いてきた。

 風は水姫の苦手とするものだ。水滴がどんどん風に乗って飛ばされていき、最終的に身体が水滴となってバラバラになってしまうからだ。


「本当に、家って便利。海にいることは全く分からなかった」

「本当だ。俺も砂浜にいるときには身体が削られるわ、日照りであちぃあちぃわ」

「フフフッ」

 水姫は笑った。

 水姫はあまり笑わない。だから、たまーにくるこの笑い声が砂生にとっては宝物で、癒しであった。


 砂生は苦労してリモコンのボタンを押した。むろん、手も砂でできているわけだから、リモコンを持つという作業に苦労する。リモコンが砂と共に落ちて行ってしまうからだ。

『あと、天気予報を井口さんからお伝えしてもらいます』

 会話の途中からニュースは始まった。砂生も水姫も、テレビを見るのは、天気予報を見るという目的のためだけだ。

『歩いていたら、小さな町のパン屋さんを見つけた。パン屋さんは小っちゃくて、今まで気づかなかったけど、少しお腹が空いていたから入ってみた・・・・・』

 なにやら、CMが始まった。

「なんだ、コマーシャルか。つまらないねぇ」

「本当だ」

「私、お風呂入ってくる」

「じゃあ、俺も天気予報見たら行く」


 天気予報を見ていると、明日は雨らしい。くそっ、俺は外に出られないじゃないか。

 それから、水姫と一緒に風呂に入った。一見、何も見えないが水姫は風呂の水の中に溶け込んでいる。上がると、元の姿に戻る。

 で、砂生はどうかというと、すこーしだけシャワーを浴びるだけ。これくらいがちょうどいいのだ。砂が泥状になって固まってくれることも何かを持つときなどには便利だからということもある。


 そして、一日が終わると砂生と水姫は離れて寝る。万が一、ぶつかって砂生の体が溶けないようにするためだ。


 ザーザーと外では雨の音がする。

 水姫は一人で起きて、外へ出た。恵みの雨は最高だ。

 だが、水姫が起きたのはこの目的のためだけではない。

「やあ、水姫。久しぶりじゃないか」

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