53.蛇人の剣士

 やってくる者達は伺うような足取りでこちらに恐る恐る向かってくる。


 聖職者が持つような飾りのある大きな杖を片手に持つ黒衣の女、歩く姿に隙の見当たらない武装した女、そして蛇頭人身の剣士。


 蛇頭人身の存在が何故剣士と分かったかと言えば、肩に担いだ大きな曲刀がはっきりと見て取れたからだ。


 その足さばきは、手練の者であるように見受けられた。


「いささか趣が違うが間違いない、あやつらはレギーナ、ドゥクス、そしてクアル」


 ロズ殿は見覚えがあるのか、そのような名前らしき言葉を呟く。


「知り合いですかい?」


 カイサが問いかけるとロズ殿は微かに首を傾いで。


「そうなるのかのぉ。エランを治める主レギーナは直接は知らんがな、後の二人は一応部下の筈だ」


 その設定が生きているのならばと小さく呟きロズ殿はまっすぐに彼らを見据えている。 


 彼らもある程度の距離まで近づくとまっすぐにロズ殿を見据える。


 そして、黒衣の女が口を開く。


「そちらの方、貴方は竜の魔女でしょうか? ……失礼ながら名前が思い出せず、曖昧な問いかけになりますが」

「ああ、余は竜の魔女と呼ばれた存在よ。今はロズと名乗っているが」

「こちらで名を持たれたのですね。……私はレギーナ……そうだと思うのですが確証はありません」


 黒衣の女はそう告げて苦笑を浮かべた。


 彼女もまたロズ殿と同じように自身の存在が曖昧なのだろうか。


「随分色濃くレギーナが残っておるように見えるが」

「確かにレギーナとしての記憶は色濃くありますが、まったく別の人生の記憶もあります」


 この現象はなんでしょうかとレギーナは告げるが、果たして口にして良い物かと迷うような気配をロズ殿から感じた。


「……」


 一方で私は黙して語らない二人から強い視線を感じる。


 私もまた彼らを測るように見据えていた。


 武装した女の方も蛇頭人身の剣士と同じく油断ならない強者であろうと感じられた。


 足運びに隙は無く、異国の衛士が持つ様ないかつい斧槍を片手で扱っている事から並々ならない膂力があるようだ。


 大きな武器を振り回せる力があると言う事は、体力も相応にあるだろう。


 そんな測り合いを行っていると、不意にこちらに向かって迫る影を認め、意識がそちらに向いた。


 それと同時に叫び声が響く。


「クアルっ!!!」


 迫る影もまた蛇頭人身の剣士であった。


 クアルとの違いは鱗の色が緑か黒かと言う事と服装と得物、そして迫る蛇頭人身の剣士には左腕がない所だろう。


「グゼ! まだ頭が冷えぬか!」


 弾かれたように迫る同胞を見やったクアルが大きな口を開けて吠えた。


「右腕も断たねば分からんのか! ここは既に我らの知る場所ではない!」

「知らぬ! 敵は殺す、それだけよ!!」

「知れ者めっ!」


 グゼと呼ばれた黒蛇頭の剣士は右手に持つ長剣を構えて、まっすぐにクアルに向かっている。


 左の袖は赤く染まり、風に靡いている事から切り取られてからさほど時間が経っていない事が推測できた。


 その袖の動きが微かにブレる。


 ……敵を殺すと言いながらどうやら諫めたらしいクアルに迫っている。


 頭に血が上っているだけの猪武者ならば諫めた者に突っかかるのは考えられるが、あいつはどうだろうか?


 ロズ殿は言った、残り二人は部下だったと。


 ならば、敵とは一人しかいない。


 ロズ殿と話し合おうとしている黒衣の女レギーナだ。


 そう結論を降すまでもなく、私の身体は動いていた。


 案の定、クアルに迫ると見せかけたグゼは不意に軌道を変えてレギーナに向かい、なおかつ持っていた剣を投げつけた。


 グゼとレギーナの間に躍り出た私は飛んでくる剣を斬り伏せる。


 澄んだ金属音が鳴り響いて、グゼが投げた剣は真っ二つに断たれて荒れ地に転がった。


「邪魔をするか……」

「お前も竜の魔女の部下だと言うのならば、話し合いの場を己の一存で壊すのは不忠であろう。それとも、怒りに目が眩んでその姿が見えなかったのか?」


 私の問いかけにグゼと呼ばれる蛇頭人身の剣士ははっとしたようにロズ殿を見やり。


「本物である確証はない」

「なれば何とする? 敵となるか?」

「場合によって……っ!」


 グゼの返答を半ばまで聞けば十分である。


 私は一気に踏み込んでグゼへと迫り躊躇なく刃を振り下ろす。


 その頭を狙った驚く間すら与えない一撃だったが、奴は何とか頭への一撃は避けてみせた。


 それでも肉と骨を断つ感触は我が手には残っている。


 グゼの右腕の付け根から鮮血が噴き出て、鱗に覆われ長い指が特徴的な腕も自身の剣と同じく荒野に転がる。


「家族には手を出させん。今、ここで死ぬが良い」


 私はその結果では不十分と刃を構えると背後より声が掛かった。


「セイシロウ殿、待っておくれ」

 

 ロズ殿の言葉には慌てた様子は微塵もなかった、待てと言えば私ならば待ってくれると言う信頼が感じられて、構えたまま彼女の言葉を待った。


「そ奴もまた自身の存在があやふやゆえに縋ったのじゃ、敵と味方の関係に。だから、待っておくれ」


 その言葉を聞いて私は漸く構えを解く。


「なあ、アゾン。前から思っていたんだけどさ」

「何です?」

「おたくの師匠、躊躇ないよな」

「そこは美点では? ……時々ついていけませんけど」

「だよねぇ」


 少し遠くからそんなカイサとアゾンの会話が聞こえてくる以外は静かな物だ。


 軽く周囲を伺うとスラーニャとロズ殿以外の他の面々は引き気味に私を見ているように感じられた。


 ……手を出すのが早すぎただろうか?


<続く>

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