46.姿見

 ラギュワン師の案内でその場所についたのは、それから程なくしての事。


「気脈、地脈の流れを感じ取れるか?」

「おぼろげながら」


 ラギュワン師に付き従いながらもスラーニャを抱きかかえている私に、彼は不意に問いかけた。


 風が流れるように緩やかに別種の力を感じ取れたが、風の流れほどには明確ではなかったのでそう伝えると、前を行く師は一つ頷いた。


 さらに乾いた大地を少しばかり進んだ先、赤茶けた土や石が露出した禿山の一角にぽっかり空いた洞窟にたどり着く。


 そこに移動できると言う姿見が安置されている、という。


「瞬時に移動できるって凄くないですか!」


 説明を聞いていたブレサが感嘆の情を素直に言葉に乗せると、ロズ殿が双眸を細めて。


「ほんにのぉ。だが、砦跡までどの程度離れておるのじゃ? 七日は掛かると言うが歩きなのか、馬でなのかによって距離も変わろう?」


 その問いかけにエスローが答えた。


「馬で七日ですね。しかし、瞬時に移動できるのは良いとしても体に影響は無いのですか? 空間を歪める術は概ねめまいや脱力感が伴うと聞きますが?」


 こうして少し会話を交わすだけでもそれぞれの人となりが見えてくる。


 エスローは万事に対して熟考を重ねるタイプであり落ち着いた性格をしている、反対にブレサは感情を素直に表に出す少々騒がしい性格だ。


 剣の腕前はいかほどかは分からないが、騎士であるからには相応であろう。


 戦い方も性格通りなのか豹変するのかは、戦場に立たねば分からない。


「さて、ワシや奴は特にめまいも感じなかったが」


 ラギュワン師はそう告げて、禿山の洞窟をずんずんと進んでいく。


 道は整ってはいないが起伏もないのでまだ歩きやすかった。


 スラーニャを抱える私の代わりにアゾンが明かりを持って、ラギュワン師に続いて歩いていく。


 その後ろ姿を見やりながら、何だか楽しげな様子のアーヴェスタ家の密偵に私は声を掛けた。


「もしや、貴殿はアゾンにちょっかいを掛けたか?」

「からかいは。ただ、今後は控えましょう」


 そこまで若いとは思いませんでしたと密偵は肩を竦める。


「お前の行動で色々と台無しになっても困るんだが」

「そこまでの事はしておりませんわ、お兄様」


 私の問いかけに呼応するようにエスローが皿に問いかけを放つと密偵は可笑しげに笑う。


「貴公らは兄妹か?」

「ええ、私の方が多少才に勝りましたが、こいつが騎士になっていてもおかしくなかった」

「それほどの才能が兄妹揃ってあるとはのぉ」


 ロズ殿が興味深そうに問いかけると、エスローが首肯した。


「で、ちっこいのは」

「ちっこくないです、標準です」


 ブレサがロズ殿の言葉に即座に反応してそんな事を言う。


「……スラーニャちゃんよりは大きいな」

「ちいちゃな子と比べないでください」


 背丈を気にしているのか、即座に返答を返すブレサ。


 どうせすぐに伸びるであろうよと肩を竦めるロズ殿。


「そろそろつくぞ」

 

 そんな我らのやり取りを聞いていたのかいないのか、ラギュワン師の声が響いた。


 姿見は人の背丈ほどもある大きさだった。


 ラギュワン師はその姿見に触れて、何やら念じると姿見が洞窟とは異なる光景を映しだした。


 そこに映し出されたのはうっそうと木々生い茂る暗い森。


 この姿見に内っている先は本当にルーグ砦跡近くなのだろうか? ラギュワン師の話では草木も生えないと言っていた筈だが……。


「む。何やら干渉しておるな」


 そう呟くとラギュワン師は両の手を姿見に当てて深く念じる。


 そして、師が脇に退けると映し出されていた光景が霞がかったようにぼやけたかと思えば、今度はこの近辺とはまた違った荒れ地が姿見に映し出される。


「何の干渉かは分らぬが、ワシはここで姿見を制御しておかねばならんようだ。助け出す手筈の者達を連れて戻り来るためには必要な事だ」

「いかに兵を打ち払おうとも移動手段も無くば危険ですからね、それでは師は此方でお待ちください」


 そう告げるとスラーニャを抱えたまま私は姿見の前に立つ。


 左腕でスラーニャを抱き、右手をロズ殿に差し出す。


「では、共に」

「うむ」


 ロズ殿は私の手を掴んだ。


 そして、戸惑うことなく私達は姿見へと手を伸ばした。


 一瞬、周囲が暗くなったが、すぐに明るくなった。


 洞窟の中で人口の明かりをともしている明るさとは異なる明るさを感じ、周囲を見渡す。


 スラーニャもロズ殿も傍に居るが、周囲の光景は姿見で見た荒れ地へと変わっていた。


 そして、目の前にはあの禿山の洞窟を映し出す姿見が簡易な岩屋の中に置かれている。


 本当に、瞬時に移動したようである。


「恐ろしい御仁じゃのぉ」


 ロズ殿が呟くと同時に、妙な気配を感じる。


 身構える間もなく現れたのは、アゾンとエスロー、それにブレサだった。


「妹御は?」

「ラギュワン師の護衛に残りました。何か在っては一大事ですからね」


 確かに退路を断たれるに等しいと頷き、草木一本も生えていない荒れ地を改めて見渡した。


「……あちらの小高い丘で何か光ったな」

「あれがルーグ砦の跡地でしょう」

「砦ならば高所に作るのは道理か」


 私たちは頷きあい、息を殺して身をひそめながら小高い丘の方へと進んだ。


 程なくして、複数のエルフの射手たちが私達に背を向ける形で布陣している様子が見えてきた。


<続く>

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