29.弟子入り

 私が剣を鞘に納めて一息つくと、ワイズの取り巻き達が恐る恐る声を掛けて来た。


「い、生かしてくれるのか?」

「その男は私が娘を降ろして良いかと聞いたら、その方が気兼ねが無いと答えた。自分の剣技に自信があったんだろうが……そう答えるだけの人間性があるのならば殺すまでもない」


 水面使いを騙る剣士を殺せとか、そんな依頼は受けてもいないし。


 そもそも私に人の罪を裁く権利はない。


 だが、連中は何を思ってか。


「お、おみそれしましたっ!!」


 そう一様に頭を下げて、未だにへたり込んでいるワイズの元へと駆け寄った。


 仲間意識はある様だ。


 野盗と言うよりは渡世人に近い集団だったのかもしれない。


 荒くれにもいろいろと居ると思いながら宿に戻ろうとすると、勝負を見ていたのか宿の入り口の前でオークの青年が呆然と立っていた。


 が、すぐさま私に向かって頭を下げて叫ぶ。


「で、弟子にしてくださいっ!」

「……弟子など取れるような身分ではない」


 首を左右に振り断ると、彼は真剣な目つきで私を見据えて言う。


「お、俺は強くなりたいんです! 兄のように!」

「オークが違う種族に弟子入りなど聞いた事もない、誰か知己ちきを頼ると良い」

「俺の知己はみな鬼籍に入りました……」


 ……穏やかではないな。


「立ち話もなんだ、宿に入りたまえ」


 そう言って宿に入りながら面倒な事が立て続けに起こると肩を竦めたのは言うまでもない。


※  ※


「奴隷商って言う連中は酷い物ですね」


 結局、部屋に上がってオークの青年アゾンの身の上を聞けば、キケが真っ先に口を開いた。


 オークの村を焼いた奴隷商に憤りを感じている様だ。


 それはスラーニャも同じ様子だった。


「なんでそんなヒドイ事するの?」

「オークの男も女も優れた戦士、村を焼き混乱を誘わなければ自分たちに被害が出る、そんな所ですかな」


 スラーニャの問いかけにバルトロメ殿が答え、肩を落とした大きなアゾンがさらに続けた。


「兄は村の勇士でした。だから、村の皆を助けようと燃え盛る炎の中奴隷商たちと戦って……。あいつは八人も殺したとあの奴隷商は言ってました」

「……それで、貴公は強うなって何とするのじゃ? 守るべき村の者もいないのに」

「仇を討ちたいんです。俺は戦うのが苦手で武器の訓練とかして来なかったけれど、村のみんなや家族の、兄の仇を討ちたい」


 アゾンはどうやらオークにしては珍しく臆病な性質だったようだが、村ではそれも個性と受け入れられていたようだった。


 勉強して学者にでもなれば良い、オークだって戦ってばかりじゃ先が無いからなと兄は笑っていたそうだ。


 その村や兄が奴隷商に焼かれた。


 臆病な男が復讐に燃える鬼に変わってもおかしくはない。


 だが……。


「何故、私に弟子入りする? もっと他に適任者はいるはずだ」

「力を正しく扱う人に教えを請いたいんです。俺は臆病だし、鞭で打たれたら痛いと転げまわるくらいにこらえ性もないけど。でも、だからこそ間違った力の使い方はしちゃいけないんだって思うんです」


 このオークが理性的なのだろう、並の人間よりずっと理性的だ。


 普通、復讐を志す場合はなりふり構わないはずが、彼はその復讐のための力も正しい力を望んでいる。


 尚更、私が教えるべき事かと思いはするが中々に芯の通った男だ。


「悠長、ともいえる考えですね?」


 メイドのテクラが何処か伺うように問いかける。


「兄の教えなんです」


 そいつは踏み外す訳にはいかないとアゾンは答えた。


 彼にとって兄はどれほど大きな存在だったのだろうか、想像もつかない。


 皆がその答えにしんみりしていると、今まで黙っていたリマリア殿が口を開いた。


「アンタは大したもんだよ、その言葉が本心からの物ならば」

「……正直言えば、復讐するのが怖い、です。痛い思いもするのも怖いし、なにより俺が死んでしまったら誰が兄を覚えているのかと思うとすごく怖い」


 兄は忘れ去られちゃいけないんだと肩を震わせながら告げる。


 リマリア殿は少し意外そうな顔をしていたが、なるほどと頷いた。


 多分、想定していた心の吐露ではなかったのだろうが、これも真情と思ったようだった。


「君の思いは分かった。だが、私と娘には敵がいる。一緒に行動すれば嫌でも仇と戦う以外にも危険が付きまとうようになるぞ?」

「そこです! 先生の娘さんはこの歳で危険な旅をしているのに、俺は奴隷商の鞭に怯えて行動できずにいた。それがとても恥ずかしい」


 ええと、そうじゃなくて……。


 って、誰が先生だ、誰が。


「貴公、志半ばでもこの娘を守って死ねるか?」


 ロズ殿がとんでもない事をアゾンに言いだした。


「仇を討った後ならば、迷うことなく、はいと言えますが」

「それでは駄目だじゃ。志果たした後でも娘を助け、自身も助かる道を模索せよ。それが出来ねば弟子入りは無理じゃ」


 あの、ちょっと?


 私の意思が介在しないで話が進んでやしないか?


「それは正しき道理ですな、魔女殿。まさに、まさに」


 バルトロメ殿が感嘆した声を上げ、ロズ殿が胸を反らす。


 ……何だか、アゾンの私への弟子入りが既定路線のようである。


「私を師と仰いで後悔した場合はすぐに言うと良い」

「そ、それでは弟子入りを認めてくださるのですか!」

「兄上の教えに従い正しく力を使うのであれば、剣を教えることに否はない。きっと、師も許してくださるだろう」


 私はこの地にはいない剣の師を思い浮かべながらそう告げると、アゾンは深く頭を下げた。


※  ※


 さて、一夜明けると私たちをとりまく環境は一変していた。


 領主の、つまりアーヴェスタの兵が街に展開し、逃げ遅れた荒くれたちを取り締まっていた。


 そして……。


「領主の使者がお出でですよ」


 宿の主が嬉しそうに言ってきたのだ。


 主の言葉通りやってきたのはアーヴェスタの当主の使者であることに間違いはなかった。


 まるで隙の無い、ルード神殿の大主教の守護騎士のように隙を見出せない初老の男は私たちを前に立てば深く頭を下げてから言った。


「お噂はかねがね。そして、今までの前当主の度重なる無礼をお許しください」


 その一言で何が起きたのかおおよそ見当がついた。


 スラーニャの実の父親はその権力を失墜させたのだと。

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