25.魔女と聖女と我が娘

 結局、怪物騒ぎの犯人はロズ殿である事が確定した。


 村人に話を聞きに行けば、最近は出ていないと言うし、どんな存在かと問えば女のような何かが山中を走り回っていたと言う。


 山の主かもしれないと考えたが、それにしてはあまりに奇妙だったので怖かったと村人たちは語った。


 木を伐採して生計を立てる屈強な男達だったが、山の怪異に対しては信心深く語っていたのが印象的だった。


 ともあれ、村に被害はなくルード神殿も訴えを無視した訳ではないと面目もたった。

 

 後は無事解決した旨を村長に一筆書いてもらい、ルード神殿にその書と共に現状を伝えれば良い。


 最寄りの神殿はロニャフの王都近郊にある。


 既にグロー兄弟が我が物顔で闊歩していた街にリマリア殿やバルトロメ殿の姿はないだろう。


 ならば、王都まで足を伸ばしてみるより他にない。


「ルード神殿序列第三位、放浪の聖女ことリマリア様と面識があるのですか?!」


 何となくそんな話をしたらキケとテクラが驚いた顔をして言う。


 リマリア殿が聖女であるとは知っていたが、当人の気安さで聖女と呼ばれる存在が周囲にどう思われているのか忘れる事がある。


 今度あったら今少し礼節を保っておかねば……。


 ともあれ、村長より一筆貰う間に木こりに混じって薪を割る。


 レベル一の私ができるのかと若い者は笑っていたが、周囲に習い上半身を晒して薪割り様の斧を持つと経験豊富な木こりが言った。


「オメェらの中であれだけ体ができているもんが何人いるよ」


 鍛錬は欠かさないが、さて、それほどの身体かどうか。


 ただ、スラーニャに乳を貰う代わりに薪割りをやって居た事もある為、さほど苦も無く薪を割る。


 何度か割っていると老いた木こりが口を開いた。


「見事に薪を割るもんじゃなぁ。オラァの祖父様が昔よう言ってたのを思い出すわぁ、レベルなんざ当てになんねぇって。それにしたってオメェさん、何でレベルが1なんだべか?」


 身体は鍛えてあるし、腕もあるのにのぉと老いた木こりが笑うと、若い者達もそう言う事もあるもんかと感心していた。


 村長が一筆書き終わったと報せが来たので、木こりたちに別れを告げて村長の家に向かって歩き出すと、彼らはじゃあなと手を振っていた。


「何じゃ、貴公。大人気じゃのぉ」


 迎えに来たロズ殿がその様子に可笑しげに告げる。


「どうにもあの手の男たちにはレベルが一でも受け入れられる事がある」

「それはカンドさんが相応の腕を持っているからでしょう、本当にレベルって当てにならないんですね」


 ロズ殿について来ていたキケがそう締めくくった。


 一筆貰い、村を出る段には女たちがスラーニャやキケに色々と声を掛けてくれた。


 訳ありの子供達ではあるが、村の女たちにしてみればかわいい子供なのだろう。


 僅かな交流を経てロニャフの王都へ向かう道すがら、キケが言った。


「逃げ出した直後は慣れませんでしたけど、こう言うのも良い物ですね」


 貴族社会も良い事ばかりではない以上は、そんな感想も出るのだろう。


 ……私が多少なりとも知る貴族の世界は故国の物でしかないのだが。


※  ※


 キケやテクラとも徐々に打ち解けて、スラーニャは楽しそうだった。


 いつか別れは来るのだが、この様な出会いは必要かもしれない。


 そんな事を考えながらロニャフの王都を目指して歩いていた私は、前方から見知ったような人影がやって来るのが見えた。


「……リマリア殿にバルトロメ殿?」


 そう呟くとロズ殿に抱っこされていたスラ―ニャがパッと前を見て。


「あ、リマリアさんにバルトロメさんだ!」


 子供の声は響くと言うのもあるが、そもそもバルトロメ殿が他者の気配に気づかぬはずもなく。


 程なくして二人は我らの前に立った。


 スラーニャともども軽く挨拶を交わすと。


「ほう、大所帯になりましたなぁ」


 バルトロメ殿が面白そうに笑いながら連れになった面々を見やる。


「エルフの騎士と一戦やらかしたって聞いたから、来てみたんだけどねぇ……」


 リマリア殿は何故か険のある目付きで私を見やって、嘆息を零した。


「で、お連れさんたちは何者だい?」

「ロズさんとキケちゃんとテクラさんだよ!」

「キケちゃんは止めて!」


 リマリア殿がそう問えば、スラーニャが元気よく返答を返し、キケが慌てて呼び名を訂正した。


 キケちゃんで良いじゃん、嫌だと言う子供たちの会話の中、リマリア殿の視線がロズ殿の視線と絡み合った……様な気がした。


 なんだろうか、この空気は。


 伺うようにバルトロメ殿を見やると彼は私に対して肩を竦めて見せた。


 そこに……。


「挨拶だよ!」


 不意にスラーニャが割って入るように告げる。


「え?」

「あ、挨拶?」


 二人の女傑は毒気が抜かれたようにスラーニャを見やった。


「挨拶してないよ! ダメなんだよ!」


 言われてみれば、私とスラーニャ以外はルード神殿の二人に挨拶をしていない。


「こ、こんにちは、ぼ、僕はキケと申します、聖女様」

「キケ様の従者をしております、テクラと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ありません」


 幾分慌てたように半エルフの二人が挨拶をすれば、ロズ殿も流されるように挨拶した。


「ロズと申す。縁あって彼らと同行しておる」

「ええと、ご丁寧にどうも。ルード神殿序列三位、聖女の称号を頂いているリマリアだよ。こっちはバルトロメ、アタシの守護騎士さね」


 リマリア殿も挨拶を返せば、ロズ殿の腕の中でスラーニャは満足げに頷いていた。


「いやはや、お嬢も肝が据わっておりますなぁ」


 その様子を好々爺の笑みを浮かべ、バルトロメ殿が感心したように告げた。


「時に、良からぬ噂を聞きましたが……」


 すぐに表情を改めたバルトロメ殿は私を見据えて問いかけて来た。


「アーヴェスタ家の当主が何やら画策していると」


 ……すでに情報が洩れている。


 今すぐにでも動かねばロニャフ王に報告するという誘い出しも出来なくなってしまう。


 思わず天を仰ぐとバルトロメ殿も事実ですかと大きく嘆息した。


 私は策が不発に終わりそうな事を嘆き、彼は戦が起きかねない情勢を嘆いたのだろうが、我らはともに共通の感情を抱えたようだった。


<続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る