22.騎士

 シャーラン王国はエルフが治める国。


 先の王は漁色ぎょしょくに耽り種族問わず女を集めていたようだが、それだけに純血ならざる者にも寛容であったようだ。


 この場合は勝手に生きて行けと言う意味の寛容だが、少なくとも排斥の意思は働かなかった。


 だが、その王が討たれ王の娘が女王となった際、今までの父親の行動に対する嫌悪からか、極端な命が出された。


 純血以外の貴族は排斥せよ、と。


 目の前の少年は、確かにエルフの血筋を感じさせるほど整った顔立ちをしているし、耳も僅かに尖っている。


 だが、どれもエルフほど顕著ではない。


「父は母を愛して私が生まれたのだと語ってくれました。破廉恥はれんちな漁色の結果ではないと、故に家督を継がせたいのだと語って王城に陳述に向かいました。ですが……」

「旦那様は謀反人として捕らえられお家は断絶、若も捕らえられるところを使用人一同で何とか王都よりに脱出させる事には成功しましたが……」


 代わる代わるに自分たちの状況を語る二人。


 確かに同情すべき点はあるが、それと我らに同道する事は別であるし、そもそも同道したい理由が無いように思える。


「貴殿らの状況は把握したが、それで何故、同道を願うのかが……」

「……僕を討つために追手が差し向けられたと聞きます。王家直属の騎士が」


 言いづらそうに少年は言葉にした。


 なるほど、騎士が相手では護衛のメイドも手を焼くどころか返り討ちにあうかもしれない。


 ならば、我らと同道して騎士の相手に私をぶつけようと言う算段か。


 レベルが一しかない男でも使いようと踏んだか?


 だが、確かに一緒に行動していればそうなる可能性はある。


「そうなると、我らが貴殿らに同道するのに何の利があるのか? 余計な厄介事を抱え込むだけでは?」


 私の問いかけに少年は一瞬怯んだように見えたが、口を一文字に引き結びまっすぐに私を見た。


 そして告げる。


「アーヴェスタ家の誰かが貴方の敵だと思う。貴族を相手にどう戦えば良いのか……例えば、どう誘いだせば良いのかを僕ならば教えることが出来ると思うのです」


 これは中々に踏み込んで来たな。


 私たちとアーヴェスタ家がどのような関係かを彼は知るすべがない。


 ただ、スラーニャの命をアーヴェスタの誰かが狙っており、私がそれを阻まんとしているらしいと昨日の私の態度で推測しただけだろう。


 言葉にするには危険な事柄だ、よく口に出来た物だし、その推測に半ば命を賭けているとは恐れいる。


 そこまで追い込まれているだけにしろ、なかなかできる事ではないように思える。


 しかし、彼の持つ情報はシャーラン王家直族の騎士とやらを相手にするだけの価値がある情報であろうか?


 基本的に得られる情報と言う物は高々知れている。


 極まれに有益なものが手に入るが、基本的には役に立たないか既に知りえている情報ばかりだ。


 アーヴェスタ家の当主を、スラーニャの父親を誘い出す情報など目の前の彼は持ってはいないだろう。


 だが、貴族にだけ通じるような符丁のような物でもあれば、誘い出しやすくはなる。


 それに……騎士なるものとは一度剣を交えて見たくもあった。


 私の剣が通じるのか、今朝方ザカライア師に教えられた呪炎剣なる技が通じるのか。


 そうは思えども武に秀でた者と戦えば、当然私が死ぬ可能性がある。


 スラーニャの安全も確保できないままに死ぬことになれば悔やんでも悔やみきれない。


 無益な争いを巻き起こしかねない事態は避けるべきであろう。


 だが……。


 思案を巡らせる間は言葉に詰まり、逡巡する。


 とスラーニャが口を開いた。


「一緒でも良いと思うよ」

「……何ゆえに?」

「おやじ様はダメな場合はすぐにダメって言うもん」


 確かに私が即座に否と言わなかった。


 その為スラーニャは連れていっても良いと思ったようだ。


 とは言えスラーニャが良しと言うのであれば、何でも良い訳ではない。


 ロズ殿の時とは勝手が違う。


 彼女が抱える問題は自己の問題に過ぎない、己が何者であろうかと言う苦悩。


 それが危機を招くことはあるかも知れないが、性急さはないと思う。


 だが、この二人を迎え入れた場合の危機は明白だ。


 シャーラン王国を敵に回しかねない事態に陥る。


 本来ならば断わるのが道理。


 それでも、私が迷っている理由におぼろげながら気づいていた。


 目の前の少年は父母の愛を受けて育った誰かにとってのかけがえのない息子なのだ。


 嘗て戦場で私が手に掛けた若い兵士が誰かの息子であったように。


 こんな所で嘗ての贖罪か? それは傲慢が過ぎると言う物だ。


「私の答えは――」


 私は口を開き、そして閉ざした。


 馬蹄の響きがすぐ傍で聞こえたからだ。


 まるで、急に虚空から湧いて出た様に馬に乗った偉丈夫が我らの傍に居た。


「キケ・ジェスト殿とお見受けいたす。俺はシャーラン王家直属の騎士イゴー。女王の命によりお迎えに上がりました。大人しくご同行願いましょう」

「させない!」


 メイドが剣を抜き、身を低く構える。


 低く、まるで四足の獣の如く四肢を折りたたみ縮こまる。


 この剣技は……。


地蜘蛛アーススパイダーか、女中如きの剣で俺に届くか?」

「やってみねば分るまい!」


 いや、眼前の騎士、イゴーとか言ったか。


 この男の武にはメイドでは及ぶまい。


 このままでは目の前で少年は連れ去られ、忠義の士が一人黄泉に旅立つか。


 それで良いのか? 神土征四郎かんどせいしろうよ……。


「その二人は連れだ、勝手な手出しはしないでもらおうか」


 イゴーと名乗った剣士は青い瞳を細めて私を訝しく見ていたが、不意に何かに気付いたように目を見開いた。


「……子連れ……黒髪の剣士に金髪の娘……。まさか、お主か! シャーラン正規兵五十名を森中で全て惨殺せしめたと言う男は!」

「娘を狙ったゆえに殺したが……問題があったかね?」


 私の返答に高く笑った後にイゴーは吼えた。


「面白い! なれば全ては貴様を討ち取ってからだ!」

「参れ! 相手して進ぜよう程に……」


 私がトンボに構える間、イゴーは如何なる術か全身を覆う金属鎧を纏っていた。


 これが騎士か……面白い!


<続く>

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