15.策謀を知る

 街の者達が何処にいるのかさえ分かれば、後は全て斬って捨てるのみ。


 私が頷くと亜人の女は意識を集中させて、小声で何者かに語り掛けた。


「無念であろう、さりとて何時までも下郎に関わっておっては次の生は得られぬ。じゃが、どうしてもと言うのであれば余が力添えをしよう。起き上がり、その喉笛を食いちぎってやるが良い」


 剣呑な言葉を慈しみを込めて告げたるは、狂人のようでもあり聖者のようでもあり。


 そんな感想を抱いたのは何も私だけではないようで、多くの者は彼女を遠巻きに恐ろしげに眺めるだけであった。


 暫し外を伺っているとにわかに騒ぎが湧き起こる。


「慌ててはいるが……思ったほどではないな」


 死体が闊歩した程度で驚いていられるほど肝の細い輩はイナゴなどにはなれんか。


 そのうちに、旅人に死人使いネクロマンサーがいるに違いない、あの亜人が怪しいと声が響いた。


「思いの外、連中、肝が太い……」

「どうされますか、私が打って出ましょうか」

「……いや、そこの御仁で良かろう。他の者が出ては足手まといになる」


 亜人の女が小さく舌打ちすれば、メイドが伺うように問いかけた。


 それを老人が諫める形になった。


 老人が指し示したのは、私。


「そちらの方はレベル1であるとか?」

「レベルなぞ、何の意味もなかろう? とは言え、そこな老人が何故に彼を推すのか、問いたい心地じゃが」


 訝しむメイドだったが、亜人の女は喉を鳴らすように笑い言い問うた。


「噂に聞いておるからな。レベル1でありながら数多の悪党を屠る子連れの剣鬼」

「そ、そんな者がいるはずがねぇ! レベルは絶対だ!」


 老人の言葉に旅人が食って掛かるが、カラカラと亜人の女が笑い告げた。


「なれば今一度、水晶玉で余を見て見ろ。先ほど違う結果が見えるじゃろうて」


 そんな問答を聞いているほどの暇はなくなったようだ。


 イナゴ共の一人がこちらに向かってくる気配を察すると、私は彼らの会話を無視してスラーニャに告げた。


「父が打って出る。ここの守りはお前の仕事ぞ」

合意あい!」


 それから、荒々しく扉をあけ放ち中に入ろうとした荒くれの腹に剣の柄を突き入れ、押し出すと扉を後ろ手に閉めた。


 周囲は既に夜半。


 幾人もの荒くれたちが武器を片手に動く死体を切り刻み、猛っていた。


 柄を叩きこまれて腹を抑えて屈みこんだ荒くれに抜きざまに振るった剣でたたっ切る。


「野郎っ!」


 近くにいた数名の野盗達が私に向かて得物を振り上げて迫るが、所詮は野盗。


 力任せに武器を振るうだけでさほど恐ろしさはない。


 私はトンボに構えるが否や一番左手側から迫った野盗に剣を振り下ろして一撃の下の屠ると、次の相手をすぐ右隣りの野盗へと切り替える。


 多数相手に斬り合うならば、間合いを遠くすればかえって囲まれる。


 左右どちらかに狙いを定めて一気に詰め寄り打ち倒し、後は数珠つなぎと同じこと。


 前の相手がつっかえて一人ずつ斬り合う他ないのだ、ならば順に倒していけば数度の斬り合いを行うだけの話。


 囲まれるよりはずっと楽だ、数珠の様にバラけるのならばそれはそれで個別に斬れば良い。


 今回の敵も威勢ばかりは良いが、それだけに少し誘えば簡単に手出ししてくる。


 そこを打ち込めば容易くその命を奪うことができた。


 足の運びは軽やかに、強く深く踏み込み距離を詰めるも空けるも自在を心掛ける。


 目の前の斬り合いに集中していると瞬く間にイナゴ共は数を減らしていく。


「馬鹿な! こいつはレベル1じゃないのか!」

「人質を取――ぎゃっ!!」


 今やイナゴ共の意識は私に集中していたが、それは大きな隙。


 門番や街に入ってきた時に老人を殺した荒くれ男が騒ぎ立てるも、その背からズタズタに切り刻まれた老人の骸が噛みついた。


 首筋を食いちぎられると鮮血が噴き上がり荒くれ男がのたうち回る。


 仲間の血を浴びながら門番は私と背後の死体を気にしながら必死に言葉を紡いだ。


「くそぉ、くそぉっ! うまい仕事があるって言うのによぉ! ――そうだ、お前、俺たちと手を組まねぇか? 貴族からガキを殺るだけで大金がもらえる仕事があるんだよぉ」

「それはアーヴェスタの仕事か?」

「あ、ああ。そうだ、そんな名前さ、知っているならば話がはえぇ」

「ああ、そうだな、話が早い」


 私はそう言い捨てて、安堵の笑みを浮かべていた門番の首を薙ぎ払った。


 転がり落ちる首に一瞥を与えて、残ったイナゴを狩るべく周囲を見渡す。


 視界は温泉街に潜むイナゴを探し求めながら、頭ではアーヴェスタのやり口に苛立ちを覚える。


 ついに野盗すら雇いだしたか……。


 ならば、この地でイナゴ共に出会ったのも僥倖ぎょうこうと言う物。


 一人を残して全て地獄に叩き落してくれよう。


 残った一人には洗いざらい吐いてもらわねばなるまい、アーヴェスタがどんな条件で我が子を殺めようとしているのかを。


 視線を幾人かに転じると私たちが閉じ込められていた家屋に向かて三人ほど駆けていく。


「ガキを人質にしろっ!」


 ……見下げ果てた奴らよ。


 容易に人の逆鱗に触れてくるものだ。


 私は、一度大きく息を吸い、裂ぱくの気合とともに吐き出した。


「おおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 駆け出し眼前の敵を一刀のままに袈裟斬りに斬り捨て、素早く隣の輩を逆袈裟に切り捨てた。


 そして、扉に手を掛けた一人に向かって上段から剣を投げ放つ。


 剣は扉を開けようとした男の背を突き破り扉に突き刺さった。


「どかせ!」

「う、動かねぇ――ひぃっ!」


 扉に張り付けられた仲間を引き離そうと足掻く間に、私もまた家屋に至り一人を殴りつけながら、そいつが持っていた粗悪な剣を奪い、今一人に突き立てた。


 一連の動きが終わるまで、私が放った気合は喉より迸り続けていた。


<続く>

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