見てろよ

 8ラウンド目以降の展開と試合結果については、詳しく説明すると私の心が持たないので、割愛させて欲しい。耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだよ、本当に。


「ほ、ほら、運がなかったのもありますよ! 増員出るの遅かったですし! 5ラウンドで増員が出来てればもっと違った結果になってましたよ!」

「そ、そうだよ! それに、僕だって初めてアグリコラをやったときは酷かったし!」


 必死に私を励まそうとする二人の顔を見ていて、嫌なことを思い出した。中学三年の、私が出場した最後のバドミントンの大会のことだ。





 同じ地区に一人、全国でも上位に入る化物みたいに強い選手がいた。個人戦で私はそいつと初戦で当たることになって、周りからは「あちゃー、運がなかったね」と同情された。私は「そんなのやってみないとわかんないじゃん!」と意気込んで試合に臨んだ。もちろん、内心では勝つのは相当厳しいとは思っていた。でももし負けるとしても、同じ地区で唯一善戦した選手ぐらいの評価は与えられるんじゃないかと自分に期待していたし、それにふさわしい努力は重ねてきたつもりだった。


 でも、結果は順当だった。どこを取っても何一つ惜しい展開になることなく、私は全国上位のそいつに初戦で敗退した。たぶん彼女の集中力は、コンディションを万全に整えて番狂わせの可能性を確実に摘み取ることにのみ向けられていて、私のことは最初から眼中になかったのだと思う。彼女の対戦相手は私ではなくて、周囲からの期待と予想だった。織木羊子は、100回戦えば99回は勝てる相手。その99回を引き当てることが出来て、心底ホッとした。私のことはそんな風に思われていたのだろうと思うと、腸が煮えくり返る思いだった。


 悔しかった。高校に上がったら絶対見返してやろうと思って、私は死ぬ気で努力した。とっくに引退していたのに練習相手になると称して部活に出続けて、後輩にうざがられた。膝が上げている悲鳴も無視して、練習して、練習して……そして、私はバドミントンが出来なくなった。


 おそらく私の名前なんて覚えていないであろうあいつにリベンジする機会は、永遠に失われてしまった。





「……負けないから……」

「え?」

「もう一回! もう一回やろう! 次は絶対負けないから!」


 立ち上がり、石積君と甘菜ちゃんに向かって宣言する。


「いや、でも……もう今日は遅いよ? もう一戦やったら夜になっちゃうけど」

「今日やるなんて言ってない! 日を改めてやるって言ってんの!」

「そ、そう? じゃあまた明日にでも」

「明日すぐにやったって勝てるわけないじゃん!」


 やってみてわかった。アグリコラは、実力が結果に反映されるゲームだ。そして、努力を実力に変換してくれるゲームだ。面白い。だったら、努力してやろうじゃないか。


「二人とも! 次の日曜は空いてる?」


 私の勢いに押されて、石積君と甘菜ちゃんはコクコクと頷く。ちなみに、今日は月曜日だ。


「じゃあ私、日曜にまた来るから! それまでに、絶対勝てるようにこのゲーム研究してくるから! 首を洗って待ってなさいよ!」


 帰り支度をしながら二人に指を突きつけ、石積君の部屋を後にする。たぶん二人とも、呆気に取られていることだろう。私だって、まさか「首を洗って待ってなさいよ」なんてセリフを、ガチで口にする日が来るとは思わなかった。恥ずかしいったらありゃしない。何やってんだろ私。たかがボードゲームに。


「お邪魔しました!」


 最低限の挨拶だけをすませて石積君の家を飛び出し、勢い任せに自転車のペダルをこぎ出した。




 アグリコラは実力が反映されるゲーム。それはやってみてわかった。そして、わかったことがもう一つある。


 石積君と甘菜ちゃんは、ガチ勢だ。昨日まで私が名前も知らなかったようなゲームに、時間と労力と情熱を惜しげもなく注ぎ込むことを厭わない、本物のガチ勢だ。

 ああいう種類の人間に、私みたいな初心者が「負けないから!」なんて言って勝負を挑むことが、どれだけ不遜で傲慢で失礼なことなのか、それはもちろんわかってる。私だって、バドミントンを遊びでしかやったことがないような手合いに「負けないぞー」なんて言われて勝負をふっかけられたら、鼻で笑ってしまうだろう。


 だから、私は決めた。私は努力する。アグリコラをちゃんと研究する。ネットで情報を漁って、カードの効果を覚えて、戦略を練って、私は勝つ! そして二人のことを、「ぷぷぷー、私みたいな初心者に負けてやんのー」と、指を差して笑ってやるのだ。


「見てろよ石積君!」


 堤防の手前の坂を、立ち漕ぎに移行して駆け上る。


「見てろよ甘菜ちゃん!」


 バドミントンをやめたからといって、体力はまだまだ落ちてない。息も切らさずに、あっという間に堤防の坂を上り切る。


「見てろよアグリコラあああああああああああ!」


 坂を上り切ったら、真っ赤に燃える夕日が見えた。

 煤けさせたまま放置していた心のかまどが、薪をくべられてまたパチパチと音を立て始める。

 熱くなって思わず叫んでしまったけれど、周りに誰もいないことを確認する程度の冷静さは持ち合わせていた、と思いたい。

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