2-6


「――という訳で、そういう訳なんです」


 場所は変わって、ここははてな新聞堂。


 僕の後ろに立つ二匹の説明をすると、ポロンと手から羽ペンが落とすミケランジェロさん。書き途中の紙に、じんわりと青インクのみがにじんだ。


「どうしたら、良いですか?」

「ちょ、ちょっと、マメ!!」


 ミケランジェロさんはデスクから立ち上がり、僕の耳をまむと、部屋のすみっこへと引っ張った。

 そして小声なのに怒鳴どなるという、とても器用なしゃべり方をして、僕をしかった。


「お前……! なんて物を、拾ってきたんだ!!」

「僕だって、拾いたくて拾った訳じゃなくて、向こうが直撃ちょくげきして来たんですよ」


 ミケランジェロさんは、再度二匹をちらっと見て、はーっとため息をついた。


「お前、とかい島の猫の事を、何にも知らないのか?!」

「知りません。興味が無いし」

「お前、それでも新聞記者か?!」


 にゃ? 新聞記者ってとかい島の事も知らないといけないのかにゃ?


「お前は図書館にある『とある猫族ねこぞく習性しゅうせい』って本を読んだことないのか?」

「本? 僕は図書館では図鑑ずかんしか借りません。図鑑ずかんはとっても楽しいにゃあ!」

「それは自信持って言う事じゃないぞ。その本はな、とある島の猫の習性を記した本なんだ」

「とある島の猫?」

「とある島の猫達はな、一見ふつうの温和な猫に見えるが、定期的に心の奥底にしまった本能ほんのう露出ろしゅつし、大暴おおあばれする時がある、と書かれていた」

「それは怖いにゃ~恐ろしいにゃ〜」

「そんで。ここからは俺の予想よそうだが、それはとかい島の猫の事を記した本だと思っている。だから、あいつらも、急に暴れだしたりするんじゃないのか?」

「……えー? その本は、とかい島の猫だって書いてある訳じゃないんですよね?」

「まあそうだけど、北の壁の意味を考えれば分かるだろう? 北の壁ははてな島の祖先そせんがこの島に降り立った時、真っ先に作ったと伝えられている。つまり、壁を作ってまで来て欲しくないのが、とかい島の連中なんだよ!」


 僕は、ミケランジェロさんを新聞記者の編集長として、すごく尊敬そんけいしている。

 でも、確信かくしんが持てない本と壁だけでとかい島の猫を疑う事はしたくないなぁ、と思った。

 ……かと言って、本当に二匹が暴れだす可能性もあるわけだから、気をゆるゆるにしてしまうのも、いけない気がするし……。


 僕はチラリと二匹を見やる。

 窓から外の風景を眺めている。草原と赤とオレンジ屋根の家だけが立ち並ぶ田舎の景色が珍しいのか。外を指差しながら、楽しそうにおしゃりしていた。


 ……とても良さそうな猫に見えるのだが。


「だから変な物は、さっさと壁の向こうへ返して来なさい」

「え? 誰がですか?」

「お前以外に誰がいるんだ」

「ええー!? 嫌ですよぉ! ミケランジェロさんが返したいなら、返してよ。えらいんだから!」

「俺には育ち盛りの三匹の子猫が居るんだぞ。ここで俺が暴れられて死んでも良いと思うのか? これは、お前の責任だぞ。お前が返したくないなら、お前が責任もって世話しろ!」


 ……と、すごーく当てにしていたミケランジェロさんから突き放されてしまった。

 そして突き放されると、だんだんと、自分の考えが何だか間違っている気がしてきたのだ。


 ミケランジェロさんは不機嫌ふきげんな事は多いが、親切おじさんなのだ。

 だって、良く「こんな手取り足取り、全部教えてやる親切な猫は俺以外に居ないぞ!」と言って僕を叱るから。だから、二匹の事情を話せば何かしら面倒を見てくれると思っていた。

 なのに、このいやがり様はとっても異常いじょうだ。

 新聞堂に来る前は、二匹には出来る限り親切にしてあげようと思っていたけれど、ミケランジェロさんの態度を見ているうちに、不安になってきて、怖くなってきて……咄嗟とっさに言い訳をした。


「でもでも、僕もとっても忙しくって! お世話なんて無理です、むりむり!」

「……何がそんなに忙しいんだ?」

「え?」

「例えば、今日は記事をまとめて、木箱ゲラに活字入れするだけだろ」


 正直者の僕は、この後の予定……活字入れとソックス家に居る鶏の説得せっとく、そしてもう1羽の鶏探しをする事を告げた。

 それを聞いたミケランジェロさんは、僕をあわれな顔して見つめて、


「お前が、どこまでも阿呆あほうなのが分かった。俺が聞かなかったら、ずっと鶏を探していたのか……? お前は新聞記者なんだから、鶏を探したりしなくて良いんだぞ?」

「じゃあ、何をするんですか?」

「新聞記者たる者、正しい情報を新聞紙に書けばいいんだ。そうすれば、島の誰かが見つけてくれる。情報を提供ていきょうしてくれる。それをうながすための【お知らせ】を書くのが、お前の仕事なんだ。これは、大事だから覚えとけよ!」

「にゃ、にゃい!」

「そして、拾ったものを最後まで面倒みるのも、お前の仕事だ。大事だからメモしておけ」


 僕はそう言われて、メモをした。


『新米新聞記者は鶏を探さない。けれど、とかい島の猫の面倒はみる』と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る