僕と尾崎先生の怪異事件簿【長編版】

星雷はやと

プロローブ



 桜が舞い散る東京。


 高層ビルが建ち並び、自動車や人々が忙しなく行き交っている。僕の名前は早乙女春一さおとめはるいち

 一週間前に上京をしたばかりの二十二歳であり、今年の新卒者だ。本当ならば、今頃は本社のビルで行われる新人研修に参加をしている筈だった。

 しかし僕は諸事情により、私服で町を彷徨っている。その原因は七日前に、本社で起きた出来事が原因だ。


「うぅ……何故、あんな事に……」


 僕は一週間前のオリエンテーション中に、会長から『お孫さんを見つけ出さなければクビだ』と突然言い渡された。その宣言により、人生の窮地に立たされているのだ。会長命令な為、オリエンテーションは追い出され新人研修も参加を拒否された。日々お孫さん探しを行っている。

 宣言をされて早くも一週間が経ったが、何も状況は進展していない。因みにお孫さん探しの期限は七日目の本日中である。


「如何しよう……」


 先日のやり取りを思い出し、憂鬱な気分を抱えながら歩道橋の階段を上る。


「はぁぁ……何処にいるのだろう……」


 そもそも、この事件は警察が捜査しているが難航している『児童連続失踪事件』の一つだ。一般人の僕に子どもたちを見つけ出す術を持っている筈がないのである。加えて一週間で見つけるなど、不可能と言っても良い。会長やお孫さんと面識はない。

 会長とは初めてあの会場で顔を見たぐらいである。お孫さんは本社を出る前に、会長から写真を見たのが初めてだ。何故、赤の他人である僕にこのような無理難題を課せたのだろうか。職権乱用ではないか。考えれば考えるほど、分からず。思考が同じところを彷徨っている。


「わっ……」


 歩道橋の一番上に到着し、階段を降りようと足を踏み出そうとした。しかし僕の足が階段に乗ることはなかった。ずるっと、靴裏から階段の角を滑る感覚が伝わり、身体が前方へと浮いた。階段から落ちると理解した僕は、来るだろう衝撃に備え強く目をつむった。


「ちょっと!!」

「えっ……わっ!?」


 しかし予想した衝撃は来ず。代わりに背後から急に強く肩と腕を引かれ、力が加わった側に倒れこんだ。僕を受け止めたのは固いアスファルトや階段ではなく、温かいぬくもりだった。


「貴方、大丈夫!? 怪我してない?」

「……え……?……いえ、大丈夫です……あ、ありがとうございます……」


 一体何があったのだろうか?不思議に思いつつ顔を上げた。そこには艶やかな藍色の髪に眼鏡をかけた、クラシカルなメイド姿の女性が僕を支えてくれていた。如何やら僕を助けてくれたのは彼女のようだ。

 お礼を言わなくてはと思うが、突然のことで頭が上手く働いてくれず。いつまでも女性に支えて貰うわけにはいかない。体制を整えると彼女に向き直るが、月並みなお礼しか口に出来なかった。


「歩道を歩いている時から呆然としていたけど、体調が悪いのかしら? 急に引っ張ってしまってごめんなさいね、痛くない? 立てる?」

「……あ、えっと……大丈夫です。その……体調不良ではないので……」


 僕の返答に気を悪くする様子はなく、彼は体調を訊ねてくる。口調や仕草は彼女の雰囲気に合い、その声はとても優しく落ち着きを与えてくれる。彼女のような親切な人を心配させるわけにはいかない。これはただの不注意であり、体調面に問題は無い事を伝えた。


「そうなの? でも凄い顔色が悪いわよ?」

「はは……。ちょっと、仕事先で問題がありまして……解決をしないと無職になってしまうので……」


 歯切れが悪かった為だろうか。彼女は金色の瞳に心配の色を浮かべながら、訝しげに首を傾げた。此処まで気遣ってくれている人だからか、僕の窮地に至っている理由を口にした。


「えっ!?何それ!? 何処の会社よ!? もうっ!! こんなに可愛い子を!! 」

「……え……えっと……」


 返答を聞くと彼女は急に声を荒げた。先程までの温和な雰囲気が消え去った彼女の反応に、僕は少しだけ戸惑う。だが理由を聞いてくれて、自分のことのように怒りを露にする彼女に嬉しく思う。この一週間は本当に大変だった。優しい田舎の皆を困らせなくないから相談することも出来ず。上京したばかりの僕には、今回の件を相談することの出来る友人も同僚もおらず途方に暮れていたからだ。


「あら! ごめんなさい!? 大声出しちゃって……驚かせちゃったわね。私、鬼瓦勇美おにがわらいさみよ。編集長をやっているわ」

「……早乙女春一と申します」


 彼女は眉を下げると、名刺を差し出した。それを両手で受け取りながら僕も名乗る。残念ながら僕には、渡せる名刺を持ち合わせていない。会長のお孫さんを無事に見つけ出さなければ、名刺を持つ事も出来ないだろう。服装から、つい職業をメイドさんだろうと思ったが彼女は編集長であった。先入観は良くないと反省をしながら、これが彼女の個性なのだろうと納得をした。


「春くんね! 早速だけど稲荷寿司を作れるかしら?」

「えっ!? あ、はぃ。ごく普通な物でしたら」


 鬼瓦さんからの急な質問に驚きながらも頷いた。実家に居た頃は、一般的な物ならば料理を作っていた。東京に来てからも自炊をしている。彼女の質問の意図は分からない。僕は鬼瓦さんの言葉を待った。


「ふふふ! それは良かったわ!」

「えっと? 鬼瓦さん?」


 すると彼女は優しく微笑んだ。その声は明るく弾んでいる。僕は鬼瓦さんの笑みの理由が分からず、彼女の名を呼んだ。


「のんのん、『勇美』って呼んで頂戴な?」

「えっと、勇美さん……何が良かったのですか?」


 鬼瓦さんは人差し指を左右に振ると、呼び名を指定してきた。彼女の拘りだろうか?僕は指定された通りに鬼瓦さんの呼び名を口にした。すると彼女は満足そうに笑った。


「ふふ、貴方の問題を解決出来るかも知れない男を紹介してあげる!」


 そう言うと鬼瓦さんは綺麗にウインクをした。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る