追憶 コーラ、常習犯

コーラを飲むと余り楽しくない事を思い出してしまう。

元々好きで飲まないから、人に勧められた時ぐらいしか飲みはしない。

けれどふとした拍子に飲みたくなり、そして飲む度に嫌な思いをする。


我ながら阿呆だろうかと思うけれど、定期的に手を伸ばすのは何故なのか。

嫌な思い出などと言いながら、心の奥底では違うと言う想いが有るのか。


「・・・クソ甘めぇ」


甘ったるくべたつく飲み物を飲み終わり、缶をゴミ箱に投げ捨てる。

本当に好きな飲み物とは思えない。何が良くてこんな物を皆飲むのか。

世の中は味覚が破壊されている人間が多い。なんてSNSで言えば炎上するだろうか。


それぐらいに私はこの飲み物が好きではない。好きでは無いのに飲んでしまう。

その事実も余計に不快で、固定されているゴミ箱を八つ当たり気味に蹴飛ばした。


「いってぇ・・・!」


我ながら本当に馬鹿だ。一体何をしているのか。平日の真昼間からくだらない。

何とも自分が情けなくなってしまい、そんな気持ちを誤魔化す様に足を動かす。


平日の昼の住宅街はとても静かだ。大人は仕事に、子供は学校へ行っている。

そんな当然の社会の中に混ざれていない自分、という物を静かな昼から感じてしまう。

別に仕事をしていない訳ではない。キチンと生活費は自分で稼いでいる。


それでも日常からずれた生活に、時折自分が間違っているのではと感じる時がある。

昔からこうだった訳じゃない。自分だって普通の社会に混ざっていた事は在る。

勿論夜に働く人間を馬鹿にするつもりは無いし、祝日休日の客商売はとても有難い。


けれど人の大半は平日日中に集団で仕事を行い、夜に寝てまた明日を過ごす。

そんな当たり前の時間を過ごして歳をとって行くんだ。

その当たり前が自分には苦痛だった。苦痛で仕方が無かった。


けど苦痛の中でも普通であろうと生きて、そんな自分は頑張っていたと思いたいのだろう。

やけにコーラが好きな同僚に勧められ、好きでも無いのに無理をして飲んでいた。

そんなくだらない事をいちいち思い出して不快になるのは本当に馬鹿らしい。


「はぁ・・・」


腹の底からの溜息が漏れる。何度も何度も思い出すのは、辛く苦しい思い出だ。

今はもう何の問題も無いのだから、思い出す必要なんてどこにもありはしない。

けれどこうやって思い出そうとしてしまうのは、やはり悪い事ばかりでは無かったからだろう。


自分が普通であれば、普通でさえあれば、普通に今も生きていけた。

そう考えてしまう時点で、苦しい想い出達は、同時に懐かしい想い出も有るのだろう。

人と関わり生きていけたのだと思える時間。それは苦痛だけでは無かったのだと。


別に今も仕事をしている以上、人と全く関わらない訳ではない。

けど今の自分は深く人と関わる事が出来ない。関わる気も起きない。

無気力にただ日常を過ごすだけで、そんな生活がとても楽で過ごしやすい。


過ごしやすいと同時に『独り』だと感じ、馬鹿馬鹿しくもコーラを飲みたくなってしまう。

自分が独りじゃなかった頃を思い出す様に。苦しい時間を思い出す様に。


「・・・さて、そろそろ俺も仕事するかな」


気ままに仕事を開始できる環境は自分にとって気楽で心地良い。

少なくとも苦しさの余り、気が付けば遅刻の常習犯と化していた頃に比べれば。

明確に何が苦しいという理由など無かったが、それでもただひたすらに苦しかった。


苦しみながら生きていくのと、今の気楽な生き方と、正しいのはどちらなのだろう。

少なくとも気楽なのに寂しいと思い、苦しかった頃を思い出す自分は、きっと間違いの塊だ。


「・・・なんだあの小僧」


だからだろうか。その日常から外れた存在を見つけると、無駄に気になってしまうのは。

真昼間だと言うのに何故か一人で公園のブランコに座る子供。

寂しそうな表情というべきか、悲しそうな表情というべきか、そんな顔をしている。


大方いじめにでもあったとか、親から虐待を受けてるとか、そんな話だろう。

なら自分に出来る事なんて何もない。出来て児童相談所に連絡する程度だ。

それだって本人が「助けて」と言わなきゃ何も始まらないが。


自分の様な人間は、ああして一人になる様な人間は、その言葉が言えないのが問題なのに。


「・・・ちっ」


止まっていた足を動かして歩を進め、少し行った先にある自販機に金を入れる。

そうして何を買うかを悩んで・・・コーラを日本買って公園へ戻った。


「おい小僧、学校は行ってねえのか」

「え? ぼ、ぼく、あ、ご、ごめんなさ」

「無駄に二本買っちまったんだよ。要らねえか? 開けてねえから危なくはねえぞ」

「え? え、あ、うん・・・」


小僧にコーラを押し付けたら隣のブランコに座り、尻が少し挟まる感じがした。

子供用のブランコだ。こうなって当然だろう。そう思いながらコーラを開ける。

そして甘ったるくて飲み難い炭酸を飲めるだけ一気に飲み、盛大なげっぷを吐いた。


ただそれだけだ。何を聞くでもない。何を言うでもない。ただコーラを押し付けただけ。

相談を聞いてやる事なんて出来ないし、解決してやる事も出来ない。

ただ何となく一人じゃない方が良いだろうと、余計な事を考えただけの事。


どう考えても不審者が子供に手を出そうとしている様にしか見えない気もしてきたが。


「あの、お姉さんって、何してる人なの?」


ガキにしては随分と相手の様子を伺う声音と言葉遣いで、小僧がそんな事を聞いて来た。


「社会不適合者が散歩してただけだよ」

「しゃかい・・・?」

「ダメ人間って事だよ」

「ダメ人間・・・」

「おうよ。人の集団の中だと息苦して生きていけない残念な女だよ。ペコペコ上司に頭下げて、後輩の面倒を見て、そんな当たり前が出来ない奴だよ」


小僧にそう告げると、思い当たる事があるのか表情が変わった。

その表情は苦し気で、そして今にも泣き出しそうだ。


「僕、ダメなのかな・・・」

「知らねえよ」

「っ・・・」


知った事じゃない。そんな事こっちに言われたって困る。

こっちもこっちで自分の事で手いっぱいで、だからこんな生き方をしてるんだ。

だと言うのに小僧に構ってしまったのは・・・やっぱり自分が馬鹿だからだろう。


「別にいんじゃねえの。こうやって息抜きしたってよ。おかげで変な女にコーラ奢って貰えてラッキー程度に思っておけよ」

「変な女・・・」


小僧は一瞬驚いた表情を見せた後、少し笑う様子を見せた。

自分で言ってなんだが、納得されるとそれはそれでムカつくな。

まあ良いか。笑えたならそれで良い。その程度の事しか結局出来やしねえ。


本質の解決なんざ出来ねえしやる気もねえ。ただ少し、こうやって、休ませる程度しか。


「ふん、じゃあな。今度は会わないと良いな」

「え、う、うん・・・」


そうしてコーラを飲み終わった立ちあがり、小僧に手を振ってその場を去った。

また小僧に合う事に、きっとなるのだろうと思いながら。

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