三題噺「月・鱗・友達」

 何時か誰でも月に行ける。そんな夢の未来予想が創作で存在する。

 実際その夢は現実になりかけているのかな。本当に何時か行けるのかな。

 お金のある人が宇宙旅行の予約、なんて話はあるらしいけど、私にはまるで想像出来ない。


 どうしても作り話の様な、どこか現実味の無い御伽噺の様に感じる。


「良いよねー、宇宙旅行。何時か誰でも行けるようになると良いよねー」


 そんな夢物語の様な話を描いている雑誌をめくりながら、私の友達が夢を口にする。

 いや、彼女に限ってはただの夢じゃない。彼女はその夢物語を叶えようとしている。

 勿論誰でも乗れる旅客船にではなく、一人の宇宙飛行士として。


 私は良く知らないけれど、宇宙飛行士の条件が変わったらしい。

 彼女はそれを知り、その条件に食い込む為の準備をしている。

 様々な外国語を勉強してると聞いて、その本気さに驚いた。


「そうなれば一緒に行けるのにね!」


 楽しげに笑って告げる友達に、思わず曖昧な笑みで返した。

 私は別に宇宙へ夢をはせた事が無い。ただ空に浮かぶ黒い世界だ。

 とはいえ馬鹿正直に答えてがっかりさせる、なんて事が出来る性格でもない。


 ただ彼女と話していると何時も思う。私には何もないなと。

 夢を追いかけてキラキラ目を輝かせる彼女の事は好きだ。

 けどそんな彼女を見ていると、どうしても自分と比べてしまう。


 別に誰かに何かを言われた訳じゃない。彼女にだって何も言われていない。

 ただ本気で夢を語る彼女の話を聞けば聞く程、私の中は空っぽだと感じるだけで。

 だからこそ彼女の事が大好きなのだろう。強く胸に抱く夢がある彼女の事が。


「そうだね、行けたら、良いね」

「ね!」


 嘘でもないけど本心でもない。そんな微妙な答えに、彼女は喜んでくれた。

 その笑顔が見れただけで充分かもしれない。そんな風に思った。

 夢の為に時間を使っている彼女が、空いた時間を私の為に使ってくれている。

 それはきっと無駄な事で、けれど私の為に無駄にしてくれる事が嬉しい。


 そんな風に想いながら彼女を見つめていると、彼女の持つ携帯電話が鳴った。

 多分彼女の母からの電話だろう。もう夕方だから、早く帰って来なさいと。


「はいはーい。今から帰るー。ん、わかったー」


 彼女は母親からの言葉に明るく応え、雑誌を閉じて帰り支度を始める。

 そんな彼女の袖を思わず掴み、ハッとして慌てて放した。

 まるで小さな子供の様な行動に、気まずい気持ちで目を逸らす。


「どしたの?」

「・・・ごめん、何でも無い」

「なーにさー。寂しいのー?」


 彼女はにまーっと笑って私に抱き付き、図星と迂闊な行動に思わず顔が熱くなる。

 けどこのまま抱きしめ返せば帰らないだろうか。そんな思考が頭に浮かんだ。


「また遊びに来るから。ちゃんと来るからさ」

「・・・ん、約束」


 ニコニコと笑う彼女を縛り付けてはいけない。私にはその約束だけで十分だ。

 そう自分に言い聞かせて、彼女がスッと離れるのを我慢する。


「じゃあ、また来るねー! またお話聞いてね!」

「うん、またね」


 キラキラと光る笑顔を見せる彼女の胸元に、私が以前渡したお守りが光る。

 夕日に照らされた一つの鱗は、きっと彼女を守る力になると言って渡した物。

 周囲の人に何を言われようとも、彼女はその鱗を気に入って身に着けてくれている。


「・・・いつでも、聞くよ。ずっと・・・友達、だからね」


 鳥居をくぐっていく彼女に手を振り、彼女の事をこの社でずっと待つ。

 大事な大事な私の友達。大好きな可愛い友達。絶対に手放さない。

 私の鱗をずっと持っていてくれたら、私はずっと貴女の傍に居られる。


「・・・何処までも、一緒・・・空の果てでも・・・死んでも、ずっと」


 宇宙飛行士が飛び立てずに死ぬ可能性は、どれぐらいなのだろう。

 その時は、ちゃんと迎えに行くからね。ずっと、友達、だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る