第31話 ノックと辺境伯と銀狼と虹色の円環 後編その弐

 少女は不安だらけだった。

 もし、銀髪の男が想像通りの男だったら?

 もし、神話通りエンシェントユニーク武器アイテムを持っていたら?

 もし、神話通りエンシェントユニーク怪物モンスターが側にいたら?


 不安で不安で心がいたたまれなかった。心が砕けそうな程に心配で、最悪の展開になった時に生き残れる自信はどこにも無かった。


 だから逃げ出してしまいたかった。何もかも放り出してしまいたかった。


 少女は心の内の不安を心の隅っこに詰めに押し込んだ。そこに更に蓋をして見ない様にする事で、ギリギリのところで平常心を保っていた。


 そんな少女は不可視化インビジブルの魔術に護られながら敵の元へと向かっていく。




 少女の視界の中に地上にフェンリルの全体像が完全に映った時、既に不可視化インビジブルは切れる寸前だった。だがここで切れたら上空にいたとしても確実に見付かる。

 見付かれば2人の神族ガディアを相手に戦う事になる。

 そうなれば勝つ事は非常に難しい。



「ならば今!アタシがこの状況で出来る最大限の事をするッ!」


「我が手に集え、紅蓮ぐれん炎矛えんむよ。我が手に集え、蒼壁そうへきたる水盾すいじゅんよ。我が手に集え、翠緑すいりょくの世界樹よ。我が手に集え、鮮黄せんおう熔岩ようがんよ。我が手に集え、金色なる鎖よ」


「我が内なる光を纏いし闇よ、闇夜に紛れて刃を示せ。我が内なる闇を纏いし光よ、け付く光をはばかさらせ」


 少女の詠唱に拠って「魔界」の荒ぶるマナが急速にその掌に集まっていく。制御が出来無いワケでは決して無いが、2の実感としては人間界よりも制御するのが難しく思えていた。


 少女は自身が紡いだ五大属性の詠唱に対して更に光と闇を掛け合わせていく。7つの全ての属性を持ち得なければ倒せないと認識したが故の詠唱である。


 然しながら五大属性の威力を更に底上げする形で闇と光の属性を付加させれば、それは魔法と同義となりかもしれない。

 だから2つの属性は威力上昇では無く、速度上昇の為に紡がれた。拠って残念ながら威力だけは魔法の領域には達していない。



「我、内なる全ての力を持ちて、われ、全ての内なる力を纏いて、彼の敵を討たんと欲す。が問いかけに応えよ力。我が問いかけに形を示せ。一条の刃をいしずえに、一条のいしゆみをここに示さん。光を超えて敵を穿うがて」


 少女の口から紡がれていく詠唱に応じ、少女の前方に7つの大小様々な虹色の円環が直線上に浮かび上がっていった。



「デバイスオン、スコープモード!」


 バイザーはその言葉に拠ってスコープモードへと変化する。

 スコープは少女の視界を狭め対象を拡大して少女の瞳にその姿を投影していく。


 少女の瞳に投影されたフェンリルのその姿は、雄々おおしく猛々たけだけしい。更には生命力に満ち満ちた神獣と言える姿であり、艷やかな銀色の毛並みは優雅で、たてがみも立派な巨大な銀狼だった。


 その背にはやはり銀髪の男が跨がっており何かを探している様にも見えた。



 少女はスコープの中心に獲物が来る様に照準を合わせていく。その手の中には虚構きょこうの弓が出現していた。


 少女は虚構のつるを充分に引き絞り心の準備が出来ると、虹色の矢は既にあった。



極大五色アルティメット・光闇円環・オーレオール!」

「いくわ…よ。はッ!」


 虹色の矢は少女の手を離れ照準の先にいる対象へと向かって疾走はしる。


 7つの円環は不可視化インビジブルの魔術に取り込まる形で展開されていたがその領域エリアを超えれば「不可視」ではいられなくなる。

 それは放たれた虹色の矢も例外ではない。


 放たれた矢は虹色の円環をくぐると、その度に速度と威力を増しながらそれを7度繰り返す。


 虹色の矢が最後の円環を潜り抜け、不可視の領域エリアを出た時には光速を超えた速さになっていた。拠って、光速を超えた少女の魔術は敵に着弾していた。


 要は不可視ではなくなった刹那の時間で被弾した事になるから感知する事は不可能だった。




 凄まじい衝撃波と爆発音そして巻き起こる。着弾から数秒と経たない内に少女の元にまでそれらが到達して来る。


 流石にその余波ですらまともに受ければ少女とて無事では済まない。だから予めシールドメイデンを展開し少女は防御を施していた。



 極大魔術は着弾した爆心地に無慈悲の破壊をもたらした。大地はその膨大な熱量にマグマの様にドロドロに溶かされ、爆発の衝撃はその場に大きなクレーターをこじ開けていた。


 そのクレーターの中にドロドロに溶けた大地が流れ込んでいく様子がスコープモードを解除した遠目にもしっかりと見えている。

 そこに生物がいればアストラル体であってもマテリアル体であっても、先ずは助からないだろう。地獄への入り口と言われても納得出来るかもしれない。



 衝撃波をシールドメイデンで防ぎ切り後から襲い掛かった来た熱風が粗方収まった所で少女はシールドメイデンを解除した。

 そして辺りの索敵を開始していく。


 爆心地を中心に未だその熱量は多く温度は非常に高い。爆心地から多少距離がある所にいても焦げ付くような熱気と鼻腔を刺激するなんとも言えない臭いが漂っていた。



「周辺に敵影は無し…と。あの一撃で無事に倒せたと思ってもいいのかしら…ね?」

「いや、むしろ倒せてなければバケモノ過ぎて泣けてくるわね」


 少女はいぶかしんでいるが、バイザーに敵影が映らない以上はフェンリルと銀髪の男は無事に倒せたという証だろう。


 だが一方で自分の読みが外れた事に訝しんでいた。少女は極大魔術の一撃で2体の神殺しが成立すると思っていなかった。だから念には念を入れてルミネ達を引かせてまで応援を呼びにいってもらったのだ。

 だからこれで終わりなら援軍に何と言って説明すれば「納得してもらえるだろうか?」と考えていた。



 最終的には魔術の火力が高過ぎた影響で素材の回収はおろか、生死の確認すら出来ない。生半可なまはんかな力では倒せないであろう強敵を、気付かれる事なくほふれたのであれば「それはそれで良し!!」と多少強引にでも納得させなければならなかった。

 それくらい、レアな素材は



 不可視化インビジブルの魔術はとっくに切れていた。少女はバイザーでの捜索を打ち切ると来た方向へと戻る事にした。


 もしもこれ以上高度を下げれば、まだ猛り狂いくすぶっているその莫大ばくだいな熱量に少女自身が燃やされかねないからだった。



「これでもう、アナタと会う事はないでしょう。さようなら、名も知らない神族ガディア

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