ライラの花【男1女1不問1 計3】

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をお守りくださいますようお願い申し上げます!

●ライトファンタジー(微ラブ)

●所要時間 約30分

●配役(男1 女1 不問1 計3)

※所々情景描写やSE指示がありますが、セリフのみでも大丈夫です


●登場人物

アレン 男

狼系獣人じゅうじん族。人型は190cmほどのオッサン。

海辺の広大な土地、ソルドレッジの領主で豪快な性格。

フルネームはアレン・ソルドレッジ


ディック 女

男性的な演技が望ましいです。

美女というかイケメン。

175cm程度の身長と言動で、ほぼほぼ男性と間違われる。

旅の薬売りで戦闘力が高い。

フルネームはディクスン・ラック


トレイン 不問

言動は男性寄りだが性別不問。幻と言われるライラの花を狙う小悪党。

戦闘力は高い方だが、お調子者で姑息。

楽してお金を稼ぎたい系。

上記二名より出番はかなり少なめ



―― ここより本編 ――


※【とある酒場】


ディック:

「ソリドの酒場」……ここか。

さて、と……。

ソルドレッジに来てみたはいいが、ライラの花、か。

幻の花と言われているくらいだから、そう簡単には手に入らないんだろうなぁ。

領主の館は明日、訪ねてみるとして、今日のところはここで休むか。


※カランカラン、もしくはギィ、とドアを開ける音。


ディック:

すまない、店主か?

伝書でんしょで、二階の宿を予約しているのだが、伝わっているだろうか。

そう、ディクスン・ラックの名前で。

……ああ、それは良かった。

まずはそうだな、こちらの酒場で一休みしたい。

特産のワインをいただけるか。

あとは香草こうそうのピクルスと肉とパンを頼む。

お代はここに。よろしく。


※少々の間


ディック:

さて……店主に話を聞いてみるのもいいが、うん?


トレイン:

(※こそこそと誰かと話している)

そうそう、それよ、ライラの花!

なんでも、この土地でも海辺にしか生えてねーって話でさ!

噂が噂を呼んで、価格も高騰こうとうしてやがるらしいが、何しろそのお花サマ自体をどこでも見ねーのよ。

……そうよ! 観光客のフリでよ……領主や自警団に嗅ぎつけられねーように……クックック……!

バーカ、臆病者は黙って見てろ、この盗賊トレイン様が、一攫千金狙ってやるぜ!


ディック:

(※つぶやき)

……ふぅん……なるほどね。

しかし、ここのワインは美味いな……


※一日経過の間

※【領主の館】


ディック:

もし。どなたかいらっしゃられるか。

私は旅の薬売りでディクスン・ラックと申す者。

領主様にお目通り願えないだろうか。


アレン:

(※家の奥から陽気な声で)

おう、いいぞ入ってもらえ!

メイド長、俺の書斎まで案内してやってくれ!


ディック:

(※つぶやき)

……なるほど、誰でも気軽に館の中に通す、という噂は本当なんだな……。

よほど内側の警備体制がしっかりしているんだろう。


※少々の間


ディック:

失礼いたします。

領主様、お目通り感謝いたしま、す……

……


アレン:

おう、よく来たな、旅人!

俺が領主のアレン・ソルドレッジだ。

どうした? かたまってんぞ?


ディック:

いえ、その、領主様は……クマなのでしょうか。


アレン:

クマに見えるのか?


ディック:

はい、たけ3mほどのクマに見えます。


アレン:

そうかー。俺ァこれでも狼なんだけどよ。


ディック:

狼……ですか、失礼、二本の足で立つ狼を見たことがなくて。


アレン:

俺は獣人じゅうじんだからな、狼系ではあるが、四本足じゃぁねーんだわ。


ディック:

なるほど。そこまで大型の獣人じゅうじんにも、出会ったことがなかったので。


アレン:

そうさな、大型の獣人はそう多くねえ。

まあ、これじゃ話しにくいわな、人型になるからちょいと待ってくれ。

よ……っっと。


ディック:

おお……獣人の変化へんげも初めて見ました。


アレン:

そっかそっか、なかなかレアだろ!

はっははは!


ディック:

それで、失礼ながら……その、イチモツを仕舞しまっていただけると、ありがたいのですが。


アレン:

うん? おう、服はすぐ着るけどよ。


ディック:

私は職業柄、見慣れてはいるので構わないのですが、領主様は、女に裸を見られても大丈夫なタイプのお人で?


アレン:

おんな?


ディック:

はい。


アレン:

どこに?


ディック:

ここに。


アレン:

え? お前?


ディック:

私。


アレン:

え? ……女!? お前さんが!?


ディック:

そうです。


アレン:

お、おお! いやいやこいつは失礼したな!

お前さん身長高いし体格良いし、イケメンこの野郎と思ってたが、美人さんの方だったか!

こりゃあ二重に失礼した!

すまねえすまねえ! すぐに服を着るからよ!

ハハハハハ!


ディック:

ハハハハハ。


※服を着ました。


アレン:

いや、ほんっとうに悪かったな!


ディック:

いえ、性別を間違われるのも、慣れているので大丈夫です。

初対面で女だと思われることは、ほぼ無いので。

正直、どちらでも構わんです。


アレン:

裸に慣れてるって言ってたが、そういや薬売りだったか?


ディック:

ええ、旅をしながら薬を売っているので、医者のまねごとも、少々。

なので、相手を裸にひんくなど、しょっちゅうでして。


アレン:

なーるほど。

で、その薬売りが、どんな用向きでここに?


ディック:

ええ、単刀直入に申し上げますと、ライラの花のことで。


アレン:

あー……そうかそうか、あれか。


ディック:

近年の研究で、ライラの花に、素晴らしい効能があるらしいと聞き及びました。

ですがライラは、この土地にしか存在しない上に、ここですら滅多に見ることができないとされる花。


アレン:

おう、そうだな。


ディック:

それを、分けていただくことはできないかと、ご相談のために参上しました。


アレン:

そうか。

……相当、値が張るってぇ噂は聞いてんだろ?


ディック:

ええ、金額に糸目をつけるつもりはありません。

足りなければ、稼いでからまた来ます。


アレン:

なんで、そんなにまでして?

ライラの花は可憐で美しく、香りもいい。

だが、さまざまな感覚をマヒさせる作用があるとされる。

目的はそれか?


ディック:

そうです。

私はその効能を調整して、麻酔や鎮痛などに使いたいのです。


アレン:

麻酔?


ディック:

過ぎれば毒ともなる成分でしょうが、うまく使えれば、痛みや苦しみを和らげることができる。

あの花の効能は、実に画期的だ。

実用には時間がかかるかもしれないが、私はぜひ、研究したいのですよ。

昔、病に倒れた私の母は、痛みにもがき苦しみながら死んでいったので。


アレン:

そうか……

おっと、茶も出さずにすまなかったな、今、使用人に入れさせるからよ。


ディック:

ああ、それならば……

手土産という訳でもないのですが、貴重な茶葉を持参しているのです。

差し支えなければ、ご挨拶代わりに、私がお入れしましょう。


アレン:

お前さん、客人なのにいいのか?


ディック:

お構いなく。

薬を煎じるついでに、茶葉を作るのも趣味でしてね。

体にも良いですし、美味しいですよ。


アレン:

そうかい。じゃあ、馳走ちそうになるか!


ディック:

では、領主様、茶器ちゃきを……


アレン:

おうおう、その「領主様」ってのはまどろっこしいからよ、アレンでいいぜ!

かたっ苦しい言葉遣いも無しだ!

友人にするように、振る舞ってくれ!


ディック:

……ではアレン。

私のことも、ディックと。

友人のように、接してくれて構わない。


アレン:

おう! そうさせてもらうぜ!


※一方、海岸の砂浜

※少々の間


トレイン:

くっそ、それらしい花なんざ、どこにもねーぞ!

海辺にしか咲かねーんだったよな!?

そろそろ時期だって話も、まさかガセか!?

いや、そもそも幻の花なんて言われるくらいだからな、そう簡単には見つからんだろうが……。

しかーし! だだっ広い砂浜!

ゴミひとつも落ちていなければ、見通しも最高!

花の影なんざ、ひとっつもねーぞ!

……こりゃあ、領主を脅して、場所を吐かせる方が早えーか……。

領主はケンカはからっきしだってぇ噂だからな!

このトレイン様がちょいっとひねってやりゃあ、すぐだろ!

……うーん……

そうと決まりゃ……泳ぐか!

ひゃっはー! 海だ海だーぁ!


※【領主の館】

※茶をしばく間


アレン:

っはー! この茶ぁ、うめーな!

これまで飲んだことのねー味だぞ!


ディック:

私のオリジナルだから、大陸中探しても、ないぞ。

なかなか美味いだろう。

しかし……


アレン:

うん?


ディック:

初対面の人間の持ってきたものを、躊躇ちゅうちょなく口に入れるんだな。


アレン:

はっはっは、俺は人を見る目はあるつもりだぜ?

まああとは、獣人は毒物なんかに強いってーのもあるが。


ディック:

なるほど。


アレン:

しかし、本当に美味いな。

これはナニか、この葉っぱは、売ったりはしてもらえんのか。

実に気に入ったんだが。


ディック:

それは、大変申し訳ない。

なかなか量を作れないものでね。

金を積まれても売れないんだ。

せいぜい、今回のような機会か、よほど親しい人に振舞うくらいしか。


アレン:

俺たちは、友人になったんじゃなかったか。


ディック:

フフ、「友人のように」という段階だからね。

では訂正させていただこう。

それこそ、家族くらいに近しい人にしか。


アレン:

はっははは! そいつは残念だ!

けどまあ、うちのライラの花もな、残念ながら、そうなんだ。


ディック:

と、いうと?


アレン:

価格が高騰なんて噂はされてるけどな。

実際にはほぼ、取引なんざしてねーんだよ。

それっくらい、珍しいモンでさ。


ディック:

……そうなのか……


アレン:

ただまあ、流通させるのは難しいが、まったく譲れないってわけでもねぇ。

俺が気に入った人間なら、研究のために少し分けてやる、なんてぇくらいのことは、してやりてえとは思う。

そんでもって、俺はお前さんのことは、結構気に入った。


ディック:

では、私はどうすれば。


アレン:

そうさな、それでも、もうちっとばかり、お前さんの人となりは知りたいと思うし……

なあディック、お前さん、腕は立つ方だろ。


ディック:

わかるかね。


アレン:

おうよ。絶対ケンカ強いヤツの目だし、こうしてくつろいでても、隙がねえ。

男にもそうそう負けなそうだよな。


ディック:

まあ、その通りなんだが。


アレン:

しばらく、うちで用心棒とかしてみねーか。


ディック:

用心棒?


アレン:

ウチの使用人は、メイド含めてどいつもこいつも強ぇーんだけどよ。

一番の腕利きが、ちょいと今、里帰りしてるんだ。

それで困るってわけじゃねえが、せっかくだからな。どうだ?


ディック:

それで花を分けてもらえるなら、ありがたい話だ。


アレン:

そうかそうか。


ディック:

ではお言葉に甘えて、しばらく滞在させてもらうとしよう。

少々、きな臭い話もあるようだからね。


アレン:

なんだそりゃ。


ディック:

酒場でちょっと小耳に。

ライラの花が、狙われているようだから。


アレン:

ほほう? 聞かせてくれるか?


ディック:

いいとも。


※数日経過の間

※ドンドンドン、と玄関ドアを叩く音。


トレイン:

おーいこら! 誰かいんだろ! 出てこーい!


ディック:

おや。この声は、聞き覚えがあるな。


トレイン:

領主さんよーう!

ちぃと聞きてーことがあるんだわ!

おいこらぁ!!


※ディックが応対する


ディック:

なんだね、騒々しい。


トレイン:

おうおう!

お前が領主……じゃねーな、領主はどこだ!


ディック:

領主様は今、手が離せない。

どのような用向きかね。私が聞こう。


トレイン:

テメーはナニモンだ? 使用人か?


ディック:

用心棒だ。数日前からだが。


トレイン:

用心棒! はっはは!

んな、女みてーなお綺麗な顔した兄ちゃんが、用心棒か!

なめんなよ!

おい領主! いるんだろ!

ライラの花なんざ、どこを探しても見つからねーぞ!

とっとと出てきて、在処ありかを吐きやがれ!


ディック:

確かお前は、トレインとかいったか。

まったく、マナーがなっていないな。


トレイン:

お前ッ、なんでオイラの名を、知ってやがる!


ディック:

自分で名乗ってたんだがね、酒場で……。

まあいい。ひとつ訂正させていただこう。

私は男ではない。


トレイン:

はぁ?


ディック:

男ではない。


トレイン:

はあぁ? 女? マジでか? うそだろ?


ディック:

はっはっは、お綺麗な顔した男でなくてスマンね。

まあ、ささやかな間違いだ。

気にすることはない。

ところで、これが見えるかね?


トレイン:

あぁん? なんだそりゃ。おうぎ……?


ディック:

そう。今日は少し暑い。あおいであげよう。そら。


トレイン:

なんっだそりゃ、そんなんいらねー、それより領主を、を?

お、お……?


ディック:

どうしたね?


トレイン:

体が、なんだ、こりゃあ、感覚が……

ああ?、しびれ、て?

う、おおおぉぉ……ぉぉ……

(※ここでの痺れとは、いわゆる正座で足が痺れるあれの全身版です)


ディック:

震えているね。触ってあげようか?


トレイン:

ば、バカやめろマジやめろ!

てめえ、何した!


ディック:

何って、扇に、即効性のしびれ薬をかるーく仕込んでおいただけだが。

うん、全身しびれて、つらいだろう。

少し休んでいくかね。


トレイン:

ふ、ふざっけんな! てめぇ、毒使いかよ!


ディック:

旅の薬売りだ。


トレイン:

くっそ……ッ、お、覚えてろ!


ディック:

ありがちな捨て台詞だが、逃げ足が亀の歩みだな。


トレイン:

う、うるせぇえーー!!

し、しびれええぇぇ、ぇ、ぇーー……!


※トレイン、亀の歩みで退場


アレン:

行ったか。


ディック:

ああ。逃がしてよかったのか?


アレン:

かまわねーよ。

泳がせて、潜伏先を突き止めとけと、使用人に命じてある。

本当に単独かどうかもわからねーしな。


ディック:

そうか。しかしまあ……

正面から乗り込んでくるとは、あまりに単純で驚いたがね。


アレン:

クックック、まったくだ。

さーって、午後の茶の時間だ!


ディック:

収穫祭の書類の監査がまだ終わっていないのでは?


アレン:

休憩だ! 休憩! あれなー、つっかれんだよ!


ディック:

ハハハ、仕方のない人だ。

メイド長が、秘蔵のジャムを出してくれると言っていたから、私がもらってこよう。


アレン:

おう、たのんだぜ!


※数日の間


ディック:

ふぅ……ここに来てから三週間ほどになるか。

今日も天気がいい。

ふむ……この屋敷の菜園は、本当に手入れが行き届いているな。

これほど見事なハーブは、あまり見ない。

ここに植えられているものはほとんど、海辺の空気とも、相性がいいんだな……


アレン:

おう、ディック。


ディック:

アレン。


アレン:

敷地の外から、あのトレインとかいうのがコソコソ覗いてるぜ。


ディック:

ああ。あれから何度も挑んできたが、いい加減、思い知っただろう。

私を毒使いと勘違いして、防護服で乗り込んできた時には、大笑いしたが。


アレン:

あながち、間違いでもねー気がするけどなぁ。


ディック:

ヤツもそこそこ腕は立つんだろうに、相手の実力もはかれないとは、どうも間が抜けているね。


アレン:

お前さんの、とんでもなく綺麗な蹴りが、スパーンと決まった時には、思わず拍手したぜ。


ディック:

尻が四つになるーって叫んでたな。


アレン:

上下に割れるーってな!


トレイン:

(※いかにも独り言風に)

あーあー、べっつに、天気がいいから散歩してただけだしー。

通りかかっただけだしー、尻なんざ痛くも痒くもねぇしー。

ふん ふふーん♪


アレン:

ディック、暇そうに散歩してるヤツがいるから、付き合ってきたらどうだ?


ディック:

そうだね、そうするか


トレイン:

早いところ花の在りかを吐いちまったほうが楽だぜ~♪ ふふーん♪

あばよぉ~~~~♪

(※そそくさと去る)


アレン:

おお、逃げたな。

……ところで、お前さんは何やってんだ?


ディック:

このハーブ、少し分けてもらってもいいだろうか。


アレン:

おお、かまわんぜ。

薬の調合にでも使うのか?


ディック:

それもあるんだが、これは、熱を加えることで、魚にとてもいい風味を加えてくれるんだ。

あまり、知られていないがね。


アレン:

そうなのか! 俺も知らなかったな!


ディック:

たまには、私が食事を振舞おう。

今日は魚の香草焼きなんてどうだ?


アレン:

おお、いいな!


ディック:

使用人のみんなにも味わってもらいたいな。


アレン:

みんな喜ぶぜ! ハハハハハ!


ディック:

それは何よりだ。楽しみにしていてくれ。


※数日の間


アレン:

ディック。


ディック:

アレン。どうかしたかね。


アレン:

ライラの花がな。


ディック:

え?


アレン:

多分、そろそろ咲き始めるんだ。

行ってみるか?


ディック:

そうか……いいのか?


アレン:

おうよ。

最初に会った頃からそうだが、俺は今もお前さんのことは気に入ってんだ。

お前さんがここに来てから、使用人たちも楽しそうだしな。

良くしてもらってる礼だ。

ライラの花、少しだけになっちまうが、分けてやるぜ。


ディック:

そうか……

心から感謝する。ありがとう。


アレン:

おう。そんじゃあ、早速行ってみるか!


ディック:

ああ。


※少々の間


ディック:

ずいぶん高台まで登るんだな。


アレン:

実はな、ライラの花ってのは、海に面した崖の中腹ちゅうふくにしか生えねーんだ。


ディック:

崖?


アレン:

しかも、相当高い場所だ。

海から登るにしても、崖の上から降りるにしても、かなり危険な場所でな。

なかなか人目には付きにくい場所な上に、摘むとしたら命がけだ。


ディック:

そうだったのか。


アレン:

そんなもん、なかなか流通させらんねーだろ。

だから結果として、幻の花、なんて言われるようになっちまった。

今までいくらか譲ったことはあるが、大体は気心の知れた奴か、その友人くらいまでだな。

どちらにせよ、悪用なんざしないと信用できる連中に限られてる。

形見みてーな花だからな。


ディック:

形見?


アレン:

ほら、着いたぜ。大体この辺だ。


ディック:

これは……ずいぶんと切り立った崖の上に出たな。

海風の音もすごい。


アレン:

ここからこう、な、危ないから、腹ばいになってから、下を覗いてみろ。


ディック:

こう、か。ふむ……。


アレン:

見えるか。ああ、今年はあそこだな。

ちいっと死角になっちまってるが。


ディック:

ああ……確かに、見えた。


アレン:

あれが、ライラの花だ。


ディック:

白くて、美しい花だな。それに、小さくて可憐だ。


アレン:

あの花を最初に発見したのはな、俺のひいばあさんに当たる人なんだ。


ディック:

そうなのか。


アレン:

ああ。でな、あれを取りに崖を下りようとして、落ちそうになったんだと。


ディック:

なんともお転婆てんばだな。


アレン:

それを助けてくれたのが、近所の幼馴染。

で、そいつがのちの旦那になった。

つまり、俺のひいじいさんだ。


ディック:

それはそれは……絵に描いたようなロマンスだ。


アレン:

だから、本来なら発見者のひいばあさんの名前でもつきそうなところを、彼女はあえてそうせずに、命の恩人の名前をつけたんだそうだ。


ディック:

それでは、ライラというのは。


アレン:

俺の、ひいじいさんの名前だな(笑)


ディック:

それで形見、というわけか。


アレン:

さて、摘みに行くならロープを垂らして、俺が行くぜ?


ディック:

……いや、いい。


アレン:

ああ? お前さんが行くつもりか?


ディック:

いや。……やはり、花は摘まなくていい。


アレン:

は!? どういうこった?

俺が思い出話とかしちまったからか?


ディック:

そうではないよ。

見たところ、あそこには二輪ほどしか咲いていないじゃないか。


アレン:

そうだな。

もう少し待てばもっと増えるかもしれないが、今年はもともと数が少ないのかもしれねぇ。


ディック:

あれを摘んでしまうのは、あまりに忍びない。

今年が不作かもしれないというのなら、もう少し待つことにするよ。

せいぜい、来年にでも。


アレン:

来年かぁ。


ディック:

貴重な花だ。乱獲のような真似はしたくない。

今日のところは、残念だがね。


アレン:

……


ディック:

せっかく案内してくれたのに、すまない。


アレン:

いや……それは別に、いいんだが……


ディック:

アレン?


アレン:

なあ、ディック。


ディック:

なんだね。


アレン:

研究してえってんならさ、そこそこの収穫量が必要なんじゃねえか?


ディック:

それはそうだが、物が物だけに、都合よくばかりいかないのは承知の上だ。

この先何度も屋敷にお邪魔することになってしまうかもしれないが、都合がつくときだけ分けてもらえれば、私としては十分にありがたい。


アレン:

その、なんだ。


ディック:

うん?


アレン:

毎年訪ねてこなくても、大丈夫な方法があるってーか……


ディック:

……うん? どういうことだ?


アレン:

その、そのな。


ディック:

……


アレン:

ずっとうちで暮らせばいいんじゃねーかと……


ディック:

え? ……用心棒を続けるということか?


アレン:

そうじゃなくてな、その、か、家族、とか……


ディック:

……家族……


アレン:

ほら、お前さんも言ってたじゃねーか、あの美味い茶、家族になら振舞うってさ。

もしも家族になれるなら、俺もあの茶をまた飲めるってーわけだし!


ディック:

茶が、飲みたいから、ということか?


アレン:

そ、そうじゃなくてな!

それはついでっつーか、いや、それも俺には大事なことだっつーくらいあの茶は美味かったが、それが一番ってわけでもなくてだな!

ああ、くそ!

ディックが来てからずっと、楽しかったし家の中の居心地が、最高に良かったんだよ!

そんで、お前さんがまた旅に出ちまうのが、寂しいって思っちまってだな!

けど、用心棒や使用人として雇いたいってわけでもなくて……!


ディック:

……、……


アレン:

まあ、その……


ディック:

フッ、クックク……ずいぶん、唐突な申し出だな。


アレン:

悪かったよ、口下手でな!

その、お前さんなら、このくらいの物言いでも、許してくれんじゃねーかなって、都合よく、考えちまったってのもあるが……


ディック:

……そうか。


アレン:

……お、おう……。


ディック:

ひとつ、訂正させてもらおうか。


アレン:

お、おう?


ディック:

「このくらいでも許してくれる」という部分だ。


アレン:

う、ぉう、だ、ダメか……?


ディック:

フッ。「このくらいが、丁度いい」


アレン:

……ッ! お、う、お、そ、それじゃ、


ディック:

ハハハ。


アレン:

ディック!


ディック:

だが、いいのか?

私が旅人でなくなったとしても、用向きがあれば、平気で長旅に出てしまうぞ。

薬売りをやめるつもりはないからな。


アレン:

それは大丈夫だ!

なんなら、その時には俺も一緒に行くぜ!


ディック:

領主がそれでは困るだろう。


アレン:

どこの領主だって、旅行くらいはするぜ。

ウチの屋敷の使用人たちは、みんな仕事ができるから、少しくらい俺が留守しても問題ない連中ばかりだしな!


ディック:

まったく、都合がいいな。

まあ、アレンがそれでいいなら、私はかまわないが。


アレン:

ほ、本当に、いいんだな?


ディック:

よかろう。


アレン:

上からだな(笑)


ディック:

そんなところも、いいだろう(笑)?


アレン:

ハハハハハ!


※まるで空気を読まずにカットインするトレイン


トレイン:

やいやいやい、領主と用心棒!


ディック:

おや。


アレン:

おう。


トレイン:

コッソリついてきて、正解だったぜ!


アレン:

コッソリってーかな。


ディック:

わかっていたというかな。


トレイン:

そこに、ライラの花があるんだろう!

花をよこすか、さもなくば、そこをどけ!


ディック:

お前は、本当に懲りないな。


トレイン:

おおっと、今日のオイラを甘く見るなよ!

これが、見えないか?


ディック:

なんだ、それは。


トレイン:

投石用の武器、スリングショットだぜ!

オイラがこれをぶちかませば、てめえの腹に風穴かざあながあくぜ!


ディック:

ほほう……。たしかに、当たれば痛そうだな。


トレイン:

死ぬほど痛えぞ! 泣くぞ!


ディック:

ふむ。


アレン:

んじゃあ、俺の出番だなぁ。


ディック:

アレン。


トレイン:

あん?


アレン:

今日の俺は機嫌がいい。

おい、悪党。この俺が直々に相手してやるぜ。


トレイン:

なんだと?

領主、貴様がケンカに弱えってのは、噂に聞いてるぞ!


アレン:

噂だろ?

普段はめんどくせーから動かないだけだ。

言っとくが、俺んちの使用人や自警団の連中の誰よりも、俺は強えぞ。


トレイン:

は……?


アレン:

それに、俺の嫁に手ぇ出そうってぇヤロウを、許すわけがねーんだわ!


トレイン:

は? 嫁? は? なに、だれ?


ディック:

はっはっは。妻だ。


トレイン:

はああ!?


アレン:

つう訳でだ、手加減はしねーぜ。

変化へんげした後で、踏みしだいてやらぁ!


トレイン:

な、え、へぇぇ!?

領主の体が、どんどん大きく、そうか、領主は獣人だった、って……

どんだけデカくなるんだよ!?


アレン:

どうだ。そんなパチンコくらいじゃアザにもならんぜ。


トレイン:

く、クマ!?


アレン:

クマじゃねえ。


ディック:

ほーら、やっぱりクマじゃないか。


トレイン:

な? クマだよな!?


アレン:

狼だッ!!


トレイン:

いや、クマにしか、クマ、ク……

あ、やめ、すいませごめんなさ、いぎゃあああああーーーーーー!!


※数日経過の間


ディック:

アレン。森の管理人から、書類はまだかと連絡が来たようだよ。


アレン:

あー、急ぎだったのか。ならそう言えっての。

伝書でんしょ飛ばしちまったぜ。


ディック:

なら、写しでも届けるかい?


アレン:

そうさなあ……おーい、トレイン!


トレイン:

へい、旦那様!


アレン:

悪いが、森の管理人のところまで、この書類の写しをとどけてくれや!


トレイン:

がってん承知!


ディック:

場所はわかっているのか?


トレイン:

へへっ、奥様ぁ。この領地はあちこち探りを入れましたからねぇ、大体の地理は頭に入ってまさぁ!


ディック:

奥様はやめろ。気持ち悪い。

ディックで結構。


トレイン:

へい、ディック様!


ディック:

しかしキミは、何食わぬ顔でこの屋敷で雇われているな。


トレイン:

へへっ、気付いちまったモンでさぁ。

つな渡りで悪党やってるよりは、ここで働いていた方が安全安定、給金もいいってね!


アレン:

たまたまだぞ。

タイミングよく、人員に空きができたからなぁ。


トレイン:

お役に立ちますぜ!


ディック:

まあ、ここでは悪事を働くこともできないしな。


トレイン:

さすが領主様のお屋敷、みなさんお強いですなぁ……へへへ。


アレン:

戦闘訓練と称して、面白いようにギッタギタにされてたなぁ。

お前、一番弱いからな。

もっと優秀な人材が現れたら、即刻クビだぜ(笑)?


トレイン:

も、もっと鍛えますからぁ~~!

で、では行ってきやーす!


アレン:

おう、行ってこい!


ディック:

まったく、調子がいい。


アレン:

まあ、金につられる奴は、ある意味信用できるからな。


ディック:

それもそうだが。


アレン:

ライラの花が摘めるころには、ウチの連中にももっと信用されてればいいがな? はっははは!


ディック:

これもこれで、あの花が結んだ縁、というわけか。


アレン:

俺とお前さんみたいにな。

ご先祖様を結び付けた花が、俺たちもめぐり合わせてくれたって訳だ。


ディック:

その花を、私はすり潰したり煎じたり調合したりして、研究しようとしているわけだがな。


アレン:

色気がねぇなあ。


ディック:

だがそれがいい、だろう?


アレン:

言うねぇ。ま、その通りだ。

ハハハ、ちぃと照れるな。


ディック:

そうだな。


アレン:

お前さんは、そうは見えねぇよ!


ディック:

はッはははは!

 

※少々の間

※以下、ふたりともモノローグ調で


ディック:

白く可憐な、幻の花。

しおを浴び、風を受けても、揺れてぎ。

細く小さく、なお強く。


アレン:

我らの守る、この土地で。

ライラはずっと、咲くだろう。



END


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