第12話 過去編 【室町時代 山城国 陰陽寮 安倍有重】其九

 書庫の側面には、それぞれ年輪が漢数字に見えるという細工がしてあった。問題はそれが何を意味しているのかという事だ。それ以前に、よくもこのような年輪を見つけてきたと言える。


 うーむ…


 有重は、これにも何か違和感を感じた。

 このような年輪が本当にあるのだろうか?

 年輪というものは普通その年の数だけ丸が一つずつ増えていくもので、基本的には円形になるものだ。ただ、世界は広い。もしかすると、このように年輪が不自然な形になる木が存在するのかもしれない。しかし、この本棚はどう見ても檜で造られている。これほど多くの檜が、漢数字のように見える年輪を形成する確率はほとんど零に近いはずだ。


 では、これはどういう檜なのか?


 有重は、もう一度本棚を触ってみた。やはり、手触りのいい檜で、その他の木である可能性は低いと言えた。しかも、鼻を近づければ檜特有の匂いもする。となれば、これは確かに檜であるが、誰かが手を加えた檜であると考えるのが妥当だ。しかも、本棚を造る職人が、棚の制作過程で手を加えたとも考え難い。

 このような形態の年輪を造るには、人間の知っている法則を超越した力が必要になるはずだ。

 そんな力が存在するのかしないのか。それは、有重も見たことがない以上、確実にあるとは言えない。しかし、確実にないとも言えない。


 自分に聞いてみる。私は、今、何処に所属しているのか?それは、陰陽寮だ。

 そう。ここは陰陽寮の中なのだ。

 まず、陰陽寮は普通の部署ではないと自分も知るべきだ。

 

 俄には信じられない現象を引き起こし、それを現実に昇華できる人材がいる部署なのだ。いや、いたというべきだろうか。今は力を持った陰陽師がいないが、その昔は、このような物を創れる術を持った陰陽師がいた可能性は大いにある。

 何しろ、ここには九尾の狐という敵を倒すべく『獣狩り』を創った人間がいたのだ。そうであるならば、この年輪の数字は、その当時の陰陽師が意図を持って創ったものである可能性が高い。


 要するに、この書庫の半分から奥の本棚に数字が割り振られているのは、当時の陰陽師が、その数字に意図を込めて各々の本棚に割り振った事になる。ただ、そこに入っている本はバラバラで、系統だった分類で分けられていない。そこが非常に残念なところだ。


 そんな事を思っていると、頼子が独り言をつぶやいた。

「何処かに…何処かに、あるはず。その鍵は…最初の棚…いや、書物?」


 それを聞いた有重は、今、頼子も自分と同じような事を考えているのだと思った。頼子の考えでは、鍵は前半の方にある棚のようだ。まあ、それはそうなのかもしれない。そこに鍵がなければ、その後の数字と合致させられないからだ。そうだとすると、何が鍵なのか?


 突然、有重の頭の中にこの解が想見した。自分の第六感が顕現したのかと勘違いした程だ。


 目眩くような想見に、有重は思わず「ああ!!」と、頼子の手を肩ほどまでに上げて叫んでしまった。頼子が傾いてしまったので、慌てて抱き寄せるように真っ直ぐ立たせた。

 この叫び声を頼子に聞かれていたら恥ずかしいが、そんな事はもう気にもならない。


 そもそもの考えが間違っていたのだ。


 漢数字の本棚に入っている書物は、元々意図を持って選ばれていた物だったのだ。適当に入れられていたのではない。歴代の書庫の管理者が、後半の本棚を系統立てて並べ直さなかったのは、きっと、そうしてはいけないときつく言われていたのだろう。光が入らず、床が鳴り、本棚に近づきにくくしてあるのは、何も知らない第三者が勝手に本を動かさないようにする為の仕組みなのだ。この書庫を意図設計した人物は天才だ。


 恐らくこうだ。


 前半の書庫にある書物の中に、特に重要な事柄には数字が振られている。次に、その数字の書かれた本棚に行くと、必要な書物がそこに入れられている。そう考えればすっきりする。

「ようし」

 数字と言えば、あの道具の発注書だ。あれには数字が多数書いてあった。その中で重要な数字を見つけ、後半の本棚へと行けば道が開ける可能性がある。

「うん。そうだよ。さすが有重さん」

 突然、頼子がそんな事を言ってきた。どうやら、思索の世界から戻ってきたようだ。

「へ?私が頼子さんに何か言いましたか?」

「ううん。言ってないよ。でも、有重さんの考えている事は、有重さんの手を通じて分かっちゃうのよ。へへ。すごいでしょ」

 凄いというか、恐ろしいというか…

 舌を出してエヘヘと笑う頼子を見て、有重は今後一切頼子には嘘をつくのはやめようと心に固く誓った。

「そうそう。嘘ついても陸なことがないよ」

「………」

 頼子は天才だと思うが、普通の人間には存在しない何か特殊な能力があるのかもしれない。いや、絶対にある。

「そんなのないよ〜。普通だよ〜」

「………」


 頼子の恐ろしさを知ったところで、私たちは初めの方の本棚へと戻った。

 

 有重と頼子は明るいところへと移動すると、ピッタリと身を寄せ合って、先ほどの道具の発注書を開いた。

 そこには、いついつどういうのもを購入したという記録と値段が全て載っている。元の鐚銭で買ったものもあれば、日本製の金貨や銀貨で買ったものもある。

「なるほど。やはり本当に重要なものは金貨や銀貨で買っていますね」

「うん。鐚銭には酷い偽物も混じっているからね。やっぱり金貨や銀貨でなければ駄目なんだよ」

「ええと、この白蛇は…金貨二十二枚で取引か…私の年収よりも高いかもしれません」

「すっごい!!蛇一匹にこの値段!!」

 頼子の顔が引き攣っている。恐らく彼女の年収も私と同じようなものなのだろう。

 しかし、ボソッと「もっと貰っているもん」という頼子の独り言を、有重は聞き逃さなかった。もっと頑張って稼がねばと、本気で思う。

 頼子が有重の肩をポンっと叩いた。まあ、焦るなとという事だろう。

 

「金貨二十二枚…ん?これは…」

 そう。後半の本棚の数字が二二ではなかったか。

「頼子さん。あそこにある本棚へ行ってみましょう」

「うん。そうだね」


 手を繋いで、急いでその本棚へと走る。頼子は「二十二♪二十二♪」と何やらご機嫌に歌っている。

 年輪が二二という漢字の本棚へと来た。ここは後半の本棚の最も手前側にあるものなので、まだ明り取りの光が届いている。本の側面に書かれている表題が見えるのはありがたい。

「それらしい本を探しましょう」

「うん、これだね」

 と言った側から頼子は一冊の本を取り出した。それはこんな本が何故ここにと思いたくなる本だった。著者は名前不明の修験で、山にいる蛇の生態が、絵付きで書かれている本であった。

 早速、頼子と一緒に頁を捲っていくと、最後の方に気になる箇所を見つけた。


 そこには、『蛇神の降臨』という項目があり、その蛇神様の能力や特性が詳細に書かれていた。

 有重はその部分を読んでみた。読み進めるにつれて体温が上がってくるのが分かる。


「こ、これは、想像で書かれたというよりも、実際に見て書かれたように感じます」

「うん。これは間違いなく蛇神様を見て書いているよ。この蛇神様がどのような神様かは分からないけど、私たちが知っている蛇の特徴にない能力がこんなに事細かく書かれているのは、流石に不自然だもの」

 頼子の言う通りだ。

 これは蛇神様という名を借りているだけだ。これが『獣狩り』の詳述の一つなのかは分からないが、確かにこんなことができるのであれば、九尾の狐とも戦えるかもしれない。


 蛇神は、気づかれる事なく人に近づき、その重い鉄の塊のような尻尾の一撃で敵に致命傷を与えられる。しかも、驚いたことに、何か催眠作用のある音を出し、噛み付けば強力な毒で相手を錯乱させたり、その場で動けなくさせたりもできるようだ。手の爪は鋭く、鎌ように切れ、その手で空気を切れば、鎌のような風が相手を切り裂くと書かれていた。


 このような神様の文章など見たことがない。

 やはり、これは白蛇に関係し、過去にこのようなことができる何かがいた事を示しているとしか思えなかった。


 このような情報が少しずつ、様々な書に書かれているのだろう。そして、その全容に辿り着いた者がまた『獣狩り』を創れるのかもしれない。

 ただ、残念な事に、今は時間がない。

 こうした細かい情報を全て集めるには恐ろしい程の時間がかかるはずだ。しかも、できるかできないか分からないものに使う時間もない。

 そんな事を思った瞬間、頼子が話し始めた。

「うん。確かにこれを全部調べるのはきっと時間がかかるし骨が折れるよ。本当にこの蛇神様のような人を創れるかどうかも分からないしね。だから、有重さんは、自分達でなんとかしようとは思わないで、まずは人を探した方がいいよ」

「そうですね。頼子の言う通りです。まず私は人を探しに行こうと思います。ここを調べるのはそれが終わったあとですね」


 陰陽寮に人材がいないからには、他に頼らならければならない。忸怩たる思いはあるが、今は他に頼るしかないのだ。


「まだ九尾の狐は魂の状態なんだよね?それでも私たちに復活を知らせたのは、今の時代に、さっきの蛇神様のような『獣狩り』がいないと知ったからだよ。九尾の狐は『獣狩り』さえいなければ人間には何もできないと思っているのよ。実際そうかもしれないけど。だから、有重さんは、それを覆せるだけの人を見つけないと」

 そんな人間が簡単に見つかれば苦労はしないが、やるしかない。

「でもねえ、最近、都の周辺で大きな怪異が出ていないから、そういうのが出るもっと地方の方がいい人いるかもね」

 頼子そんな事をはさらっと言う。

「そうかもしれませんね」


 有重は、遠くを見るように上を見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る