第28話

 翌日、土曜日といっても特に出かける用事もなく、午前中は家で勉強したり本を読んだりして過ごした。

「ねえ、お母さん」

「なあに?」

 お母さんを手伝って昼食の片づけをしている手を止める。

「愛音ちゃんにさ」

「愛音ちゃんに?」

「アンドロイドのこと話すのって、どうかな」

「この前は、秘密ができたなんてちょっと楽しそうにしていたのに、どうしたの?」

「なんか、だましてるようで気が引けるんだ」

 ちょっと、気づいているんじゃないかという疑いももっている。昨日のことがあったからだ。

「そう」

「どう思う?」

「もし、愛音ちゃんが宇宙人だったら、美結はどう?話してもらいたい?」

「宇宙人て」

「もしもの話」

「うーん」

「愛音ちゃんが宇宙人でもいままでどおりに仲よくできる?」

「もちろんできるよ」

「本当に?もし気を使って今までより仲よくしなくちゃなんて思ったら、愛音ちゃんは傷つくかもしれないよ」

「前より仲良しなのに?」

「だって、宇宙人だってことを意識してそうなっちゃうんでしょう?」

「そうか、宇宙人だからってことになるからか。たしかに、愛音ちゃんがアンドロイドのことを知って、今よりわたしと仲よくしようってなったら、やっぱり嫌かな」

「もっと仲よくなったのに?」

「仲よくなっても、やっぱり愛音ちゃんに気を使わせて悪いなって、気が引けちゃうかもしれない」

「今とおなじことかもしれないね」

「うん、愛音ちゃんは知らないほうが気を使わなくてよくていいのかな」

「なにか、話さなくちゃっていう機会がきたら話すとかでもいいんじゃないかな」

「そんな気がするね」

 わたしは、ちょっと納得した。

「おやつにたこ焼きを買いに行こうか」

「なんで急に?なんでたこ焼き?」

 お母さんはなにか別の話をしていたのか?

「さあ、宇宙人の話をしてたからかな。食べたくなっちゃった」

「なにそれ、ヘンなのー。でも、行こうよ。お店で食べたらいいよ。表面カリカリのやつ」

「そうね」

 お母さんがたこ焼きを食べて、わたしはアイスを食べた。


 週明けの月曜日、いつも通り愛音ちゃんと一緒に登校する。

「美結ちゃん、ブレードランナーの続編はまだ観てないよね。観る?わたしは小説読み終わったから、返そうと思ってもってきたんだけど」

 愛音ちゃんがまたアンドロイドのネタをふってきた。やっぱりわたしが人間じゃないって気づいているのかもしれない。わたしから打ち明けるのを待っているのではないかと疑ってしまう。

「ブレードランナー?あー、アンドロイドは電気羊の夢を見るかの映画化したやつだ」

「そうだよ。本は学校着いたら返すね」

「うん。映画はいいや、観ない。愛音ちゃん、最近ロボットとかアンドロイドとかブームなの?よく話題にするけど」

 愛音ちゃんに探りを入れる。

「えー、ブームっていうか、美結ちゃんのほうだよ。わたし聞いたよ、お母さんから」

 え、愛音ちゃんのお母さんがわたしのことをバラしちゃったの?そんな人じゃないと思うけど。でもバレちゃったんならしかたない。愛音ちゃんにはちゃんと話をしないと。

「実はそうなんだー」

「あー、もしかして秘密だった?ごめん。でも、まだ誰にも話してないから。うん、こういうことは人にあまり話さないものかもしれないね。わたしもまだ美結ちゃんにちゃんと話してなかったし」

「ううん、愛音ちゃんには話しておく。ちゃんと知っていてもらいたい」

「うん、わかった。わたしもちゃんと聞くよ、美結ちゃん」

 わたしは覚悟を決めて愛音ちゃんにズバッといってやることにした。歩みを止める。

「わたし、アンドロイドなの」

 いいながら、やっぱり怖くなって顔をふせてしまった。愛音ちゃんの足元が見える。愛音ちゃんはどんな反応をするだろう。でも、もうお母さんから聞いていたといったから、急によそよそしくなったりはしないだろう。ひと呼吸して、ゆっくり顔をあげる。

 愛音ちゃんが、ほっぺを膨らませていた。

「ぷふぁあ、あはははは」

「え?なに?どうしたの」

「だって、美結ちゃん。真剣な顔して、そりゃ恥ずかしかったりするのかもしれないけど、緊張しちゃったのかもしれないけど、わたし、アンドロイドなのって。ひゃひゃひゃ。それじゃ、美結ちゃんがアンドロイドになっちゃうよ」

 わたしは、アンドロイドだけど。意図通りに伝わっているわけだけど、愛音ちゃんは爆笑してエビになっている。

「あー、おもしろい。最近のなかで一番面白かった。お笑いでも、なかなかないよ。マンガだよ、マンガ。あっははははは」

 また、おなかを押さえて笑った。笑いがおさまる気配がない。わたしは途方にくれた。九月の空は、高いと感じた。

「美結ちゃんが、アンドロイドの勉強をしてるみたいって、お母さんがいってたから、それで原作読んだり映画観たりする気になったのかと腑に落ちたんだけど」

「え?あ、ああ」

「でも、ほら。わたしが茶華道部やめてなにしてるか、美結ちゃん聞かないでいてくれたから、わたしも聞いちゃいけなかったかなと思ったんだけど」

「うん、なにをやるっていっても応援するから」

「ありがとう、美結ちゃん。

 でも、真面目な顔して、わたしアンドロイドなのっていうから、笑っちゃいけないと思ったんだけど、ガマンできなかったよー」

 どうやら、わたしがアンドロイドだということを知ったわけではなかったらしい。アンドロイドの研究を目指すということを知っただけだった。

「ごめん美結ちゃん、笑いすぎておなか痛たくなっちゃったよ。あしたは腹筋が筋肉痛になるかも」

 また笑いの発作が復活して、おなかを押さえて苦しそうにしている。

「美結ちゃん、お父さんの会社で職場体験までしたんだって?もっとアンドロイドが面白くなった?」

「うん、ただアンドロイドに興味があるってだけじゃなくて、もっと具体的に、こういう人のためにアンドロイドが必要なんだって思ったよ」

「そっか。ますます勉強に力が入っちゃうね」

「うん、ビシバシだよ」

「ビシバシは、香澄ちゃんのバドミントンでしょう?」

「そうだった。でも、気持ちはビシバシなんだよ」

「そっか。わたしはね、警察官になるよ」

「あ、それピッタリ。愛音ちゃんに」

「そうかな」

「うん、もうすこし真面目にならないとダメかもだけど」

「こら、いったなー」

 愛音ちゃんはわたしのホッペを指でつまんでのばした。わたしは愛音ちゃんの手に自分の手をかさねた。

「愛音ちゃんは、正義の味方だもん。警察官、すっごいいいと思う」

 愛音ちゃんは、照れて自分のホッペをかいてから、自分でつまんでのばした。

「ふぃふゅふぁあ、はぁふぃふぅふぃ」

「え?なに?なんていったの?わからないよ」

「美結ちゃん、パンツ見えてる」

「うそっ」

「うっそー」

 愛音ちゃんは逃げていった。わたしは追いかける。一時はどうなるかと思ったけれど、やっぱり愛音ちゃんには、わたしがアンドロイドだってこと、まだ黙っていよう。

 秘密があるのも素敵だと、以前愛音ちゃんがいっていた。そういうことにしておこう。

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