第25話

 家に帰ってからテキストファイルにまとめた質問に、お父さんが回答をつけてくれた。

 わたしは、なぜルイさんが亡くなったのか質問しなかった。そこは、わたしが知るべきことではないと思ったからだ。わたしは、アンドロイドと暮らす人とアンドロイドのことを知りたいのだ。残された人と亡くなった人のことは、そっとしておくべきだ。

 ルイさんは、わたしとは違うタイプのアンドロイド。生まれたときから、ある程度いまのルイさんと同じだった。プログラムどおりに動いているということだ。世界を認識したあと、どう対応すべきかプログラムが教えてくれる。

 学習機能を備えているから、新しいことを覚えられる。わたしのことも覚えた。ルイさんらしさも、学習によって習得している。だから、お父さんは違和感があれば教えてほしいといった。学習によって、さらにルイさんらしさを増すことができる。

 お父さんは、再起動前にルイさんのデータをバックアップしていた。必要であれば、会社にもどって、そのデータをいれたアンドロイドに学習させて、学習後のルイさんのデータをもどせば、ルイさんらしさの増したアンドロイドであるルイさんができあがるのだ。言葉にすると、ちょっとややこしい。

 ルイさんは自分のことをアンドロイドであると認識はしていない。つまり、人間とかアンドロイドとかいう概念を理解していない。メンテナンスが必要だといわれると、そうなのかと思い、首の後ろを見せてといわれれば、髪を上げて見せる。主人である人間のいうとおりに行動するのだ。

 もちろん、誰のいうことでも聞いてしまうわけではない。事前に登録した相手だけだ。ルイさんのお母さんが、ルイさんにわたしの名前をいって、覚えた?といった。あれは、わたしの言うことを聞くように登録しろということだったのだ。わたしはルイさんに命令するようなことはいわなかったから、そんなことに気づかなかったけれど。

 わたしは、はじめルイさんがアンドロイドだということに気づいていなかった。室内という状況であったし、限られた空間の中で十年ものあいだ学習をつづけてきたからなせる技なのだそうだ。もし普通の女の子のように生活させようとしたらうまくいかない。学校へ通うとしたら数えられないほどの状況があり、その中で判断して言動を決定しなければならない。コンピュータの処理も、人が作成するアルゴリズムも追いつかない。すぐにアンドロイドだとわかってしまうらしい。

 端的に行ってしまえば、ルイさんには心がない。姿形、言動から、心があるように見えるかもしれないが、それは、人間にそういう能力が備わっているからだ。人形を見て生きているようだと思うのと同じ働きなのだ。

 わたしには、心がある。わたしの心は、お母さんが研究した成果だ。どういう仕組みで考えたり、感情が生まれたりするのか。そういうことは、まだわかっていなかった。わたしのために、お母さんが研究して発見した。お母さんにこそノーベル賞をあげたい。愛音ちゃん賞じゃないけれど、美結ちゃん賞を心の中で贈呈した。ノーベル賞の次の次くらいの価値があるはずだ。


 ルイさんが十年以上も見た目が変わらず中一のままだというのは、無理からぬことでもあるらしい。

 というのも、体ひとつで五百万円もかかるのだ。年間のメンテナンス費用もかかる。これをきいて、わたしのうちはどうしているのだろうと思ったけれど、お父さんは、わたしの体が会社のものだといっていたのを思い出した。つまり、わたしのうちでは、わたしの体のために五百万円を支払う必要はない。安心した。

 それとは別に、ルイさんのお母さんは、ルイさんをずっと中一のルイさんのままでいさせたいと思っているのだそうだ。わたしにははかりしれない母親の情というものなのだろう。

 アンドロイドのルイさんがいれば、娘のルイさんをいつまでも記憶にとどめていられるということはあるだろう。亡くなった人を忘れてしまうのは、つらいことなのだと思う。自分を責めてしまうかもしれない。

 一方で、もし生きていれば今頃、ということを考えるのは自然なことだと思う。そして悲しかったり、寂しかったりするだろう。ずっと目の前に中一のルイさんがいれば、もしなんてことを考えなくて済むかもしれない。確実な方法ではないけれど。むしろ逆効果の場合もありそうだ。

 でも、十年以上たった今となっては、ルイさんのお母さんにとって、ルイさんはアンドロイドのルイさんなのだ。成長しないことも含めて、ルイさんを受け入れているのだと思う。


 わたしは人間の生と死についてよく考えるようになった。わたしの将来のテーマが具体的になってきたように感じる。

 ルイさんが、わたしのように心をもったアンドロイドだったらどうなのだろう。ルイさんの心をもったアンドロイドがいたら、ルイさんのお母さんにはそのほうがよいのではないか。

 わたしは、なにも知らない、考えられない状態で生まれて、いままで生きてきて中一にまで成長した。

 ルイさんの心をもった、わたしと同じタイプのアンドロイドを作ること。生まれたばかりのアンドロイドに、生きていたころのルイさんの脳の情報をインプットできればいい。そんなことが可能だろうか。だんだん、そんなことばかりを考えるようになった。

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