第11話

 天気予報によると、今度の土日は梅雨の中休み、いい天気になりそうだという。

 昼休み、例によって愛音ちゃんがわたしの席まで遠征してくる。

「愛音ちゃん、土曜日におでかけしない?」

「映画なら、いま観たいのあるよ」

 愛音ちゃんは、映画館にもよく行って映画を観ている。

「愛音ちゃん、いつも観たい映画あるよね」

「そういわれてみれば、そうかもしれない。でも、今回は特別」

 愛音ちゃんのお母さんとお父さんが若かったころに人気のあった映画の続編が公開されているのだという。その評判も上々。それで古い映画に造詣の深い愛音ちゃんは、とても観に行きたいという。特別というのは、そういうことらしい。愛音ちゃんのことだから、きっと一人でも観に行くんだろうけど。

「最近はね、古い映画の続編がぞくぞく公開されてるんだよ。ターゲットは、親くらいの世代だね。若いころ映画をいっぱい観てた世代というか、ほかに楽しいことがなかったというか。名作も多かったしね。それでいまは、お金があって、時間にちょっと余裕ができてる。わたしたちみたいに子供が中学くらいになって手がかからなくなったっていう頃。また映画観たいなって思ってる人が多いんだよ。だから、映画つくる側もこの世代向けに映画つくってるってわけ」

「なるほどねー。で、古い映画好きの愛音ちゃんも興奮してるってわけだ」

「その通り!」

 愛音ちゃんの顔が近い。

「愛音ちゃんのお父さんとお母さんは?観に行かないの?」

「ふたりで行っちゃった。プレミアムなやつ」

「プレミアム?すごいの?」

「すごいよ。主演の人たちが来日して、舞台挨拶したんだから。ニュースにもなったよ。それ、抽選に当たってふたりでルンルンで行っちゃった」

「へー、よかったね」

「よくない!」

「愛音ちゃんにとってはね」

「ふたりでオメカシしてやんなっちゃう」

「ラブラブだね」

「まったくだよ」

「じゃあ、わたしたちもオメカシだね」

「ラブラブ?」

 愛音ちゃんは両の頬に手をあてて首をかしげる。

「ラブラブではない」

 愛音ちゃんがタコになった。

「じゃあ、映画とランチと、ちょっとブラブラする?」

「ラブラブ?」

 愛音ちゃんが、今度は両手を胸でクロスして肩を抱く。

「ブラブラ」

 わたしはせいぜい冷ややかな視線で答える。

「美結ちゃんは?なにかしたいことあるんじゃないの?」

「土日に天気がいいって、天気予報で見たから。ほら、期末で部活が休みになったら勉強漬けでしょう?そのまえに出かけられれば、なんでもいいかなって思ったんだー」

「き、期末。嫌なこと思い出させないでよ、美結ちゃん。あれ?でも、わたしたちって、勉強漬けだっけ?」

「勉強漬けにするの!社会は中間の挽回しなくちゃ」

「そりゃそうだ」

 愛音ちゃんが、舌を出した。くやしい。

「天気はネットで見たの?」

「そうだよ、うちテレビ見られないもん」

「うちもだけどね」

「世間から取り残されてる?」

「ネットでもニュース見られるし。大丈夫でしょ。それに世間についてゆく必要もないんじゃない?」

「わたしたち、どうせついてゆけないし」

「一緒にしないでよ。美結ちゃんとちがって、わたしドンくさくないんだから」

 愛音ちゃんはよく失礼なことを言う。

「なに言っちゃってんの?わたしだって、ドンくさくなんてないよ?」

 わたしと愛音ちゃんは、香澄ちゃんを見る。

「え?わたし?」

「わたし、ドンくさくないよね。世間についていけるよね。香澄ちゃん」

 香澄ちゃんは困ってしまってオドオドしている。

「えーと、ドンくさいかどうか、わたしにはわからないけど。じゃあ、最近の世界情勢について、気になるニュースは?」

「世界情勢?えーと、世界でしょう?世界世界ー。あ、あのアラブのなんとかが、えーとヨーロッパでなにか問題起こして、そしたらフランスとドイツがケンカになっちゃったんじゃなかったっけ」

「えー、ぜんぜんわかんないよ、美結ちゃん」

「あったよー。フランスとドイツがケンカしたんだよ」

「美結ちゃん、ドイツとフランスはお隣同士で仲がわるいの。しょっちゅうケンカしてるんだよ」

「えー、最近だよ?アラブの国じゃないなんか組織がさ」

「じゃあ、日本の政治は?」

 香澄ちゃんが業を煮やして話題をかえた。今度は愛音ちゃんの番だ。

「日本のことなんて、身近だから簡単だよ」

「それで?」

 わたしは煽る。きっとボロをだすにちがいない。

「首相がかわったんだよ。セシューじゃない人に。ずっとセシューの人が首相だったから日本が腐ったんだって問題になって」

「セシューってわかってる?愛音ちゃん」

「わかってるよ。戦争した責任者の孫だったんだよ、前の首相。お父さんも政治家でさ。何の苦労もなく政治家だよ。ガッポガッポさ。あったま悪いクセに。それでジイさん悪くなかったみたいな態度で。そりゃ、みんな怒るよね。ふざけんなバカ、お前のジイさんが悪いんだって。みんな死んだんだって」

「愛音ちゃん、反骨精神強いから。よく、こんな風に怒り出すの」

「わたしはすごいと思う。自分の意見もってて。わたしぜんぜんそういうのわからないもん。愛音ちゃんはロックだね」

「自分の意見ていうのも怪しいけどね」

「そうなの?」

「お父さんの受け売りとかじゃないかな」

「ちょっと、そこぉ。こそこそなんか言わない。人が話してるときは聞きなさい」

 愛音ちゃんの演説は、福祉を無視して利権を貪る金持ちセシュー議員を弾劾しているところだった。

「香澄ちゃんも土曜日一緒に出かけない?」

「いいの?お邪魔じゃ」

「邪魔じゃないよ、行こう」

 愛音ちゃんは日本の腐った政治からスッパリ頭を切り替えた。

「うん、行きたいな」

「あのー、おれも」

 坂本が、いつの間にか後ろを向いていた。

「坂本はダメ。はじめて香澄ちゃんと一緒にお出かけなんだから。女の子限定だよ」

「お、美結ちゃんいいね。女の子限定だね。オメカシして、ラブラブだね」

「ラブラブではない」

 同じやり取りの繰り返しだ。

「でも、ちょっとかわいそうじゃ」

「香澄ちゃん、甘いよ。甘々だよ。こういうのは初めが肝心なんだから」

 愛音ちゃんはキビシイ。

「そうそう、甘やかしちゃダメ。甘やかすと、すぐ調子にのって、女子トイレにまでついてくるよ」

「いや、そんなことはしない」

 わたしの冗談に坂本は動揺を見せる。

「決まりね。坂本はもし次の機会があったら、一緒につれてってあげる」

 愛音ちゃんが最終決定を通告した。坂本は残念そうな顔をしている。

「あ、香澄ちゃん。お出かけして映画観るんだよ?ソフト貸すから、二人は予習しておくこと」

「愛音ちゃんが観たい映画がね、続編なの。第一弾を予習してから観ないといけないんだって」

「わかった。予習する。次は坂本も一緒にね」

 香澄ちゃんはやさしいな。

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