29.怒涛の死亡フラグ(プロポーズ)を回避せよ!

「死亡フラグの気配はないかー。死亡フラグの気配はいねーがー……」


私は王城の大広間で開かれている舞踏会に足を踏み入れながら、死亡フラグの気配がないか目を皿のようにして眺めました。いちおうリスキス公爵家の当主名代として来ているので、挨拶はつつがなくこなしておりますが、内心はそれどころではありません。


1周目での断罪もやはり王城での舞踏会で起こりました。そしてあれよあれよという間に国外追放となったのです。今回は絶対に同じてつは踏みません! 死亡フラグを絶対に回避してみせます!


そして、新しい我が城(カフェ)にて、自由気ままに生きてやるのです! 自分の人生を取り戻すんだー、おー!


そんなわけで、特に死亡フラグ四人衆に注意しながらも、会場全体に視線を配っていたのでした。どこから予想外の死亡フラグが襲ってくるか分からないですからね!


ところで、本日のエスコートはバスクに頼みました。


無論、彼も死亡フラグ要員その1ですが、今回のルートでは、私がかなりの回数外出に誘い、荷物持ちという雑用をさせましたので、きっと相当嫌われていることでしょう。だとすれば、死亡フラグ構築のために行動を開始するのが一番早いはずです。だからこそ、監視の意味も込めてエスコートをお願いしたのですが……。


頼まれたバスクは、それはもう嬉しそうでした。


まるで私のことが大好きなように錯覚してしまうほどでした。そんなわけないのですが……、あんなに嫌われるように振る舞ってきたのに……。


でも、なぜか知りませんが、1回目のルートよりも私との距離が近いんですよね……。1回目の時は、どちらかと言えば、遠くから見守るような感じだったはずなのですが、今回のルートでは、


「ほら、姉さん。挨拶ご苦労様。姉さんが好きなフルーツとケーキを取って来たよ? 他に欲しいものはあるかい?」


「やったー! ちょうど、お腹ペコペコだったの! ありがとう、バスク」


パクパク! おいしいわ! さすが王室主催の舞踏会! 最高級の食材で作られたケーキは格別ね!


「姉さんが喜んでくれて嬉しいよ。ほら、口元にクリームがついてるよ、はい、とれた!」


「ありがとう、バスク。えへへ。……って、はうあ⁉」


「どうしたんだい、姉さん?」


あどけない表情で私の顔を覗き込む。


ち、近いです!


そう、これ。


これなんです!


どう考えても1周目より距離が近いんです!


それに、正直、前回のルートではほとんど意識していなかったのですが、バスクは実は凄く整った可愛い顔立ちなんですよね。聞いたところによると、学院でのあだ名は天使君とからしいです。何それ凄い。


「か、か、顔が少し近すぎるんではないかしら?」


私は何とか抵抗を試みるのですが、


「そうかな? 姉弟なんだから問題ないんじゃない?」


そう言って、ニコニコと微笑むのでした。


ええええ⁉ やっぱり私が意識しすぎなのかしら⁉ でも、近いんだもの!


ていうか、そもそも、嫌われているはずなのに、どうしてそんなに親切なんですか⁉


ちゃんと死亡フラグの切り込み隊長的な動きを見せてくれないと意味がありません!


ふう、ふう。


ま、まぁ、とにかく。私は色々疑問に思いつつも、彼の持ってきてくれた食べ物をいただくことにします。


「腹が減ったら死亡フラグの回避は出来ないですもの、パクパク」


一心不乱に食べることで、私は考えることをやめたのでした。


「おいしそうに食べてくれて嬉しいよ。姉さんにはやっぱり僕がいないとダメだね」


ああ、この言葉だけ聞くと、なんていい弟なのでしょうか。


死亡フラグだなんて信じたくない。


でも、この後あなたは私を裏切ってミーナリアさんと共に断罪するのよね。


絶対油断したりなんてしないんだから! 


パクパク!


と、その時、


「姉さん。大切な話があるんだ。こんなところで言うべきことじゃないかもしれないけど、実は僕っ……」


何かを言いかけた時でした。


「やぁ、アイリーンと弟君じゃないですか!」


朗らかな様子でキース王太子殿下が登場したのでした。



「やあ、会いに来るのが遅れてしまってすみませんでしたね、アイリーン。挨拶回りにとても時間がかかってしまいまして。寂しい思いをさせてしまいましたか?」


殿下がそう言うのと同時に、なぜか私の前に立つようにして、バスクがにこやかに答えました。どうしたのかしら?


「心配は一切ご無用ですよ、キース様。姉さんのお世話は義理の弟である僕の役目ですから。それよりも、殿下には挨拶周りの公務が待っていらっしゃると思いますので、ここはどうぞ僕に任せて下さい」


そう丁寧に説明した。


むう、私は誰かに世話を焼いてもらう必要なんてないんですけど!


「はっはっは。大丈夫だよ、弟君。挨拶回りは即効終わらせて来たところさ。婚約者を待たせるなんて、将来の夫のすることじゃないからね。それに、入場時のエスコートは君に譲ったんだから、ちょっとは遠慮してはどうかな?」


「いえいえ。まだ正式な婚約者ではない殿下にエスコートして頂くことはやはり適切ではないと至極当然の判断が行われただけでしょう? 貸し借りはありませんよ。……まあ、とはいえ出鼻をくじかれてしまったことは確かですね。はぁ。姉さんのお皿の上の料理もなくなってしまったようだし、とってくるね?」


「はふはふへ?(本当だ、いつの間に?)」


私は皿の上にあった大量の食べ物が、いつの間にか消失していることに気づく。きっと他の誰かが食べ逃げしているに違いない。


「どうだい、僕の婚約者は可愛いだろう?」


「婚約者というのがどなたか知りませんが、僕の姉さんは子リスみたいに愛くるしいとは思いますね。まあいいです。少しくらい余裕を見せるのも大人の男のたしなみですしね。まだ、プロポーズのチャンスはあるでしょうし……」


「何かおっしゃいましたか?」


「いえいえ、何でも」


バスクが去ると、死亡フラグ要員その2、キース殿下と二人きりになります。





キース王太子殿下が私の方を向いて、微笑みを浮かべる。


いつも見ていますが、今更ながら本当に美しい容貌をされているなぁと改めて思います。金髪は柔らかそうで、その表情は少しアンニュイな雰囲気です。吸い込まれそうな碧眼は世界で一番美しいブルーサファイアみたいだと素直に思いました。奇麗に整い過ぎた容貌は一見彫像のようですけど、相好を崩したときには目じりに寄る皺がとても優しそうで不思議な魅力を称えた方です。声は落ち着いたバリトンとテノールの間くらいで、彼が声を発するとなぜか聞き入ってしまうのです。生まれながらのカリスマってこういう方を指すのでしょうね。


「アイリーン、どうですか? もし宜しければ、一曲踊ってくれませんか?」


と、突然彼はひざまづいて、私の甲に軽いキスをする。


「あ、はい……はっ⁉」


しまった! 余りにも華麗な誘いに思わずちょろく返事をしてしまったー!


「良かった。受けてもらえないかと思いましたよ」


彼はいとけなく相好を崩す。その表情がとても可愛い。


普段は柔和さと凛々しさをあわせもつ、まさに王子様といった表情なのに、私の前でだけはこういう表情をするのだ。


ずるい! それで私を油断させて、断罪するんだから、本当にずるい!


でも、ダンスに誘われて承諾した以上は、もう断ることなんて出来ない。


私は殿下のエスコートで腕を組んで会場の中心まで歩いて行く。


すると、王子が踊ることを敏感に察知した音楽隊が、曲を変えた。


先ほどまでのメヌエット早いテンポの曲からワルツへと。また、先ほどまで踊っていた貴族たちも踊るのをやめて私たちに注目していた。


クルリとターンをするので、どういった方達が何をしているのかよく見える。おお、これはいいですわね。


「これでしたら会場の様子がよく見えますわ」


「会場の様子? どうしてそんなものを見る必要があるんですか?」


と、私が会場の様子に気を取られていることに気づいた殿下がそうおっしゃった。でも、ちょっと機嫌が悪そうなのは気のせいかしら?


でも、えーっと、何て言い訳をしよう? 死亡フラグを察知するために警戒警報発令中なのです! と言っても理解は1ミリも得られませんでしょうし……。


と、そんなことを思っていると、殿下は嘆息しつつ、


「やっぱりあなたは困った人ですね。目の前にこれほどあなたに夢中の人間がいるのに、会場にいる貴族たちの方が気になると?」


「へ?」


すいません、聞いていませんでした。


「あなたはどこまで僕を夢中にさせれば気が済むのか……。やれやれ、しょうがない。ここは強引さも必要ですかね」


「はい?」


私が疑問符を頭に浮かべるのと同時に、彼の顔がゆっくりと迫ってきた。


「アイリーン。僕の可愛い人。僕はずっとあなたのことが……」


えーっと、あれ? これってもしかして……。


彼の奇麗な形をした唇が、私の唇にもう数ミリでくっつこうとした、その瞬間。


『ダーラララララ♪ ダーラララララ♪ ダーラララララ♪ ダラダンダンダーン♪ ダンダンダーン♪』


ワルツからいきなり『聖剣の舞』というド派手なクラシックに曲が変更されたのでした。


同時に、私の顔に近づいていた殿下の顔もピタリと止まります。


「はぁ、こんなシチュエーションでせっかくのあなたの大事な最初を頂くのは気が引けます」


と言ってから、


「どっちかの仕業でしょうね……。まったく、姑息な真似をしてくれます、はぁ」


そう言って、深いため息をつかれたのでした。


えっと、今、もしかしてキスされそうになったのでしょうか?


いえ!


私は頭をブンブンと振ります!


「婚約したわけでもない王太子にいきなりキスなんてされたら、恥ずかしくて死んでしまいますわ!」


これに違いありません! 危なかった! 死の接吻恥ずか死を受けるところだったのですね! 


この2周目のルート! 意地でも死亡フラグを成立させるつもりなのですわ!


「あ、危なかったです。もう少しで『恥ずか死』をしてしまうところでした。こんな衆人環視のもとで口づけだなんて、死んでしまいます」


私がそうつぶやくと、


「アイリーンもそう思いますか。では、今度はバルコニーに二人で出ませんか。そこでなら邪魔は入りませんよ?」


邪魔が入らない=危険危険危険!


そうはいきません!


「ほ、ほほほ。少し疲れてしまったので遠慮致しますわ……」


「そうですか? まぁ、恥ずかしがらせてしまったのはこちらの落ち度ですね。さすがに急ぎすぎましたか。おや、あれは……、アイリーン、すみません、少し外します。遅れて来た賓客がいるようだ。やれやれ、いちおう王族として挨拶をしないとですからね。本当は、あなたとずっと一緒にいたいのですが……まぁ、まだチャンスはありますしね」


チャンス?


よく分かりませんが、殿下はそう言うと、ウインクを残して去って行ったのでした。出来れば、ご遠慮なく公務を遂行してくださいませー。


こうして死亡フラグ要員その2が去って行かれました。と、そこへ。


「アイリーン様」


私を呼ぶ声が背後から聞こえてきました。


もちろん、まだまだ死亡フラグ要員たちの怒涛どとうの来襲は終わっていなかったのです。

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