二章 友達

第十六話 お昼ご飯

  学校が始まって一週間、今日から午後の授業が始まり、お昼の時間も設けられる。


 午後の授業二時間に加え、お昼の時間が追加されるとなれば帰宅時間は午前授業に比べておよそ3時間ほど遅くなる。


 耳が痛い話ではあるが、逆に言えば先週が特殊だっただけで今週からは通年通りの学校の時間に戻るというだけの話。


 実際、高校の帰宅時間は中学の頃と何も変わっていないようなのでそこまで気が重くなる話ではない。


 だけど、午前授業の方が断然いいのは言うまでもない。


  四時間目が終わり、チャイムの音がお昼の時間を知らせる。


 すると、皆が一斉に立ち上がり、別のクラスの友達の元に行く者や売店に行く者、あるいは一人飯に行くものが後を絶たず、教室には10人も残っていなかった。


 まだ学校が始まって一週間しか経っていないため、それなりに仲良くなった人がいても、まだ大半の人を知らないクラスに居心地の悪さを感じたのだろう。


 詩織を求めるギャラリーも途中の休み時間は頻繫に詩織の顔を見るために現れていたがお昼の時間は流石に飯を食べているのか殆ど姿は見えなかった。


 そしてその教室に俺と夏穂と詩織はクラスの様子を俯瞰で見ながら互いの様子を窺っていた。


 「二人ともどうする?お昼ご飯は」


 やがてクラス内がちらほらと会話が聞こえてくる程度の静寂に包まれると詩織が体をよじって、座っている椅子ごとこちらに寄ってくる。


 「まあ俺はコンビニ飯だが」


 机の横に掛けてある鞄から今朝買ったコンビニのおにぎりが入ったビニール袋を取り出す。


 「私はお弁当だけど」


 夏穂は机の中から丁寧に布で包まれた小さな一段のお弁当を取り出して机に置いた。


 おそらく中身はそれなりに高い食材で作られた料理が入っているのだろう。


 「翔馬のお昼コンビニって質素過ぎない?栄養バランス大丈夫?夏穂はそれで足りるの?」

 「まあ朝からお弁当とか作ってられんしな。作ってもまずいだけだし」

 「私は全然食べないし、これで十分足りるよ」

 「ふーん」


 自分から聞いておいて興味がなさそうな声音を喉で鳴らした詩織が鞄から大きな高級感漂う恐らくは何処かの高級店のお弁当を取り出した。


 そしてそれを俺に見せつけると微笑を浮かべながらどや顔を見せる。


 「どう?すごいでしょ!」

 

 金で塗られた紐で厳重に梱包されているそのお弁当は中身を見なくてもうまいのが分かるほどだった。


 見たことのない高級弁当に俺は目が集中してしまう。


 「なにこのすごいお弁当」

 「私のお昼。事務所から支給されているお弁当で5000円位する高級弁当」

 「5000円…」


 俺の一か月分の小遣いにたったの二日で届いてしまうんですが?


 俺の一か月分の小遣い、たった二日間のこいつのお昼と同等レベルなんですが?


 さすがは売れっ子アイドル。いいもん食ってんな。


 正直うらやましいし、食べてみたい。


 だけど横の夏穂はその金額を聞いてもびくともせず、俺は俺とこいつらとでの金銭感覚の違いに妙な敗北感を抱いた。


 まさかお昼だけで金銭感覚の違いがわかるとは思わなかった。


 「ちなみにこれが中身」


 金の紐をシュルシュルと解いて、蓋を開けると見えたのは、俺でも分かる程の高級食材ばかりが詰められていた。


 うなぎにでかいエビにカニ。お肉に加えて彩り豊かな筑前煮や卵焼きなんかも入っている。


 一言でいうと『うまそう』。


 平民の俺からしたらそんな小並感しか出てこなかった。


 「うまそう…」

 「でしょ?一流レベルになるとお弁当までもここまでグレードが上がるのよ」


 思わず本心が漏れた俺に自慢げに笑う詩織に少しだけイラついたものの詩織はごく自然な一人の女子高生の笑顔をしていた。


 アイドルの世界をよく知りもしないくせに語るのはどうかと思うがアイドルの世界は恐らく評価が命で多くの信頼を一つの失態で崩しかねない。

 

 そうなると自然といつも謙虚で真面目で穏やかで清廉とした自分を演じなければいけなくなる。


 だから今まで上から自慢なんてしたことは無かったのだろう。


 詩織の笑顔からはそんな初めての緊張感も垣間見えた気がした。


 「凄いんだな一流ってのは」

 「まあ一流だからね」


 何かを振り返って、思いにふけこんだ表情で答えた詩織は満足そうな微笑を浮かべて姿勢を戻し、自分の席で高級弁当を食べ始めた。


 その様子を見て俺と夏穂は一瞬だけ『俺達も食うか』と目を合わせて先程の高級弁当を見てからでは随分と質素に見えるコンビニのおにぎりを取り出した。


  廊下の騒がしい声音が教室内に響き渡る中、俺は特に意味もなくただ窓から見えるグラウンドを眺めながらおにぎりを頬張った。


 


 


 

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