第32話 僕のヒロイン

 続く三回戦、流れを掴んだファイブ・リップスが連勝する。

 そこで一度休憩時間となる。

 楽屋に戻るとファイブ・リップスのメンバーは手を叩きあって喜んでいた。


 かなりいい雰囲気だ。

 特に最年少メンバーの鈴芽すずめちゃんは満面の笑みを浮かべていた。


 しかし鏡華さんの笑顔は固い。

 しばらくすると控え室を出ていった。

 バレないようにあとをついていくと、なんと加奈枝たちの控え室に入っていく。

 関係者以外立入禁止と書かれているので戸惑ってしまい、少し開いた扉から中の様子を伺った。


「なにしに来たんだよ、鏡華」


 加奈枝が鋭い目で鏡華さんを睨む。


「先ほどの三回目のステージ。ちょっと荒れてましたよ」

「は? あれがあたしたちのパフォーマンスなの!」

「いえ、違います。もっとダイナミックで伸び伸びしたのがパルクールガールです」


 パルクールガールのメンバーが苛立っているのに、鏡華さんは臆した様子もない。


「もっと楽しんでステージを盛り上げましょう。勝ち負けとかじゃないんです」

「はぁ? そんなこと言われなくても分かってるから」


 加奈枝たちは呆れた顔をする。

 しかしそんなことお構いなしに鏡華さんは熱くパルクールガールの格好よさを称えはじめていた。

 パルクールガールのメンバーは苦笑いしていたが、緊張が解けていくのが見てとれた。



 そのアドバイスが功を奏したのか、続く第四ステージは肩の力が抜けたパルクールガールが取る。

 二対二で最終第五ステージを迎えた。

 加奈枝はこれまで以上に激しいアクションで観客を魅了する。

 飛び散る汗が照明に照らされ、キラキラと舞っていた。

 全力でパフォーマンスを楽しむのが観るものに伝わってくる。


 一方ファイブ・リップスも負けてはいない。

 晴れやかな笑顔で踊る姿を見ていると、なにかをしたくて堪らないという気分にさせられる。そんなステージだった。


 ──

 ────



 ライブ終了後。

 僕は撤収の解体作業を二階客席から眺めていた。


「ここにいたんですね、空也プロデューサー」


 涙で目を赤くした鏡華さんが力なく笑いながらやって来る。


「お疲れ様、鏡華さん」

「すいません。私の力不足で……」

「そんなことない。最高のステージだったよ」


 僕たちは解体されゆくステージに視線を向けたまま会話をしていた。


「ありがとうございます。でもやっぱり悔しいな」

「勝ち負けは関係ないって言ったの、鏡華でしょ」

「加奈枝さん……」


 ステージ衣装から普段着に着替えた加奈枝がやって来る。


「あたしらがちゃんとパフォーマンス出来たのも、休憩時感に鏡華が来てくれたおかげだから」

「そんなことないです。加奈枝さんたちの実力ですから」

「いや、マジで。あれがなかったら絶対ボロボロだった。だから、その、ありがと」


 加奈枝は照れくさそうに小声で呟き、帽子のつばをグッと下げて目深に被る。

 彼女たちが言う通り、勝ち負けより大きなものを得た気がした。


「加奈枝さんかっこよかったですよ。見惚れちゃいましたもん」

「鏡華だって可愛かったし、かっこよかったよ」


 共に戦ったもの同士、友情が芽生えたようだ。

 実に美しく尊い光景である。


「でもまあ、あたしの方が可愛かったけどね」

「は? なんですか、それ。今そういうのいらなくないですか?」


 せっかくいい空気だったのに加奈枝がぶち壊す。


「だって事実だし。実際勝ったのもあたしたちでしょ」

「いちいち言葉に刺があります!」

「空也だってあたしの方が可愛いと思ったでしょ?」


 いきなり爆発寸前の爆弾をパスされてしまう。


「そうなんですか、空也くん?」

「いや、それは」

「正直に答えろよ、空也」


 二人はジィーッと僕の瞳を見詰めてくる。


 正直加奈枝のステージは素晴らしきったし、きれいだと思った。

 でも鏡華さんは特別だ。

 世界中の誰よりも、鏡華さんはかわいい。

 たった一人の、僕のヒロインだ。


 それを伝えれば加奈枝は傷つくだろう。

 でも伝えなきゃいけない。

 言葉にしなければ伝わらないこともある。


「僕は──」

「やっぱいい! 言わないで」


 加奈枝は手のひらをバッと広げて僕の顔の前に翳す。


「空也は鏡華のプロデューサーじゃん。絶対鏡華って言うに決まってる」


 きっと僕の表情を見て、答えが分かってしまったのだろう。

 加奈枝は質問を取り消してきた。

 鏡華さんも少しホッとした顔をしていた。


「次は絶対負けませんからね」

「何回やっても同じだから。トップアイドルの座も、空也も渡さないんだから」

「く、空也くんのことは関係ないです!」

「そうだ。それにそもそも渡さないもなにも、僕は加奈枝のもののじゃないんだからな!」

「だから空也はあたしの彼氏なの! 何回も言わせないで」

「いつまでも過去にしがみつくのはよくないと思います!」


 鏡華さんが好きだと伝えられなかったことにモヤモヤしたり、ホッとしたり、複雑な表情でいがみ合う二人を眺めていた。





 ────────────────────



 勝敗以上に大切なものを手に入れた二人なのでした。

 ってきれいに終わるところをぶち壊す加奈枝ちゃん!

 やはりそこは譲れないんですね!


 空也くんもそろそろ態度をはっきりしないと!


 楽しい夏休みはまだ続きます!


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