第22話 パンツ姿の鏡華さん

 あまり景色を楽しむ余裕もなく観覧車を降り、次に向かったのは隣接する商業施設だった。

 飲食店やおみやげ物、アクセサリー店などが立ち並ぶ。


 ソフトクリーム屋さんを見つけ、二人が選んだのは──


「ラムネ味をお願いします!」


 二人が声を合わせてオーダーする。

 湯上がりソフトのリベンジだったのだろう。


「真似しないでください!」

「そっちこそ! 本当は夕張メロン味が食べたいくせに!」


 なんかもはや仲のよい双子にさえ見えてきた。


「一応確認だけど鏡華さんって双子じゃないよね?」

「違います!」

「一人っ子ですから!」


 やはりそんな都合のいい展開はないようだ。


 ただどこまでもにている二人とはいえ、反応やリアクションは違う。


「ラムネ味、さっぱりしてて美味しいです!」

「いえ。爽やかな酸味だけじゃありません。その奥にあるミルクのまろやかさが引き立てているんです。酸味と甘味、この二つの絶妙なバランスがあるからこそ美味しいんです」


 どうやら食レポはスカート鏡華さんの方が得意なようだ。


 その後も色々と質問をしたり、それとなく試したりをしたものの、どちらも鏡華さんらしい回答やリアクションだった。

 それに正直どちらがニセモノなのかって疑ってる自分に嫌気が差してきた。

 結局どちらが本物なのか分からないまま、パステルカラーの街は夕暮れ時を迎えてしまった。


「そろそろ私が本物だって気付いてください……」


 スカート姿の鏡華さんが寂しそうに呟く。


「空也くんはとっくに私が本物だって気付いてるんです。でも優しいからあなたがニセモノだって指摘できないだけなんです」


 パンツ姿の鏡華さんが憐れむようにゆるゆると首を振る。


 そのとき、ふと妙案が浮かんだ。

 質問するのが怖いが、この際一度訊いてみよう。


「じゃあ鏡華さんにとって僕はどんな存在?」


 質問をした瞬間、二人の顔はパステルカラーではない鮮明な赤に染まった。


「そ、それは、その……」


 パンツ姿の鏡華さんがもじもじしながら伏し目がちに僕を見る。


「と、特別な人です。お友だち、というのとは少し違う、大切な人といいますか……」


 あまりの可愛らしさに悶絶死しそうだった。

 口から魂が抜けかけるのを必死で堪える。


「スカートの鏡華さんは?」

「わ、わたしは、そのっ……分かりません。そんなこと秘密です……」


 スカート鏡華さんはプイッと顔を背けて怒ってしまう。

 悲しいけど、わかった。


「ごめん。君が本物だったんだね」


 スカート姿の鏡華さんに謝る。


「えっ……」

「うそ、なんで……」


 ニセモノだとバレたパンツ姿の鏡華さんが驚いた顔をしながら夕焼けの景色に溶けるように消えていく。

 ニセモノはバレると消えるシステムだったようだ。


「すぐに気付けなくてごめん」

「い、いえ。こちらこそ……でもなんで私が本物だって分かったんですか?」

「それはもちろん」


「夏休みだからっていつまで寝てるの! 起きろー! おきなさーい!」


 妹の怒鳴り散らす声で目が醒めた。


「ちょ、おい! なんつーところで起こすんだよ。今大切なところだったのに」

「はぁ? 夢の話でしょ。そんなことより早く起きて顔洗ってご飯食べてよね。片付かないんだから!」


 すっかり母親代理みたいな顔だ。

 妹が可愛いとか絶対に都市伝説だろう。


 仕方なく着替えて食事を済ませていると鏡華さんから『今日会えませんか?』というメッセージが入っていた。


 夏休みに入ればなかなか会えないんじゃないかと思っていたから、初日から会えるというのは嬉しい。

 しかし今朝のあの夢の直後に会うのはちょっと気恥ずかしかった。



 待ち合わせの緑地公園に行くと鏡華さんは既に待っていてくれた。

 しかしその姿を見て驚いた。


「こんにちは、空也くん」

「鏡華さん、その格好って」


 麦わら帽子にオフショルダーのシャツ、クロップドパンツというニセモノの鏡華さんが着ていた服装だった。


「はい。ニセモノの私が着ていた服です」

「本物の鏡華さんが持っている服を着ていたんだね」

「そうなんですよ。まったく私を何から何まで真似する困った方でした」


 困ったように笑う姿には夢の中の時のような苛立ちは消えていた。

 それにしてもなんでわざわざニセモノが着ていた服を着てきたのだろう?


 そのまま二人で公園を歩く。

 木陰が多く、風通しもいいので夏の暑さもそれほと感じず心地いい。


「きっと前の日に知ってる人、知らない人の話をしてたからどれだけ相手を知ってるかみたいな夢を見たんだろうね」

「なかなか当たらなかったということは、空也くんはまだまだ私について勉強不足ということです」


 ツンとした言い方をして、少し歩く速度が速くなる。


「ごめん、怒ってる?」

「いいえ。別に」

「絶対怒ってるでしょ」

「怒ってません」


 蝉の声が「ウソウソウソウソウソウソウソウソ」と合唱しているように聞こえた。


「でも最後の質問はどさくさに紛れてズルいですよ」

「ごめん。でもあの質問をしたら、鏡華さんなら絶対ちゃんと答えないって自信があったんだ」


 鏡華さんはピタッと止まって非難がましい目で僕を見た。


「ほ、ほら、実際当たったでしょ! 作戦なんだって! ははは……」

「私がいくじなしで面倒くさい女の子だって言いたいんですね?」

「いや、そうじゃないけど」

「そう言ってるようなものじゃないですか。実際当たってましたし……よく私を知ってるんですね」


 明らかに褒めている口振りではない。

 下手なことを言えば更に怒られそうだ。


「でもまだまだです。ちゃんと言うときは言う女ですからね!」

「そうなんだ。まだまだ僕の知らない鏡華さんもいるんだね」

「そうですよ。たとえば今日だってちゃんと伝えてますから」


 そう言って鏡華さんは全身を見せるようにポーズを取る。

 まるで下着姿でも見せるかのようにもじもじと恥ずかしそうだ。


「へ? 今日? なにか伝えられたっけ?」

「もうっ! 気付かないなら教えません!」


 鏡華さんは怒った顔をして駆け出していく。


「あ、ちょっと待ってよ!」


 僕も駆け足でクロップドパンツ姿の鏡華さんを追いかけていった。




 ────────────────────



 見事本物を当てた空也くん。

 さすがです!

 それにしてもなぜ鏡華さんはニセモノの格好をしてきたのでしょう?

 ニセモノと考えていることは一緒、という合図だったのかな?


 二人が素直に気持ちを伝え合うには、もう少し時間がかかりそうです。




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