第11話 鰐淵くん、人気者になる

 僕がまあまあ上手に絵を描けるということはこれまで一部の人しか知らなかった。

 しかし鏡華さんの絵のパートナーになったということで、たくさんの人が知ることとなった。


 その結果鏡華さんの女友達から似顔絵を描いて欲しいという依頼が殺到してしまった。


「うわっ、ほんとに上手!」

「でしょー。あたしなんてこんなに可愛く描いてもらったし!」


 鏡華さんの小学生の頃からの友達の雫さんが得意気に僕の描いた絵を見せた。


「これが雫? 美化しすぎだし!」

「原型とどめてないよ」

「はあ? そんなことないし。ねー、空也!」


 やたらフレンドリーな雫さんは既に下の名前を呼び捨てだ。

 でもそのお陰で鏡華さんも学校で自然に僕を空也くんと呼んでくれるようになったのは嬉しい。


「うん。そこまで美化して描いてないよ」

「ほらー!」


 雫さんはお淑やかな鏡華さんとは正反対の活発な女の子だ。

 声も動きも大きく、いつもショートヘアを揺らして動き回っている印象がある。

 正反対のふたりだから逆にいいコンビなのかもしれない。


 突然女子と妙に仲良くなったものの、普段の生活に影響はなかった。

 突然男連中から無視されるとか、友達が減っていくとか、逆に増えるなんてこともなく、平和な日常だった。


 その日は午後から雨が降り、グラウンドのあちらこちらに水溜まりが出来ていた。


「鏡華、一緒に帰ろ!」


 雫さんが髪をフワッフワッと弾ませながら鏡華さんのところに跳ねてきた。


「部活はお休み?」

「そりゃそうでしょ。この雨じゃ無理」


 彼女は陸上部に所属しており、走り高跳びをしているらしい。

 常に軽やかな動きの雫さんにはぴったりだ。


「ねー、空也も一緒に帰ろ」

「え? 僕?」

「あたしも絵が描きたいからコツを教えてよ」

「いいけど、歩きながら?」

「アハハ。んな分けないし! マックでも行こうよ」


 夢じゃなく現実でも鏡華さんと一緒にいられるのは嬉しいけれど、寄り道なんてさせて大丈夫なのだろうか?

 そんな僕の視線を感じ取ったのか──


「私は問題ありません。く、空也くんはどうですか?」

「もちろん」

「よし、じゃ、決まり! 目指せ、神絵師!」


 雨降りの放課後は出来ることが限られている上に、雫さんのように部活が休みの人もいる。

 そんな条件が重なり、駅前のファストフード店やチェーン展開の喫茶店は軒並み満席だった。


 結局僕たちは以前鏡華さんと訪れたちょっとレトロな喫茶店に入る。

 ここは学生皆無なので空いていた。


 奥の席に陣取り、早速絵の練習を始める。

 自ら絵を学びたいと言っていたのでそれなりに絵心があるのかと思っていたが、雫さんの描くものはみんなキュビズムのその先を行くような個性的なものだった。


 一方鏡華さんはちょっと少女趣味なところもあるものの、なかなかのデッサン力だ。


「まずは◯を書く練習をしてみるといいよ」

「ちょ、空也、バカにしすぎ! それくらい出来るから」

「別にバカにしてるんじゃないよ」


 少しムッとしながら円を描く雫さんだったが、意外と綺麗に丸くならなかったり、始点と終点がうまく繋がらなかったり苦戦していた。


「綺麗な円を描くのは絵の基本のひとつだからね」

「んー。無理。難しすぎる」


 雫さんは神絵師への道の第一歩目で引き返してしまった。


 一方付き合いで描いていた鏡華さんの方はずいぶん筆が乗っている。

 あれこれ質問されるので僕もそれに答えていた。


「ねぇ、二人ってもしかして付き合ってる?」

「はあ!?」

「そ、そんなことあるわけないでしょ」

「そお? なんかずいぶんと息もあってるし。前から知り合いだったとか?」

「私の知り合いなら雫ちゃんも知ってるはずでしょ。幼馴染みなんだから」


 鏡華さんは怪しまれるほど慌ててしまっていた。


「あ、そっか」


 どうやら天然らしく、笑って流してくれた。


「でも珍しいよね。鏡華が自ら男子と仲良くなるなんて」

「そ、そうかな?」

「珍しいというより人生初だよ、うん」


 雫さんは腕を組んで不思議そうな顔で頷いている。

 実は同じ夢を共通で見ていて毎晩会ってるなんて言ったら、絶対笑われるか変な誤解をされるだけだ。

 僕たちはチラッと目配せしあってこっそり笑った。




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 現実世界でもちょっとづつ近付いていく二人。

 現実ではほとんど絡みないのに息もピッタリ。

 でも急接近すると勘違いされるから注意が必要ですね!



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