第6話 初夏の早朝、日沖さんと。

 怪我はすっかり癒えてむしろパワーアップしたまである。

 よし、日沖さんが救ってくれたんだ。

 次は僕の番である。


「行くぞ、ヤギ男!」


 床に落ちた剣を握り突撃する。


「くらえ! ファイナルスタブッ!」


 適当に『それっぽい』技名を叫び、剣をヤギ男の心臓に突き刺す。


「グギュルルムムルルヌルッ!」


 ヤギ男は奇妙な叫び声を上げ、霧のように消えていく。

 それと同時に館も溶けるように薄くなり、気付けば僕らは野花が咲き誇る平原に立っていた。


「やった! 勝ったんだ!」

「ありがとう、鰐淵くん!」


 日沖さんは涙目で駆け寄ってきて、僕に抱きつく。


「うわっ!?」

「ついに悪夢に勝ちました! よかった!」


 ギューッと抱き締められ、ヤギ男に追いかけ回されていたときよりも緊張してしまう。


「日沖さんのお陰だよ」

「いいえ。鰐淵くんのお陰です」


 至近距離で見詰められ、ドキドキが最高潮になる。

 日沖さんは涙で滲んだ目でジィーッと僕を見詰めてくる。

 たとえ夢だとしても幸せすぎた。


「日沖さんっ!」


 ギュッと抱き返すと、それは布団だった。


「ふぁ……あれ?」


 興奮しすぎて目が覚めてしまったらしい。

 こんないいところで目覚めるなんて、本当に僕はバカだ。


 枕元にあったスマホを手に取ると午前五時半だった。

 二度寝するには危険な時間だし、そもそも高ぶっているので寝れる気がしない。


 そのとき、ピロンッとメッセージ着信音が鳴った。


「えっ!? 日沖さんから?」


 こんな時間に日置さんからメッセージが来たことに驚くが、内容を見てさらに驚く。


『今から会いませんか?』



 飛び起きた僕は慌てて支度をする。

 そのまま登校できる準備を整え待ち合わせ場所に向かった。


 全力でペダルを漕いで朝の街を駆け抜ける。

 少し肌寒いけれど、間もなく夏がやって来る気配を感じていた。


 待ち合わせ場所には既に日沖さんがいた。

 僕は自転車を止めて息を整えながら近付く。


「おはよう、日沖さん」

「おはようございます、鰐淵くん」


 日沖さんはちょっと照れくさそうに笑いながら挨拶をする。

 ヤギ男の館から生還したときは抱きついてくれたけど、さすがに現実ではそんなことはなかった。


「怖い夢だったね」

「はい。でも鰐淵くんのお陰で、ちょっぴり楽しかったです」

「はは。それならよかった」


 ベンチに座り朝日で眩しい空を見上げた。


「以前もお話ししましたが、私は昔からよく悪夢に魘されるんです。一時期なんてひどくて、本当に寝るのも怖いくらいでした」


 夢が怖くて寝られないなんてよほどのことだ。

 少なくともそんな話は聞いたことがない。


「今日、はじめて悪夢に勝てたんです。鰐淵くんのおかげ」

「二人で戦った結果だよ」

「きっと怖がりな私を助けるために神様が私と鰐淵くんの夢を繋げてくれたんだと思います」

「大袈裟だなぁ」

「それくらい感謝してるってことです。神様と、それから鰐淵くんに」


 神と同列にしてもらえるなんて身に余る光栄だ。


「でも日沖さんの『天使の雫』は可愛かったな。魔法少女って感じで」


 思い出して笑うと日沖さんは顔を真っ赤にする。


「そ、それを言うなら鰐淵くんの『ファイナルスタブ』だっていかにも男の子のヒーロー戦隊みたいでした!」


 指摘されると僕もちょっと恥ずかしくなる。


「そうかな? 天使の雫よりはいいと思うけど?」

「いいえ! ファイナルスタブの方が子どもです!」


 どうでもいいことで応酬しあい、最後には笑った。

 興奮も落ち着いたところで喫茶店に入りモーニングを食べる。

 学校前にそんなことをするなんてもちろんはじめてのことで、なんかちょっとだけ大人になった感じがした。


「このあと一緒に登校しましょう」

「いや、それはやめておくよ」

「どうしてですか? せっかく一緒にいるのに」


 日沖さんはキョトンとした顔で小鳥のように首をかしげる。

 どうやら日沖さんは自分がいかに男子からも女子からも人気があるのか分かっていないようだ。

 学校ワンバーワンの美少女と僕みたいな誰だかも分からない奴が一緒に登校したら大騒ぎになるだろう。


「中には変な噂とかする奴もいるし」

「そんなの気にしなければいいんですよ」

「また次の機会にね」


 日沖さんは納得いってなかった様子だけど、最後にはなんとか了解してくれた。


 先に駅へと向かう日沖さんの背中を見送り、大きく伸びをする。

 今日も寝不足だから授業辛いだろうなぁ。

 そんなことを思いながら大きく深く息を吸いこんだ。

 僕の身体に初夏が染み込んでいく気がした。




 ────────────────────



 見事日沖さんの危機を救った鰐淵くん!

 二人の仲も急接近!と思いきや、現実世界でへ恥ずかしがり屋の日沖さん。

 でも確実に心は近付いていってます。


 頑張れ、鰐淵くん!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る