邂逅

 悲鳴を上げんかったんは年の功や。


「コトリの歳なら化石になりそうよ」


 ほっとけ、ユッキーもやろが。ランプの光に照らし出されたのは、まさにリアルなまはげ。薄暗いから昼間に見たなまはげ像の十倍ぐらいは迫力があった。それぐらい迫力が溢れ過ぎとる顔や。ここはユッキーの方が遠かった分やと思うけど冷静やった。


「どうかされましたか」


 おったんは男と女の二人組、そうやあの美女と野獣やった。中に入っても良いかと聞かれたからOKしたんやけど、


「コトリ、なにかアテとお酒もらってきて」


 そうなりそうやな。向かいの本館の売店で、はたはたの燻製を買うて、酒は福小町純米吟醸にしといた。部屋に戻ってんやけど、


「コトリが帰ってくるまで待ってたよ」


 そろってから話をしたいか。えらい緊張と言うか切羽詰まった顔しとるな。こんなに緊張するさかい余計におっとろしい顔になってリアルなまはげと見間違うんやないか。そしたら、いきなり頭を畳に擦り付けて、


「厚かましいのはわかっていますし、無理を承知でお願いします。どうかお金を貸して下さい」


 いきなりは無理あるやろ。名前ぐらい名乗れよな。


「私は竹野直樹、こちらが妻の瞳です」


 コトリもユッキーも噴出してもた。気持ちはわからんでもないが、


「いつの間に結婚して、改名が認められたんや。瑠璃堂香凛さん」

「えっ、どうしてそれを」


 香凛の顔色が変わりよった。人からカネ借りるのにウソはようあらへん。


「あらそう。おカネなんて騙して借りるもんじゃないかしら」


 まあそういうケースも多々あるけど・・・ユッキーはややこしいから黙っとれ、それからゆっくり話を聞いたんや。話しにくそうにしとったけど、コトリらも美女と野獣はフェリーから気になっとったからな。


 まずやけどフェリーでの出会いや。香凛がヤンキー三人組にナンパされたのは見たままでそうやったし、香凛がヤンキーの一人を突き飛ばしてカフェに逃げ込んだまでは知っとる。


 そこから先やけど、香凛はヤンキー連中から逃れるために、彼氏持ちにするのが閃いたそうや。人間、切羽詰まると変なもんを思いつくもんや。香凛はヤンキー連中を追い払えそうな男として野獣を咄嗟に選んだんやが直樹は、


「カウンターに向かって後ろ向きでしたから」


 あははは、顔を見んかったんか。見とったら避けたやろ。香凛も直樹の顔を見てビビったと思うけど、チェンジしとる余裕もあらへんかったから必死で目配せしながら、


「私には彼氏がいるの」


 香凛の目配せを了解した直樹が、


『おんどれら、ワイの女になんか用か』


 これでヤンキー連中は尻尾を巻いて逃げとる。そりゃ、逃げるやろ。体はゴツいし、顔も怖いし、声かって潜もり声や。どうみたってヤーさんやし、ヤーさんの女に手を出したら半殺しどころか海の藻屑にされる恐怖しか感じへんわ。


「直樹さんって、筋者なの」

「とんでもございません」


 名刺を渡してくれたんやが、株式会社チェリオって女性下着メーカーやん。とにかく可愛いのが売りで、そやなハイティーンから二十代前半ぐらいに人気のブランドや。よう人事部もこんな怖そうなやつを採用にしたもんや。それにやで、この顔で営業って冗談みたいや。


「静かなる首領の世界ね」


 ちゃうちゃう。あれは首領が気の弱そうな顔して女性下着メーカーに勤めてる話で、首領みたいな顔した一般人が勤務しとる話と違う。怖いのは顔だけとわかったし、急場を助けてくれたから知り合いになったのはわかったが、


「結果から言いますと・・・」


 香凛も最初は怖かったそうや。そりゃ、そうやろ。ヤンキーから逃げるために方便で選んだ男がモノホンやったとしか思わへんもんな。負の連鎖の蟻地獄みたいなもんや。それが女性下着メーカーの普通のサラリーマンと知って安心したぐらいやろ。


 それでも香凛は最初は打算で動いたで良さそうや。ヤンキーから逃げられた言うても狭い船内の中や。ここで別れたらまた別の奴に絡まれるかもしれん。そやから魔除けに偽の彼氏役を続けてもらうことにしたんか。


「そろそろ本当の事を聞かせてよ」


 香凛も観念したみたいで、


「逃げて来たのです」


 やっぱりな。お決まりの見合いの決定通告に反発してぐらいやろうけど、あのバイクは、


「免許だけは無理を言って取らせて頂いてました」


 バイクは、内弟子の人のを借りたって・・・それは盗んだと普通は言うんやぞ。つうかそれぐらい慌てて逃げたみたいで、旅行支度を途中で買いそろえ、敦賀にたどりついた時にはフェリー代を払うと財布は寒うなったらしい。


「カードは止められていました」


 どうして敦賀に逃げたかやけど、


「高飛びのつもりで」


 カネもなしで秋田に来てどないするつもりやったんや。香凛は直樹に気まツーで宿も決めていないとウソを言っとる。名前も山野瞳と適当に名乗っとる。そうしておいて、直樹に女のソロツーで、見知らぬ土地でそんなことをするのは無茶との話に持ち込み・・・


「ちょっと待った。それって」

「ごめんなさい、騙してタカる気でした」


 トンデモない深窓のお嬢様やな。頼られた直樹やけど、


「二人分の旅費になるとは完全に予定外で・・・」


 そうなるわな。直樹も気まツーの予定やったんや。コースだけはだいたい決めとったみたいやが、宿はその日に決めるスタイルや。まあ男のソロツーやったらそれもありやろ。気まツーはブームやから、もどきをやりたい連中は仰山おる。


 カネも出来るだけかけへん心づもりやったみたいでフェリーもツーリストAで、宿も素泊まり宿とか、せいぜい民宿あたりを考えとったぐらいや。若い時の旅行やからそういうのも楽しいもんな。


「でも鶴の湯に泊まってるじゃない」


 これはツーリングの唯一の贅沢のつもりで最初から予約しとったそうや。鶴の湯は風情もあるし、有名旅館やけど豪華旅館とちゃうねん。コトリらが泊まった本陣でも一万二千円ぐらいやし、本陣の向かいの宿泊棟やったら税サ込みでも一万円でお釣りがくるねん。


 それがツーリング中で最高の贅沢宿の予定やったぐらいの予算でツーリングに来てるんやが、香凛が一緒となると様相が変わってまう。変えんと付き合わせるのもありとは言え、


「そうなって見栄張らない男はいないよ」


 貶してるんやないで褒めとるんや。香凛に不快な思いをさせたくないとするのが男という生き物や。ちゃんと一泊二食付きのそれなりのホテルにしたんやが、


「予算に足が出過ぎまして」


 あははは、相当頑張って見栄張ったみたいや。見栄張ったら旅行費用はウナギ登りや。二人になったから二倍なんじゃ到底きかん。三倍どころか四倍、五倍に膨れ上がってもたんやろ。ソロツーの低予算のはずが、美女連れの豪華旅行になってもてるからな。


 見栄張った部分もあるやろし、気に入ってもらいたいのもあったやろ。直樹の気持ちはわかるで。、男やったらそうあるべきやけど、予定外過ぎる出費に貯金も尽きたか。


「このままだと、ここの払いをすれば・・・」


 見栄も張り過ぎや。どうしようかと困っていた時にコトリらを見かけたって事で良さそうや。しっかし薄すぎる縁やで、行きのフェリーで同船しただけで話すらしてへんやんか。それにやで、おカネ借りるんやったら会社の同僚になんで頼まへんねん。


「それが・・・」


 マジでその展開になっとるんかい。香凛の爺さんの大拙は香凛が逃げたのを知って追手を差し向けてるんや。華道の家元が追手とは穏やかないけど、


「あれは白羽根警備です」


 おいおい冗談やろ。あの白羽根警備か!


「青森で見つかって・・・」


 ホテルを出たところに待ち構えていたんかよ。これを直樹が突破して逃げたものの、今度は勤務してる会社に圧力がかかって、


「帰ったらクビかもしれません」


 白羽根警備はタダの警備会社やあらへん。傭兵を雇い入れて訓練しとる民間軍事会社に近いとこもあるぐらいや。そうやないな、国内でこそ警備会社やけど海外では民間軍事会社の事業もやっとるもんな。


 戦争のプロみたいなんもおるから、マイの時も容易ならん相手やった。直樹も青森でよう逃げられたもんや。そっか、今夜ここに来たんも、追われる者の心理で追いつめられたからか。相手が白羽根警備やったらプレッシャーも大きいやろ。


 直樹も香凛も既に知人友人は抑えられてるはずや。青森で取り逃がしはしたものの、兵糧を断たれたら、いつまでも逃げとられへんから、帰らんとしょうがないようになる。そもそも、少々の資金があっても、いつまでも逃避行なんか続けられへん。


「コトリ、頼られちゃったね」


 この話に乗るんか。白羽根警備相手やぞ。


「でも楽しそうじゃない」


 ヒマ潰しにはなるけど、チイとややこしいな。


「八幡平はまた来れるよ」

「きりたんぽ鍋や比内地鶏ぐらいやったら、出張の時に普通に食べれるしな」

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