十和田湖から乳頭温泉郷

 谷地温泉の朝は早い。


「なに言ってるのよ。コトリが叩き起こしたんじゃない!」


 文句を言わず荷造りだ。


「まだ五時だよ」


 日の出は四時過ぎだ、十分に明るい。バイクに積み込むのだ。


「浴衣で外出たら寒いじゃない」


 朝風呂に入るから温まる。風呂から部屋に戻れば着替えだ。


「まだ浴衣のままでもイイじゃなし。朝ごはんは七時からでしょ」


 六時に繰り上げてもらった。早く食べなさい。


「何時に出発なのよ」


 六時半までに出発する。今日は可能な限りぶっ飛ばして、


「十和田湖ゴールドラインなのに、どうしてここまで飛ばすの。危ないじゃない」


 静かにしなさい。ここだ。


「停めるよ」

「ここからどうするの」

「奥入瀬渓谷歩くに決まっとるやろが」


 奥入瀬渓谷は十和田湖から流れ出す奥入瀬川が作り出した美しい渓谷や。道路も並行して走っとるけど、それじゃ真価が堪能できへん。ハイキングコースも整備されとるから歩かん手はない。


 そやけど焼山からのフルコースとなると全長十四キロ、五時間はかかってまう。そやから前半部に目を瞑って、石ケ戸から子の口で我慢する。これでも九キロ、三時間半はかかる。


「奥入瀬を歩くのは賛成だけど、子ノ口まで下りてからどうするの」

「十時三十三分発のバスで石ケ戸まで戻る」

「それに遅れたら?」


 タクシー探すか、十二時三分のバスを待つしかない。


「コトリ、なにもたもたしてるの。トットと歩くわよ」


 ホンマは子ノ口から石ケ戸に歩いたほうが下りやからエエんやけど、そしたらバスが九時五十四分やから絶対に無理や。標高差は焼山まで行っても二百メートルぐらいやから問題ないやろ。


 さすがは有名な奥入瀬渓谷や。石ケ戸の瀬、下馬門沢の流れ、馬門岩、阿修羅の流れ、飛金の流れ、雲井の滝、白糸の滝、白銀の流れ、玉簾の滝、白絹の滝、双白髪の滝、不老の滝、九段の滝、銚子大滝・・・


「歩かなきゃ真価がわかるはずないよ」

「その通りや」


 十和田湖が見えてきて、橋を渡ったら、


「あのバスじゃない」


 二十分で石ケ戸に戻りバイクで再び子ノ口へ。


「遊覧船は乗らないの」

「そのために休屋に行く。とばすで、十一時四十五分やねん」


 十和田湖遊覧船は休屋から周回で戻ってくるBコースと、休屋と子ノ口の片道のAコースやねん。子ノ口から休屋まで十分ぐらいやから間に合うはずや。遊覧船は普通に良かったけど。


「コトリ、腹減った」


 餓鬼かこいつは。コトリも他人の事を言えんけど。十和田湖の名物と言えばやっぱりヒメマスや。この辺やったらどこでも出そうなもんやけど、目的に近いとこがエエから、ここにしょ。


「ヒメマスお刺身定食にヒメマス焼き魚単品で」

「わたしも同じで」


 まあ悪ないわ。刺身と焼き魚やったら素材の比重が高いさかい、この辺やったっらどこもそんなに差はあらへんやろ。ヒメマス堪能したら十和田湖観光や。まず十和田神社にお参りして、乙女の像を撮って、十和田は終わりや。バイクに戻るで。


「さあ行くで」

「夢に向かって出発」


 十和田湖畔の国道四五四号から国道一〇三号に入って十和田湖とお別れや。そのまま下ってもエエんやけどあえて県道二号、通称樹海ラインを小坂まで走る。ツーリングは景色の少しでも良さそうなところを走りたいものな。小坂からは国道二八二号、さらに国道三四一号と乗り継いで、


「出たぁ、この先三百メートル、乳頭温泉郷左折よ」


 そんなデッカイ声出さんでも聞こえてるわい。この角やな。


「後九キロよ!」


 はいはい。えっとこれはどっちや。右が水沢温泉郷ってなっとるけど、


「雑魚温泉郷は関係ないから直進よ」


 雑魚温泉郷はないやろが。真っすぐ行こか。ちょこちょこ宿が見えるけど水沢温泉郷なんやろな。


「乳頭温泉郷まで四キロだ!!!!」


 わかったって。耳が痛いがな。


「次の角は真っすぐ、真っすぐ」


 見えとるわ! 今度は田沢湖高原温泉郷か。


「雑魚は眼中に無い」


 そう雑魚雑魚言うたるな。そこに泊まる客かっておるんやから。へぇ、こりゃ立派なホテルも建ってるやんか。なかなか繁盛してそうな温泉郷やんか。ユッキーもそう思わへんか。


「わたしには見えない」


 見えとらへんねんやったら事故るぞ。ちゃんと前見て走れよな。そやけど田沢湖高原温泉郷は抜けたからだいぶ近づいて来たはずや。ついに歓迎看板も出て来たで。


「次の角、左」


 わかった、わかった。これは林道やな。


「そりゃ乳頭温泉郷だから」


 関係ないと思うけど、


「あるに決まってるじゃない。あっ、秘湯 鶴の湯の看板」


 見えとるって。それにしても日が暮れてからは走りたない道やな。


「真夜中でも真冬でも爽快に走れるはず」


 そんなはずあるかい。結構なヘアピンやな。対向車は嬉しない道やで。


「トレーラーが来ても余裕よ」


 そんなもん走ってきたらビックリするわ。おっ、ここかいな。


「全然違う。ここは別館の山の宿。見てわからないの! どこをどう見ても違うでしょ」


 見てもわからんかった。まだ先があるんかいな。そういうたら、小道の突き当りにあるはずや。お、見えて来た。ほれやったらアレやろ。


「わたしの夢がついに目の前に・・・」

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