花いけバトルロイヤル

 生け花の優劣を競うのは難しいんよ。


「と言うか芸術で優劣をつけるのは簡単じゃないもの」


 華道でも同じ流儀内やったらコンクールもある。これは流儀で評価すべき技術ポイントとか、表現ポイントが決まっとるからな。ここも言うてしもたら、そういう違いがあるから流儀として成立しとるぐらいの生命線みたいなもんや。


 だってやで複数の流儀が集まってコンクールなんかやってみい、審査結果で血見るで。ましてや日本選手権とかワールドカップなんかやろうものなら収拾がつかんようになるわ。


「誰を審査員にするかだけで話が終わっちゃうよ」


 そやけど、それをやっとる競技会がある。花いけバトルロイヤルや。名前からして安っぽいけど、あれに近いイメージの競技と言えば、


「料理の鉄人」


 誰も覚えとるかい。そやけど近いのは近い。ただ最大の違いは審査員が全員素人やねん。会場の観客全員に一票ずつ与えての審査や。


「あれも割りきりよね」


 ああいうスタイルで多いのは素人審査員の他に玄人審査員も並立させて、票の按分も玄人を多くするパターンがほとんどや。それを素人審査員の得票数オンリーにしとる。あれやったら、たとえ負けても、


『素人には理解してもらえなかった』


 こういう弁明の余地が残されるぐらいやろ。つうか、こうでもせんと生け花の競技会なんか成立せえへんもんな。


「でも案外な権威に成長してる」


 権威になったんはバトルロイヤルが人気になってもたからや。人気番組で勝てば選手の名も売れるし、ショップとか教室もっとったら人気爆発みたいになるんよね。逆に惨敗でもしようものなら商売に響いてまうぐらいや。


 そうなると地位と名誉もある人間は避けたくなる。そりゃ、勝っても当然と思われるだけやし、負けようものならこれまでの名声が地に落ちかねん。出るだけ損みたいなもんやからな。


「でも人気って怖いよね」


 そうやねん。出んかったら、出んかったで逃げとるとか、勝つ自信が無いの批判が押し寄せるぐらいや。人によっては余計な競技会が出来たもんやとボヤいとるやろ。


「無名の新人にはチャンスだけどね」


 そやけど華道家は競技会が始まった早い段階で忌避しとる。


「華道家には不利な競技設定だものね」


 競技は会場の中央に設定されたステージで行われる。観客はその周囲を取り囲むような階段席で審査することになる。そうなると作品と観客の距離があるんよ。


「近づいて細かなところを見る競技やないのよね」


 それどころか審査時間はたったの一分や。もっとも作品の製作途中から全部見るから、


「それでも製作時間は五分だよ」


 とにかく審査時間は短いし、審査員席から離れてるから、作品は大型になる。そりゃ、見栄え勝負になるから、小さなところに技巧を凝らしても見てくれん。


「かなりフラワー・アレンジメント寄りの競技設定よね」


 使う花や木なんかもすべて運営側が用意したもんで、会場に入って初めてどんなものがあるのかわかる仕組みやねん。


「花瓶もね」


 即興性と手際の良さが重視されとる競技ぐらいやろ。華道家が嫌がる気持ちはわかるわ。


「とくに流儀背負うぐらいの立場の人間なら出れないよ」


 ここでやけど、華道もフラワーアレンジメントも花を綺麗に盛り付ける技術やけど、若干趣が違う。細かい違いはあれこれあるけど、


「水墨画と油絵ぐらい差がある」


 なんやその例え。そんなものでイメージ出来るやつはおらんわ、よう言われとるんは、


 ・華道は引き算の美学、フラワーアレンジメントは足し算の美学

 ・華道は空間を活かす美学、フラワーアレンジメントは空間を埋める美学


 これは和風の美学と洋風の美学の差でエエと思う。


「それでもわかりにくいよ」

「ユッキーの例えよりマシや」


 もうちょっとわりやすい差をあげると、華道は上達すればするほど玄人受けする作品になる。そうなるのも華道のシステムにあって、たとえば池坊やったら入門したら、


 入門→初等科初伝→中等科中伝→高等科皆伝→師範科助教華掌


 こんな感じで階級が上がっていく。ここまではお弟子さんの階級で、この上から師範、つまり弟子に花を教えられる資格になるけど、


 脇教授三級准華匡→脇教授二級准華監→脇教授一級准華綱→准教授三級華匡→准教授二級華監→准教授一級華綱→正教授三級総華匡→正教授二級総華監→正教授一級総華綱→准華督→華督→副総華督→総華督


 目眩がしそうやろ。池坊は歴史も古いからとくに多いんやけど、それでも道を究めたい人間は登っていくわけや。この登る時に誰が審査するか言うたら、自分より上の階級の人間やんか。そういう連中が認める玄人受けする作品になる以外あらへんやん。


「師範でも階級が高い方がお弟子さん集め安そうだものね」


 そこも大きいと思うわ。華道家が食べる大きな手段に華道教室の経営があるねん。そうやって玄人受けする作品になり、


「これも大胆に言い切っちゃうと、華道家の生け花が飾られるのメイン・ステージは床の間よね」


 これに対してフラワーアレンジメントは、結婚式場とか、イベント会場の飾りつけがメインの仕事になりやすい。華道家にもおるかもしれんが、フラワーアレンジメントの方が多いし、そういうところで名を売っているのが一流とされるはずやねん。


 ここで一番の差やけど、フラワーアレンジメントは誰を意識してるかやねん。結婚式場にしても、イベント会場にしても見るのは素人や。素人にどうやってアピールするかを常に念頭に置いてるし、どうやったら素人受けするかもよう知っとることになる。


 花いけバトルロイヤルの参加者にとくに資格はあらへんみたいやけど、会場も含めた競技方法の設定はフラワーアレンジメントを念頭に置いたもんでエエと思う。人前での派手なパフォーマンスもそうや。


「初期の頃は華道家の参加もあったけど、勝てなかったものね」


 勝負の土俵が華道家に不利過ぎるもんな。これだけ条件が違えば、同じ花の飾り付けでも、ボクシングとプロレス、柔道と空手ぐらい差があるからな。バトルロイヤルで負けても華道がフラワーアレンジメントに劣るわけやないけど、わざわざ参加して恥かくだけ損や。


「でも香凛は出たのよね」

「ああ腰抜けるぐらい凄かった」

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