旧皇妃候補と現皇妃候補


「さてと、傍目から見てたがコイツは本当にあの嬢ちゃんの連れか?」


 ジークは長椅子の隣で眠る銀髪の少年を見ながら少しだけ思案する。


「何が目的か知らないが、自身の能力で眠らされるなんて余程の事なんだがな」


 どんな事情があるにせよ、ジークは互いに全力を出せるように懸念材料はある程度減らしたかっただけなので、今は黒髪の女性の注文に大人しく従っておくことにした。


「んな事は、決闘が終わってからでいいか。それより、あの嬢ちゃんの能力の方が気になるな」


 ジークは黒髪の女性が銀髪の少年に能力を使用するところを見ていたため、何の寵愛なのかいくつかの候補が頭をよぎった。


「森か夢見か、後は花とかもあったか?」

 

 基本十神とそれ以外に類する眠らせる能力を持つ可能性がある寵愛能力について予測するが、どれも笛という武器には結びつけづらかった。


「笛なら音楽なんだろうが、そう考えると眠りが深過ぎる。なら、花も候補から消えるか?」


 先程、ジークは連れの試合が始まると、銀髪の少年に知らせるために起こそうと身体を揺すったりしたのだが、一向に起きる気配が無かった事も含めて考えては見たが今の状況だけでは何の寵愛か判断がしづらかった。


「ま、あれだけ挑発しておいて勝算なしとは思えないし、何かあるんだろうな」


 ジークは視線の先で戦っている二人を見ている中、ふと気づいた事があった。


「そういや、あの嬢ちゃんの名前知らねぇな」


 この決闘が終わったらとりあえず名前を聞くかと思うジークだった。



―――――――――――――――



 マーガレットが右手の刀でサキを斬ろうとするが、サキはそれをフルートで受け止めて追撃の左手の刀を上手く避ける。

 サキは一連のマーガレットの得意行動を知っていたためフルートで反撃をするが、マーガレットも深くは攻めて来なかったので回避が余裕で間に合い、体勢を立て直すために一度距離を取るマーガレットと同時にサキも距離を取り、フルートを口にあてる。


「させるか!」


 しかし、瞬時に距離を詰めて来たマーガレットの剣撃にサキは身を守らなくてはならず、フルートを吹く事を阻止されてしまった。


「あら、少しくらい吹かせてくれてもいいじゃない」


 マーガレットの二刀による猛攻をサキはフルートを上手く使って防いでいるが、防戦一方でそれがいつ崩れるか分からなかった。


「何の寵愛か知らねーが、変なことはされないに尽きるからな。それにしても随分と余裕そうじゃねーか」


「これが余裕に見えるのなら面白いわね」


「傍から見たらそうかもな。けど、アンタにはどうも精神的に余裕がありすぎる。違うか?」


 こう喋っている間にもサキは少しずつ押され、小さな切り傷が増え、光の粒子が少しだけ漏れる

 

「なら、余裕な理由を少し見せてあげるわ」


 瞬間、マーガレットは何が見えたのかサキから離れ後ろに下がった。

 そして、マーガレットがいた場所の右後ろから矢が飛び、地面に突き刺さった。


「ちっ、もう一人いたか」


 しかし、矢が飛んできた方向を見ても綺麗な空が広がるだけで人どころか何もなかった。


「これは決闘だと貴女が言ったことよ。そんな無粋な真似はしないわ」


「そりゃ、悪い。前に同じことがあってな。疑うのも仕方がないってわけだ」


「そう言っておきながら、まだもう一人いる可能性があると思っているじゃない」


「ま、どっちにしろ、お前を倒してそいつも倒せば済む話だな」


「貴女がそう思うならそれでいいわ。《降り注げ幾千の矢よサウザンド・アロー》」


 そう言ったサキがフルートをマーガレットに向けると、四方八方からマーガレットに向かって矢が飛んで来ていた。


「あ゛ー、面倒くせーな! 《龍血噴火りゅうけつふんか》」


 マーガレットが寵愛能力を発動させると、自身をを守るように炎の壁が迫り上がり、矢を燃やして防いだ。


「能力を使わずに勝つつもりだったようだけど、無理だったようね」


 マーガレットは矢が飛んで来なくなったのを見計らって炎の壁を解除した。


「全力を出さずに負ける方がカッコ悪いだろ」


「同感だわ。《降り注げ幾千の矢よサウザンド・アロー》」


 そう言うと、サキはフルートに口をつけた。


「ちっ、《龍血噴火りゅうけつふんか》《紅蓮飛龍ぐれんひりゅう》!」


 そこへ、マーガレットが炎の壁で矢を防ぎ、炎の球を飛ばしてサキの演奏を防ごうとするが、余裕で回避され演奏を防げなかった。

 サキがフルートを吹き始めると今度はちゃんと音が鳴り、フルートの穴から光の粒子が吹き出し、マーガレットに向かって飛んでいった。


「《龍血噴火りゅうけつふんか》!」


 マーガレットは炎の壁を前方へと張るが、炎の壁を避けるように動く光の粒子を防ぐために、結局全方位へと貼ることになった。


「この種類の能力は本当に面倒だな!」


 マーガレットの脳裏には先程サキがヨゾラに対して使っていた能力がぎると共に、いつも寝ている同期の薄笑いが散らついていた。


「《龍血噴火りゅうけつふんか》!」


 マーガレットがそう叫ぶと炎壁の守る範囲が広がって行き、サキごと燃やそうと炎の壁が迫っていた。


「《解除処置シールド・ケア》!」


 しかし、サキとは別の声が響き光のベールがその人物とサキを守った。


「ふむ、やはりこの程度の炎では傷一つつけられませんよ。マーガレット先輩?」


 そこにはいるはずのないカタリナがサキを守るように立っており、手元の拳銃をこちらに向けていた。


「《封印処置シールド・アレスト》」

 

 そのまま、当たれば即死のような弾丸をマーガレットに撃ち放った。

 状況の奇妙さをマーガレットは理解が出来なかったが、やるべきことは分かっていた。


「《龍眼誠視りゅうがんせいし》」


 マーガレットが寵愛能力を発動させる。その能力は真実を見通すため、今までとは違うものが見えていた。

 まず、先程いたはずのカタリナが消えており、向かっていたはずの弾丸や地面に刺さっていたはずの矢すらも消えていた。


「狐に化かされた気分だ」


「本官は狐では無く犬ですよ? わん!」


 いないはずのカタリナの声を聞いたマーガレットだったが、その正体はすぐに分かった。


「はっ。カタリナは、んな事言わねーよ」


「その通りよ。あの子は可愛い子振る子ではないもの。偽者なのだから本物に見せたら反応が良さそうな事をさせた方が面白いじゃない?」


 マーガレットの視線の先には炎の壁を受けたのか、武装がボロボロの状態のサキがいた。


「既に眠ってるもんだと思ったが、寝た記憶が全くないからな。幻の可能性に賭けて正解だったな」


「よく出来てるでしょう。こういうの結構得意なのよね」


「それより、もう終わりか? まだ何か残っているんじゃーねえか?」


 ボロボロだと言うのに余裕そうなサキを見たマーガレットは、まだ何かあるのかと勘繰ったが思いつく範囲ではなかった。


「それは……受けてからのお楽しみよ」


 そう微笑むサキはフルートを再び口に付けた。マーガレットは最後の足掻きと思い、止めはしなかった。


「《万物に変形す円舞曲ヴァリエーション・ワルツ》」


 サキがそう言いフルートを吹くと、フルートが光りに包まれ、長剣へと姿を変えた。


「さて、最後は殴り合いと行きましょ」


 その言葉にマーガレットは再び火が付いたのか、二刀を構え直した。


「粋なことをするじゃねーか」


「また、幻かもしれないわよ?」


「それは流石に無理があるだろ」


「ふふっ」


 そう微笑みながら、サキはマーガレットに突っ込んで行った。

 

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