新たな手紙と主従契約

 次の日、カタリナが起きて来た時にはサキとヨゾラは既にいなくなっていた。しかし、ヴィオラだけは残っており昨日のうちにできなかった部分の掃除や洗濯をしていたようで今は休憩中のようだった。


「おはようございます。朝早くからありがとうございます」


「あら、おはようございます。今、朝食の準備をしますわ」


 まるで侍女のようだと思いながらカタリナはヴィオラが料理を作るのを座りながら待とうと椅子を引いた。その椅子の上にはサキの封蝋がされた手紙が置いてあった。


「これも未来視の力なんですかね」


 なんとなくそう思ってしまうあたり、サキの言うことを半分程信じてる自分にカタリナは驚きながら封蝋を開封した。そこには一枚の紙が半分に折られて入っていた。


「直接口で言えば済むのに、面倒臭い人ですね」


 紙を開くとそこには『昨日の廃墟で待つ』とだけ書かれていた。


「また、エレナ先輩のことですかね」


 今日も仕事は休みだが、なぜかあまり気が乗らなかった。


「どうしますかね……」 


 カタリナが悩んでいるうちにヴィオラが簡単な手料理を運んできた。


「できましたわよ。どうぞ、召し上がってくださいな」


 トースト、目玉焼き、簡単なサラダと普段とは違う朝食に喜びながら、カタリナはヴィオラにある提案が浮かんだ。


「ヴィオラさんって今はどんな仕事をしているのですか?」


「……突然どうされましたの?」


「いえ、街中でヴィオラさんに会ったことがないと思って気になっただけですよ」


 しかし、ヴィオラはあまり言いたくないのか歯切れが悪そうに目を泳がせていた。


「言いたくないなら言わなくて大丈夫ですよ。そういう仕事も世の中には沢山ありますからね。それも、世を回すための大切な仕事ですよ」


「いえ、そうではなくてですね」


「違うのですか?」


 カタリナの言葉を否定した手前、言わなくてはいけない状況に自ら追い込まれたヴィオラは意を決したように口を開いた。


わたくしの今の仕事は……」


 言葉を溜め緊張が高まる中、ヴィオラの口から意外な職業が告げられた。

 

「無職ですわ」


「ふむ。なるほど。冗談ではなく?」


「冗談ではありませんわ」


 カタリナの家に数秒の静寂が訪れた。カタリナは豆鉄砲を食らったように驚き、ヴィオラは顔を赤らめて恥ずかしそうに下を向いていた。


「今までどうやって暮らしていたのですか?」


 沈黙に耐えられなかったのかカタリナが精一杯出したのは単純な疑問だった。しかし、それさえもヴィオラの心には響いていた。


「家に残った高そうな家財道具などを売っていましたわ」


「なんか、申し訳ないですね」


「謝られると余計に惨めになりますわー!」


 カタリナは廃墟にほとんど物が残っていなかったことに合点が行くと同時に一つの疑問が頭をよぎった。


「確認ですが、ヴィオラさんの所持金の残りっていくらくらいですか?」


「何故そのようなことを聞きますの?」


 ヴィオラにうっすらと冷や汗が滴れるが、カタリナはそんなことは気にも留めずに確認を続けた。


「確認作業なので答えなくても構いませんよ。ところで、あの廃墟には既にほとんどの物が残っていませんでしたね」


「……そうですわね。まだ続けますの?」


 ヴィオラはカタリナがとあることに気づいたことに気づいたことを感じとり若干諦め気味だった。しかし、カタリナは話を続けた。


「最後に売る物もお金もおそらく戸籍もないお嬢様はどうやって生活をするのですかね」


わたくしを雇って欲しいですわ!」


 もう少し尋問を楽しもうとしていたカタリナだったが、ヴィオラが先に白状したためやめてあげることにした。


「昨日、決闘したばかりの相手によくそんなことが言えましたね! 元貴族として恥ずかしくないのですか!」


「それは分かっていますわ! けど、皇妃としての将来の収入源がなくなった今、わたくしは生きていくことすらままならない人間ですわ! それなのに、恥とかどうこう言ってる暇なんてありませんわ!」


 この精神なら自分が雇わなくても生きていけそうだなと思ったカタリナだったが、雇いたいのはこちらもそうなので交渉を有利にするために口には出さなかった。


「仕方ないですね。お金に少しだけ余裕がある本官はとても優しいので、お金も余裕もない貴女を特別に雇ってあげますよ」


 とても恩着せがましいカタリナだが、今はヴィオラにとっては救世主にも見えた。


「この御恩は奉仕で返しますわ。ありがとうございますカタリナさん」


「後でしっかりした契約書を作りますよ。書類仕事は慣れていますので。それと、今度からカタリナ様と呼んでください」


「それはカタリナさんの品性が伴ってからにしますわ!」


「……生意気な従者には後でたっぷりと主従とはどんなものか教えてやりますよ」


「できるものならやってみるといいですわ」


 それだけ言うとヴィオラは仕事に戻っていった。カタリナは食事を食べながら、先程まで何をしようとしていたのか忘れていた。


「あっ、手紙」


 それを思い出したのは食事が終わった後だった。

 

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