死した令嬢

 『冬の亡霊』という言葉に聞き覚えはありませんでした。けれど、心当たりはありました。

 深雪の都ミレク。帝国内で一番冬が長く気温も低い十大都市の一つです。そして、唯一皇妃候補が死んでしまった都でもあります。

 エレナ・ノルド・ミレク。当時のミレクの皇妃候補であり、ミレク領主の娘でもあり、本官が一番好きな先輩でした。

 

 しかし、そんな先輩は学園を卒業してすぐに亡くなってしまいました。原因は決闘による事故死です。

 決着中にわざと武装を解除し相手の攻撃で死ぬことはこの国では事故死として取り扱います。ですが、先輩がそんなことをする人だとは思いませんでした。

 本官は他の先輩方と共にミレクまで葬儀に行きました。もしかしたら、死の偽装をしていていると思ったからです。

 エレナ先輩はいつも首から上を隠すような姿をしていてました。理由は幼少期に顔に酷い傷を負い、とても醜いからと言っていました。ですが、先輩の気まぐれで一度だけ素顔を見せてもらったことがあります。

 しかし、その顔を思い出すことはできません。エレナ先輩は呪いの代償と言っていました。曰く、この顔を見た人は見たこと自体は覚えていてもその顔は思い出せないと。

 なので、仮面を被り、顔ではなく仮面を認知させることでエレナという名を紐付けしていると言っていました。

 それを知っていた本官と先輩達は死んだエレナ先輩の顔を見て再び思い出せなかったら、それがエレナ先輩だと言うことになると話し合っていました。

 

 そして、葬儀が始まり棺に入っているエレナ先輩の遺体を見ました。その顔にはいつもの仮面がなく、代わりにエレナ先輩の顔がありました。

 呪いのせいか顔を思い出すことはできません。けれど、直感的にエレナ先輩だと理解しました。それは他の先輩達も同じなようでした。

 葬儀が終わった後の先輩方の雰囲気はとても暗いものだったのをよく覚えています。

 

 死に顔を思い出せないと嘆く先輩がいました。

 つまらなそうに寂しさを隠す先輩がいました。

 平静を装いを悲しみを励ます先輩がいました。

 涙を流しながら目を閉じ眠る先輩がいました。

 辛さを一切見せず祈り続ける先輩がいました。

 物言わず立ち去り刀を振るう先輩がいました。

 周りの目も気にせず慟哭する先輩がいました。

 何も返せていないと後悔する自分がいました。

 

 それほどにエレナ先輩の死は衝撃的なものでした。誰も死が偽装だという考えは甘いものだったと痛感していました。

 その後は各々が皇妃候補である都に帰りました。


『冬の亡霊』、それは冬がよく似合う都の皇妃候補である、死んだエレナ先輩のことだと本官は思いました。




―――――――――――――――



 ヨゾラとカタリナが慎重に屋敷のなかを進んでいく中、途端に激しい破壊音が屋敷中に響き渡った。


「急ぎますよ」


「了解」


 既に武装を済ませていたヨゾラとカタリナは無人のはずの屋敷で起こった破壊音に向かって走り出した。

 そして、昨日二人が戦った大広間に入った。

 

「《太陽の剣サンヘイル・ブレイド》」


 瞬間、二人を包むほどの破壊の光が迫っていた。


「《解除処置シールド・ケア》」


 それにいち早く反応したカタリナが自身とヨゾラを守るように展開したベールで攻撃をかき消した。


「大人しく投降して捕まりやがれ犯罪者ど……も?」


 勢いよく叫んだカタリナだったが目の前にいた人物に驚いたのかその語気を弱めた。その理由はヨゾラにもすぐにわかった。


「普段の行動にも品性がありませんわ」


 その相手はカタリナが昼間に戦ったヴィオラ・レアーツだった。カタリナは戦闘音を聞いて来たためすぐには撃たず、銃口を向けるだけに留めた。


「なぜ貴女がここにいるのですか!?」


 しかし、ヴィオラがカタリナ質問に答えるより早く、ヴィオラと戦闘をしていたであろう者がヴィオラをカタリナの射線の盾にして透明化、または霊体化を解いたのカタリナは見た。


「後ろ!」


 ヴィオラが何か言うより早くその者がヴィオラを斬りつける。


「はあ!?」


 ヴィオラは気づくのが遅れたのか回避も防御も間に合わずに左腕が切断されてしまい、その切断された腕を襲撃者は左手で回収しすぐにヴィオラと距離を取り、手に持った刃物をヴィオラの腕に突き刺し完全に破壊されてしまう。


「あ……」


 その襲撃者の仮面をしっかりと見たカタリナは銃を撃つことも忘れ完全に動きが止まってしまう。それを見たヨゾラはカタリナに声をかけた。


「カタリナちゃん!」


 その言葉で正気に戻ったのかカタリナは目を覚ましたように仮面の人物に銃口を向けた。


「鎖の端は!」


 カタリナは同じ仮面を学生時代に何度も見ていた。しかし、仮面だけでは他の者にすり替わる可能性があったためにその者と合言葉を決めていた。


「歌で繋げる」


 ヨゾラにとっては意味が分からなかったが、その言葉を聞いたカタリナは戸惑いつつも嬉しそうに銃を下ろした。

 

「エレナ先輩!」


 カタリナにとって予想通りであり想定外のことだった。幻や影の可能性もあったが能力者の知らないことをそれらは再現することは出来なかった。心のどこかで願っていた死の偽装の可能性が当たっていたことが現実となったのだ。

 しかし、そんなカタリナを突き放すように仮面の人物は短めの刃物をカタリナに向けた。

 

「そいつはもう死んだ」

 

 カタリナの異変と仮面の人物の行動を見たヨゾラはすぐにカタリナと仮面の人物の間に入った。


「えっ」


 カタリナが再び混乱している隙に、仮面の人物が持っていた刃物が目に見えぬ速度でカタリナを庇ったヨゾラの首元に刺さった。


「外したか」


 仮面の人物が再び小刀を取り出しカタリナへ向けた。それが飛んでくるより速くカタリナの前に別の人物が立ちはだかった。

 

「《太陽の盾サンライト・バリア》!」


 半透明な盾を展開したヴィオラがカタリナの前に立ち小刀を防いだのだ。


「何をしているんですの!?」


「え……」


 そう怒った口調で質問するヴィオラにカタリナは戸惑って何も答えられずにいた。その様子を見た武装が破壊される寸前のヨゾラがカタリナを思い切り殴った。武装していたため痛くはなかったがカタリナは訳が分からなかった。


「カタリナちゃんに何があったかは知らないけど、今は戦わないと駄目な気がする」


「でも、あれは……」


 再び仮面の人物が小刀を飛ばすが、これもまたヴィオラの盾で防がれてしまうが仮面の人物は小刀を飛ばし続けた。


「あの人がどういう人か僕は知らない。けど、今は敵だ。もしかしたら、誰かに操られているかもしれないし」


「戦うなら早くしてくださいます!?」

 

 ヴィオラの言葉ではなくヨゾラの言葉でカタリナは気持ちを切り替え、しっかりとした意志で銃口を再び仮面の人物に向けた。


「……まだ、本官が知らない能力による召喚や記憶の抜き取りなら、あれは先輩の意志ではないということになります」


 仮面の人物が放つ小刀でヴィオラの盾にヒビが入る。それを見たヨゾラは最後の力で透明化し身を隠した。カタリナの様子を見たヴィオラは、一応自身とカタリナの間にも盾を張った。


「それなら、大好きな先輩の死を冒涜することになります。そのようなことは本官が決して許しません!」


 壁が破られた瞬間、カタリナは引き金を引き、その弾丸が仮面の人物の眉間に着弾した。


「残念だったな」


 しかし、カタリナの銃弾が当たったはずの仮面の人物は封印もされず鎖で拘束されただけで、それもすぐに破壊されてしまった。


「まるでお前の能力みたいですね」


 すぐさまカタリナは普通の銃弾を五発ほど撃つが急所を外され、どれも致命傷にはならなかった。


「せっかく守って差し上げたのに、なんですのその態度は!」


 再び放たれた小刀をヴィオラの盾が防ぐ。その盾の隙間から銃弾を撃つが、今度は積み上がった瓦礫を遮蔽にされて防がれてしまう。


「片手も有効打も無くなっただけのくせに烏滸おこがましい人ですね」


 ヴィオラは先程のものより遥かに威力の低い光の剣が瓦礫ごと仮面の人物を切り裂こうとするが、放たれた小刀により相殺されてしまう。


「貴女こそわたくしが守れるうちに早く倒してくださいます?」


 小刀を投げる時に体を出す仮面の人物に銃弾を撃つが当たってはいるが急所には当たらず、すぐに瓦礫に身を隠してしまう。


「このまま削り倒したいのですが」


 カタリナは瓦礫から出てくる隙に銃を撃とうとして、出てくる場所を予測して銃口を向ける。


「その前にわたくしの寵愛能力が切れますわね」


 先程よりヴィオラの展開する盾の大きさが小さくなり、最低限の場所しか守ってはいなかった。どうやら、光の剣は相当な量の寵愛能力量を消費するらしい。


「これはなかなか面倒ですね」


 カタリナは思い付いた作戦を仮面の人物に聞こえないようにヴィオラに近づき小声と手ぶりで伝える。ヴィオラは驚きつつもその作戦に乗ることにした。


「本当にやるんですの?」


「もちろんです。少しは頼りにさせてくださいね」


わたくしはいつも頼りになりますわよ」


「勝手に言っててください。《自己封印シールド・ブレイク》」


 カタリナは銃を腰に下げ、代わりに腕に鎖のついた手枷が出現した。

 それを見た仮面の人物は反撃の銃弾が飛んで来ないことを確認したためか先程より多くの小刀を飛ばし始めた。


「ここが正念場ですよ」


「分かってますわ!」


 ヴィオラは正面からの攻撃を守る盾と空中に上を向けてまるで傘のように盾を展開する。それをカタリナは足場にして仮面の人物に上から鎖で殴りかかる。


「死んだとはいえ先輩を殴るのはどうなんだ」

 

 仮面の人物は鎖の攻撃を両手に持った小刀で捌く。が、それで精一杯のようでその場に縫い止められてしまう。


「武装が破壊された後にいくらでも謝りますよ。本当に先輩であるならですけどね!」


 触手のように自在に動く鎖の攻撃は着実に苛烈になっていき、小刀では捌ききれなくなっていた。


「ちっ」「《解除処置シールド・ケア》!」


 透明化しようとする仮面の人物の行動を防ぎ、それによりできた大きな隙に鎖を巻きつかせ拘束する。しかし、抵抗が激しくカタリナも拘束するので手一杯で拳銃を抜く隙がなかった。

 両者が動けない中、自身の光を溜めた剣を振りかぶる影があった。

 

「お見事ですわ」


 そして、カタリナごと仮面の人物を巨大な光の剣が切り裂いた。


 

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