第2話 謎の剣士(裏)


 昨年、ジジイが死んだ。

 俺にとっては『悪魔』のようなジジイが。

 やっとだ。

 俺は自由を手に入れた。

 ジジイは亡くなる直前に、俺に残した言葉がある。

「これから貴久たかひさが『日輪無神流ひのわむしんりゅう』の二十代目当主だ。敗北を知らぬ一子相伝の流派、常に影に隠れ続けた流派だが……。しかし、そのままでよい。これからお前は、次期当主を授かり、『日輪無神流』を継承していかなければならん。よいか? 決して表舞台に立ってはならん。これは我が一族の掟だ。これだけは守らねばならないぞ」

 その言葉を残して、ジジイは死んだ。

 ばあちゃんは泣いていた。

 長年連れ添ってきた、ジジイが亡くなったのだから。

 それからは簡単だった。

 代々『墓』というのは設けず、直ぐに火葬にして、近くの寺に『無縁仏』として引き渡す。

 これが俺の一族、安居院あぐい家のやり方だ。

 ジジイが最後に残した言葉を守る?

 ふざけるな!

 俺は幼い頃に、事故で両親を亡くした。

 父さんが本来二十代目になるはずだったが、これを拒否した。

 ばあちゃんから聞いた話だが、父さんはこの忌まわしき『日輪無神流』を嫌っていたという。

 一子相伝の剣術。

 辿れば戦国時代末期にまで遡る。

 足軽という兵士は、みんな百姓だったりしたという。

 戦がある度に駆り出され、戦い、敗れれば、殺される百姓も多かった。

 そこへ領地への年貢納めが加わると、百姓は死んでも死にきれない。

 そう思った者がいた。これが『日輪無神流』の開祖だ。

 貧乏子沢山とはよく言ったもので、開祖は百姓仕事を長男に任せ、自ら足軽として戦に駆り出され、傷だらけになって帰ってきたという。

 開祖は、


『武功を立てて、百姓から抜け出す』


 という、絵に描いたような餅を吐き捨て、狂ったように戦があれば、どんな戦であろうと赴いた。

 そしてとある武将の配下となる。

 そこで初めて、剣術を目の当たりにした。

 開祖は


『これこそが我々、百姓一族を守る楯となる』


 と考え、一応仕官も務めた様なのだが、心では『百姓の剣術』を日夜考え、ある日仕官を辞めて故郷に戻り、次男に剣術を教え、襲われても負けることのない剣術を代々に伝えていったという。


 それが『日輪無神流』の歴史だ。

 神や仏は信じず、百姓の味方でもあり、敵にもなる天候を崇め、特に太陽を崇めたといわれる。だから『日輪』という名が付いた。

 この流派が生まれてから、『敗北』という歴史は一切無い。

『日輪無神流』は、主に『必中必殺』であり、多勢に無勢であっても、あらゆる急所を狙い、勝ち続けてきた、とも言われている。

 自然を味方に付け、如何いかなる環境であっても、負けてはならない。


 これを、父さんが拒否するのは、当たり前だと思う。

 時代錯誤もはなはだしい。

 だからジジイと父さんは、ある日を境に疎遠となった。

 母さんと出会い、結婚して、俺が生まれた。

 父さんは、幸せな家庭を築くはずだったに違いない。

 だが交通事故で、父さんも、母さんも一緒に亡くなった。

 幼い俺は、ジジイに引き取られる事になった。

 とんだ山奥に居を構え、ハッキリ言って自給自足の様な生活だった。

 お隣さんとの距離も、歩いて二時間。

 バスも、一時間に一本あるか、ないかの停留所。

 学校も、歩いて二時間掛かる場所にあり、小学校と中学校が、校庭内に一緒にあるような場所だった。

 引き取られてすぐ、それは始まった。

『日輪無神流』の次期当主となる為の、修業が始まったのだ。


 ジジイが死んで間もなく、俺は剣道部に入った。

 こんな山奥のド田舎の中学校にも、剣道部がある事に俺は驚いていたが。

 入部早々に昇段試験を受けて、初段を取った。

 ハッキリ言って、とんだ茶番だ。

 俺がジジイに教えられてきたのは、剣術、、であって剣道、、ではない。

 死線を味わったジジイの教えに比べ、何とも体たらくな事。

 これが剣道なのか?

 俺が叩き込まれたのは剣術。

 しかし。

 剣道にだって、何か通ずるものがあってもおかしくないと、その可能性を夢見た俺がバカだった。


 ぬるい。


 ぬるい。


 生ぬるい。


 鍔迫り合いは十五秒以上続くと、注意を受け、それにより押したりして倒れたりなどすれば、相手側が失格。

 剣道と謳っている割には、競技寄り。

 しかも武道としては、まさに中途半端。

 俺は悔しかった。

 ジジイが死んで、俺は剣でしか生き方を知らない。

 だから剣道部に入部した。

 だが何なんだ、剣道というのは。

 昇段試験中にも親が付いて来て、審判や師範達に妙に馴れ馴れしい。

 剣道部で他校との練習試合でも、親が付いて来て、何かと剣道経験者、指導者にやはり馴れ馴れしい態度を使う。


 授業参観じゃねえんだよ。


 対する剣道経験者、指導者はそれだけで満足している様な素振り。

 この現状が、当たり前だというのか?


 ちゃんちゃらおかしい。


 俺が知っている剣道は、こんなはずじゃなかったはずだ。

 改めて分かった。剣道が下火になる理由が。

 だったら、俺が変えてやる。

『日輪無神流』二十代目当主である安居院貴久あぐいたかひさが、直々に剣道を変えてやる。

 いや、潰してやる。

 その第一歩として、地区予選、県大会を勝ち抜いて、全国中学校剣道大会に出場した。

 最初の合戦の狼煙には好都合の大会だ。

 各都道府県、中学生の剣士のてっぺんを決める大会。

 しかし俺は、てっぺんなんか興味はない。

 これは俺と剣道の『合戦』だ。

 最初だけだ。剣道の試合形式、、、、ってやつで戦ってやる。

 だが途中から俺は、好き勝手にやらせてもらう。

『日輪無神流』が剣道を潰してやる。


 準決勝までいくのに簡単すぎて、欠伸あくびが出そうだった。それぐらい退屈な、つまらない試合。

 準決勝。

 この辺が頃合いだろう。

 全中だか何だか知らんが、俺から見たら、お飯事ままごとでもしているのかと思う。俺の味わった修行に比べれば天と地の差だ。圧倒される事もない、即ちたわいもないという事だ。

 準決勝の相手。

 誰だか知らんが、そんな事はどうでもいい。

 これから目にもの見せてくれる。

 俺の目の前に立ったら最後、二度と竹刀が持てない身体にしてやる。

 それぐらいの気合いでのぞまなければ、俺の立てた計画は、意味がなくなってしまう。

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