第57話 血族の想いを背負う少女

 聞こえてきた声に意識を向けると、僕の視界は光の中を移動した。


 真っ白いキャンバスに絵具を無作為に垂らしたような風景が広がった。そのキャンバスに光を放つ一人の少女が立っていた。その少女は茶色のショートカットの髪だった。その少女の光は消えていき、見覚えのある顔が見えてきた。そして、いつもの学校の制服姿になり、手足が認識できた。


「ふう、こんなもんかな、春人はるとも自分の姿イメージして」


「え?」


 僕はその少女に向かって声をかけ、訳も分からず、言われたとおりにイメージした。


 すると、僕の身体は、徐々に手足が認識でき、学校の制服のズボンとYシャツを着た、いつもの姿になった。


「うん、上出来! てか春人やっと見つけた。もう探し回ったじゃない」


 かえでだ。今は病院のベッドで寝ているはずの楓だ。


「楓。もしかして……」


「ストップ! ちょっと待ってて、今は時間がないの」


 楓はそういうと、両手を胸の前で組んだ。


 その瞬間、僕から何かが飛び出した。それは紫色の球体だった。


「一回目!」


 楓はそう叫ぶと、楓から同じく紫色の球体が飛び出した。そしてその球体は僕から出た球体を吸いこんだ。


「ふう、なんとか成功したみたいね」


「楓、今のって……」


 僕は目の前で起こったことを理解できずにいた。


「今のは、春人の『力』の本体よ」


「本体?」


「次の継承者へ向かうところだったみたいね、でも今それを消滅させたわ」


 『力』は継承する。現在の保持者が死んでしまうと、次の血族へと受け継がれる。だが楓は今消滅させたと言った。


「消滅?」


「うん、今あたしが使ったのは健司から継承された『力』、交通事故にあう瞬間に『力』を継承したみたい。それにさっきまで叔母さんと一緒にいたの」


「母さん? 母さんにあったの?」


「うん、すごく心配してたけど、春人が人のために『力』を使ってて、なんだか少し嬉しそうだった。人のために頑張れる人になってくれたってさ」


「そっか……」


 僕はそれを聞いて嬉しかった。


「春人の『力』を消滅させることに失敗したけど、でも消滅させる方法がわかったって言ってた」


「消滅させる方法?」


「うん、『力』は魂に宿って身体に守られる。身体がない今なら『力』の本体を同じ『力』で消滅できるみたい。全部、叔母さん聞いたんだ。春人、もう四回目だったんだね」


「うん、ごめん、楓を治してやることができなかった」


「ううん、結衣ゆいを助けてくれてありがと」


「楓は、もうやっぱり……」


「うん、そうみたい……」


「そっか、僕たち、死んだんだな」


 結局、僕たちは死んでしまった。雪乃ゆきの祐介ゆうすけ、そして家族。僕たちが死んでしまったことによってみんなはどうなるだろうか。


「でもね……」


「ん?」


「さっき、状況が変わったの」


「状況?」


「春人がさっき、ほんの少しだけ残った『力』を使った。その時に願ったことがすべてをひっくり返したの」


「僕がさっき願った……」


 僕が願ったことは、雪乃に幸せになってほしい。でもそれは幻想的な風景を作り出して、不発に終わったと思っていた。


「春人がお願いしたことは、ちゃんと効果があったよ、だからあたしが来ることができたの」


「じゃあ、もしかして……」


「うん、今からあたしの『力』で春人を戻すよ」


「戻れるの? でもまって、楓はどうなるんだ?」


「あたしは……わからない」


「わからない?」


「勘違いしないでね、結衣の幸せの中にはあたしもいるから、でも、あたしにはやることがあるの、このままあたしが身体に戻ることができても、あたしの『力』は消えない、あたしは残りの『力』をつかって『力』を消滅させて、身体に戻らないとあたし達血族は今のままよ」


「そ、そんなことできるのか? もし失敗したら……」


「出来るか分からないし、失敗したら多分あたしは本当に死ぬ……」


「そんな……」


「でも私がこのまま戻っても『力』によってまた同じことを繰り返すわ」


 このまま戻っても僕が苦しんだように、今度は楓が『力』によって苦しむことになる、楓は今、僕たち血族ができなかったことをやろうとしている。


 できればこのまま一緒に戻りたい。だけど楓は自分のやるべきこととしている。僕はそれについては何もできない、ならば僕は楓が全力で挑めるようにしてやるだけだ。


「楓」


「ん?」


「なんて言ったらいいか分からないけど、絶対成功させてくれよ。戻ってからも楓が起きるのを待っているからさ」


「うん、あたりまえじゃない。叔母さんや健司けんじにも言われたんだから、責任重大よ!」


「健司にも会ったのか」


「うん、あ、そういえば例の本、早く燃やしてくれって伝えてって言われたんだけど、例の本って何?」


「え! 燃やしていいの?」


「分かんないけど、健司が言ってたわよ? ね、本って何?」


「いや、それは……秘密……」


 これは健司の名誉のために言うわけにはいかない。


「うーん、まあいいわ、じゃあ戻すわよ」


「うん、楓、絶対戻ってきてな」


「頑張るわ」


 そういうと楓は意識の集中をはじめた。楓の身体は紫色の光を放ち、やがてその光は僕を包みこんだ。光に包まれながら絶対に楓も帰ってくるように、もう『力』は残ってないけど、全力で祈った。



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