第52話 また太陽が輝くように

 静かで、夏だというのにどこか肌寒い。消毒の匂いと張り詰めたように感じる独特の雰囲気。


 僕は今、病室の前の廊下に座っていた。地面から伝わってくる冷たさを感じながら、僕の身体は凍ったように動かすことが出来ず、ただずっと座っていた。


 あの後、かえでは救急車で運ばれた。救急車には一人だけ付き添えるということだったので、僕一人が付き添いで乗った。


「ハル!」


 祐介ゆうすけ雪乃ゆきのが病院に着いた。


柏木かしわぎ君……楓は……」


「意識が……全然もどらなくて……」


「そんな……」


「病室には入れるのか?」


「今、楓の父さんと母さんが中にいる。家族以外は入れないって」


 僕のその言葉を最後に、祐介も、雪乃も黙り込んでしまった。


 地べたに座っている僕の隣に雪乃が座って、その反対側に祐介が座った。三人で身を寄せ合うようにして座った。不安が僕を襲っていた。ずっと小さいころから一緒にいた楓。幼馴染で、親戚で、頭が良くて、けどツッコミが下手で、でもいつも太陽のように輝いて、明るかった。


 三人とも、それぞれの不安に押し潰されそうになっていた。


「楓……」


 雪乃がすすり泣くように声を出した。


「雪乃……」


「ご、ごめん」


 謝ることなんてない。その言葉を言おうとしたけど、うまく声に出せなかった。


 しばらくの時間、そうしていると足音が聞こえてきた。その足音は、僕らの方へと向かって来ていた。


 足音が僕らのすぐ近くで止まった。


「先生……」


 祐介が足音が止まった方を向いて言った。


「みんな……」


 声の方向に視線を向けると、日野先生が立っていた。その表情はいつもの笑顔が消えていて、真剣な顔に不安が入り混じっていた。


「先生、楓が」


 雪乃が震えた声で言った。


「柏木君から、電話で大体の事情は聞きました。辛いでしょうが今日は送っていきますので帰りましょう」


「先生、僕もう少しここに――」


「柏木君、それに桜井君と雪乃さんも今日は色々あって疲れているでしょう。今は病室へは入れません。あなたたちも入れるようになった時に親御さんを少し休ませてあげてください。そのためにも今は帰って休んでください」


「でもよ……先生、俺たちがいない間に、早坂が……」


「桜井君、早坂さんを信じましょう。みなさんも辛いでしょうが、早坂さんが起きた時にみなさんが疲れた顔してたのでは早坂さんが心配しますよ」


 日野先生の声は静かで、僕たちを優しく諭すような口調で言った。


「祐介、雪乃、今日はいったん帰ろう、そして明日また来よう、楓の父さんと母さんに言ってみんなで交代で看病するようにしようよ」


「うん、私もそれがいいと思う」


「……わかった、俺たちも入れるようになったら、最初に俺に看病させてくれないか?」


「わかった。楓の父さんと母さんに、僕からもお願いしてみるよ」


 僕たちは日野先生に送られてそれぞれの家に帰った。


 家に着くと、父さんと夏樹にも連絡をしていたため色々聞かれた。運ばれた病院、楓の容態、現状のことしか言うことができなかった。


 風呂から上がって、カーテンを少し開け、部屋の電気を全部消してベットに横になった。


 だいぶ早いヒグラシの声が、僕の不安を掻き立てた。月は無く、星光が部屋を照らした。


 外の星を眺めていると、強い眠気が襲ってきた。眠れないかと思った。だけど、眠気というものは制御できないようで、思いのほかすぐに眠りにつくことができそうだった。


 ただ。 


 ――力を使え――


 僕の中であの声が響いていた。力を使って楓を……。だけど僕はあと一回使うと……。


 この答えはすぐには出せなかった。

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