第50話 はじめてのキスはお肉の味? ヤンデレもいいかも

 熱い……。


 僕の目の前に広がるのは、赤く熱された炭だ。


 祐介ゆうすけが炭に簡単に火をつける方法をスマートフォンで検索してくれて、その通りに火をつけたら簡単に火が付いた。しかし、炭を入れすぎたせいで絶賛強火だ。


 他のバーベキュー客の場所から広がってくる肉や海産物の香りが食欲を刺激する。


「ねえねえ、最初に焼くのは脂を多く含むお肉がいいって書いてるわよ」


 かえでが焼き肉のタレを入れた深めの紙皿と割りばしを持ちながら言った。もう焼くのは人に任せて、自分は食べる担当をアピールしていた。自分で焼いてくれ、こっちは炭の強火で大変なんだ……暗黒物質ダークマター……やっぱ僕が焼こう……。


 暗黒物質ダークマターというのは、ギャグ系の物語で、料理ができないヒロインなんかが料理をすると度々出来上がる。しかし、それは物語の中の出来事だが、楓は本当に作り出しそうで怖い。


 雪乃ゆきのはまだ野菜を切ってくれていて、祐介は買ってきた食材を律儀に並べていた。


「よし、じゃあ先に牛バラを焼こう」


 コンロに網を敷いて、途中のスーパーで買ってきた牛バラを網の上にどんどん載せていく……徐々に焼ける肉の香ばしい匂いが一面に広がっていった。


「んー、いい匂い」楓が焼きあがるの今か今かと待ちわびながら、立ち上る肉の香りを楽しんでいた。


 僕が肉をどんどん裏返していくと、肉の脂が炭に落ち、ジュっと音を立て、そのたびに香ばしい香りが広がる。


 そして、ぼうっという音をたてて炎が上がった。


「あちち!」


「わっわっ! 火が!」


 僕と楓は声をあげた。


「ハル! いったん皿に肉を!」


 祐介ゆうすけが大き目の皿を僕へと差し出し、自分もトングを握った。僕と祐介で炎に直接炙られ続ける牛バラを取り出した。


「大丈夫?」


 と雪乃が言いながら紙の大皿に載せた野菜を持って来た。


「う、うん、とりあえず牛バラ焼けたかな」


「とりあえず食べてみようぜ」


 僕に続き、祐介が言った。


「結衣もお疲れ、みんなで食べよう」


「うん!」


 みんなで焼けた牛バラを食べてみることにした。見た目はやや焼きすぎた感じがするが、悪くない。というかお腹がすいて今なら焦げた肉でもおいしく感じそうだ。


「いただきます」


 僕は肉をタレに少しつけて口に運んだ。すると肉を焼きすぎたと思ったところがいい感じにサクサクとしていて、肉の味が凝縮されていた。噛めば噛むほど肉の旨味が広がっていく。そして牛バラといえば脂だが、余計な脂が炭に落ちたせいか、ちょうどいい量の脂が肉を包んでいた。


「うめー!」


 祐介が声をあげた。


「おいしいー!」


 雪乃と楓が互いに顔を見合わせて言った。


「どんどん焼こう!」


「野菜もどこかで焼いて、あまり火が強くないところで」


 楓、雪乃と僕に向かって言った。いつの間にか僕が焼き担当になっていた、まあいいけど。


 そのあとも肉や野菜を焼いて、僕たちはバーベキューを楽しんだ。途中であの声も聞こえていたけど、なんとか気を取られることなく折り合いをつけることができた。


 バーベキューを楽しんでいると、ある人物が僕らの前に姿を見せた。


「あれ? お兄ちゃん達もバーベキューしてるの?」


 その声は聞き覚えのある声だった。


 声がした方に顔を向けると、小学校中学年くらいの女の子が、老婦人と一緒に立っていた。


「あれ? かなちゃんじゃん」


 楓が女の子に向かって言った。


「かなちゃん久しぶりだね」


 雪乃が言う。


「お姉ちゃん達も久しぶりだね」


 このかなちゃんと呼ばれた女の子は、先日雪乃、楓と僕、そして日野先生と野外ボランティアに行った時に知り合った女の子だ。そして……。


 そのボランティアでかなちゃんが行方不明になり、僕は『力』を使った。その結果見つけることができたが、その時のかなちゃんは増水した川の近くで気を失っていたらしい。


「先日は、本当にありがとうございました」


 かなちゃんと一緒に立っていた老婦人が僕に向かって言った。その老婦人も野外ボランティアに来ていて。どうやら『力』のことは知っているようだ。


「あ……いえ……」


 僕はお礼とか言われるのを慣れておらず、どう返したらいいかわからなかった。


「あ、そうそう、ちょっと待っててくださいね」


 そういうと老婦人は歩いて行った。


「かなちゃん、足はもう大丈夫?」


 雪乃がかなちゃんに向かって言った。


「うん、まだ湿布は貼ってるけど、もう少しでしなくていいってお医者さんも言ってた。走るのはまだダメだけど、歩くことだったら大丈夫だよ」


 かなちゃんの足には湿布を固定する程度の包帯が巻かれていた。


「あれから、おばあちゃんに聞いたんだけど、お兄ちゃんたちが助けてくれたって聞いたの、本当にありがとう」


 かなちゃんはそういうと笑顔になった。


「うん、かなちゃんが元気でよかった」


 僕は返した。そしてかなちゃんは続けて言った。


「もし、かなが大人になってもお兄ちゃんが結婚してなかったら、かなが結婚してあげるね」


「え!」


 僕は思ってもみない言葉をいわれて少し驚いた。


「お兄ちゃん少ししゃがんでよ」


「え、な、なにかな……」


 驚きのあまり、勢いで言われたとおりに僕はしゃがんだ。その瞬間、かなちゃんは僕の顔に自分の顔を近づけた。そして。


「んー、お兄ちゃん、お肉の味する」


 ……僕は完全に固まってしまった。


「な、な、なあ!」


 楓が突然声をあげた。


「な、な、なななななななななななな」


 続けて雪乃も声をあげる。


「ハル、やるな!」


 祐介がそんなことを言った。


「んー、初めてのキスはお肉の味?」


 かなちゃんはそんなことをつぶやき、そして。


「お姉ちゃん達のどっちがお兄ちゃんの彼女?」


 ……事をなした後でそれを聞くのか……。


「ぷ、くっ、ははは! 修羅場だ!」


 裕介が笑い出した。


「かかかなちゃんわわわわわわたしたちは柏木君のかかかか彼女じゃなくて、ね! 楓」


 雪乃が変な動揺を始め、楓に振った。


「そ、そうそう! 一緒にお風呂に入って、一緒に寝ただけ!」


 楓は何故かそんな説明をした。


「お姉ちゃん、それって不純異性交遊って言うんだよ」


 かなちゃんの言葉に楓は両ひざと両手を地面についた。


「え、それってどういうこと?」


 祐介が僕に聞いてきた。


「小さい頃の話だ、楓とは親戚だからな」


「ああ、そういうこと」


 祐介はすぐ理解したようだ。というかこれは理解してもらわないとちょっと困る。


「お待たせしました。あの、どうしたんですか?」


 先ほどの老婦人が大皿を持って声をかけてきた。


「お姉ちゃんがふじゅんいせ――」


「だぁ、かなちゃん違うからね!」


 楓はかなちゃんの口を塞いで言った。


「かなと遊んでいただいたみたいで」


 そういうと、老婦人はお淑やかに笑った。そして持っていた大皿を僕たちのテーブルに置いた。


「先日のお礼がまだできていなかったので、今回はほんの少しだけさせてください」


「おお! うまそう! って、俺もいいのかな?」


 祐介が老婦人に向かって言った。


「ええ、遠慮せずにどうぞ、これも何かのご縁ですから」


「ありがとうございます!」


 祐介はそういうと大皿を眺めた。


 その大皿には、海産物が載せられていた。


 ホタテ、サザエ、エビ等が載せられ……アワビまである。


「これ、本当に頂いていいんですか?」


「ええ、私たちでは食べきれなくなってしまったので、かな、私たちは戻ろうか」


「うん、お兄ちゃんたちまたね! お兄ちゃん、彼女ができなくても安心してね、私がなってあげるから」


「なんの話?」


「ないしょー!」


 そんな会話をしながら、かなちゃんと老婦人は自分たちのところへ戻っていった。


「いやー……かなちゃんに気に入られてると思ってたけど、ここまでとはねぇ、もう春人にデレデレじゃん」


 楓がそんなことを言った。


「楓、かなちゃんてさ、ヤンチャなんだってさ」


「うん? なんかどこかで聞いたような」


「ヤンデレも、いいかもな」


「ヤンデレってそういう意味じゃないから! てか何で新たな扉開いてるのよ!」


 どこか既視感があるやりとりをしていると、雪乃が焼けた野菜を皿に載せていた。もらった海産物を焼く場所を作ってくれているようだ。


「柏木君……これ食べて」


 雪乃は大量の野菜を載せた皿を僕に渡した。


「え、え?」


 雪乃は野菜を載せた皿を僕に手渡すと、もらった海産物を焼き始めた。僕は玉ねぎを口に運んだ。……少し生だわ……。


 かなちゃんは、僕が『力』を使わなかったら、今はどうなっていたかわからない。でも今日のかなちゃんの笑顔をみたら、あの時『力』を使ったことは間違いじゃなかったと実感できた。


 雪乃のことだって、あの時『力』を使わなかったら、多分こうやって四人で遊んでいることはなかったのかもしれない。なんか今、雪乃が一瞬怖かったけど……。


 僕は今日のみんなの笑顔をきっと忘れない。


 ――力を使え――


 声が聞こえても、みんなの笑顔を思い出せばきっと、前に進んでいけるはずだ。




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