第27話 空を見る彼女の視界にはどれくらい僕が映っているだろうか

 次の日の昼休み、いつものように学校の屋上で本を読んでいた。今日も気温が落ち着いていて、集中して読める気温だ。しかし、今日は空が曇っていて、帰るころには一雨来るのではないだろうか。


 読書に集中できずにそんなことを考えながら、空を見上げていた。


 集中できない理由はわかっている。昨日、かえでが後で話すと言っていたが、まだ話されていない。頭を整理したいとも言われたが、それが終わるのはいつなのだろうか。


 本に集中できないのもいつぶりか、何か心配事があった時でも、本を読むときだけは集中できたのに、今日に限ってできない。本を読むことは僕にとって、唯一の趣味であり、逃避先でもあった。


 頭に思い浮かぶのは、雪乃ゆきのの顔で、その顔に笑顔はなかった。どんな顔で笑うのだろうかと、そのことで頭がいっぱいになる。


 これが恋なのか、笑顔を見せない雪乃への好奇心なのか。はたまた同情なのか、今の僕にはいまいちはっきりとしなかった。


 ただ言えるのは僕の中で彼女は、ただの学校でクラスが一緒なだけの女子ではなく、何かしら特別な。楓とはまた違う、唯一の存在となっていることは確かなようだ。


 僕は屋上の一段上がったアスファルトに座ったまま、屋上からの街を見下みおろした。


 いつもの風景がより鮮明に、色濃く映り、空は曇っているがどこか清々しく映っていた。この街、こんな姿をしていただろうか? と感じる。それと同時に、今の僕はいつもと同じ自分なのだろうかと何故か不思議に感じた。どこか現実感がなく、もう一人の僕が冷静に僕を見つめているような感覚。


 そのような思考にふけっていると、雪乃が屋上へやってきて、僕のほうへと歩いてきた。


「昨日は、ありがと」


 雪乃は僕の目の前で立ち止まり言った。


「ん? あ、いや、こっちもおいしかったよ。ありがと」


「お弁当のことじゃないわよ、昨日、啓介けいすけがコーヒー牛乳もらったって言ってたから」


「え、ああ、そっちか」


 昨日のことは内緒だと思っていたから、内心少し焦った。


「楓に来ちゃダメだって言ったのに」


 そういいながら雪乃は僕の隣に腰をおろした。


「怒ってる?」僕は聞いた。


 楓が雪乃のことを心配する顔が思い浮かんだ。楓は雪乃のことを本当に心配していたのに、このことで二人がぎくしゃくしてしまったりしたら。


「怒っていないわ、だけど、もう……」


 雪乃は言葉をにごすように途中で消した。


 僕にはわからない。彼女がなぜそんなことをいうのか。雪乃の弟も同じことを言う。ただ、わかることは二人とも、何かを隠すように、人に気を遣わせまいとして生きている。自分たちの笑顔も忘れて。


 沈黙が流れた。何か言葉を届けないと、彼女はどこかへ。手のひらに落ちた一つの雪結晶のように。


「アルバイトは、いつもやってるの?」


 自分が嫌になる。なにか声をかけようとし、出た言葉がこれだった。


「うん、大体毎日」


 彼女は、そんな僕の言葉にも丁寧に答えてくれた。


「毎日って大変じゃない?」


「大丈夫、欲しいものがあるから」


 そういうと、彼女の視線は、学校の屋上の地面から、この街を眺めるようにゆっくりと少し上に移動した。


「何が欲しいの?」


 そして彼女の視線は空へと移った。


「とても大事なもの」


 彼女はそんな言葉を口にした。彼女の目には、今、何が映っているのだろうか。何を思って空を見上げているのか。そして、僕はそんな彼女の視界に、どれくらい入っているのだろうか。




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