第14話 『力』の行使

僕らは雨の降る中、管理棟の外へ出た。そして僕は深呼吸して集中した。


かえで、『力』って、もしかして」


結衣ゆいは、不思議な力を持つ血族の話って聞いたことある?」


「少しだけ、でも本当の話だと思わなかった」


「知る人ぞ知る都市伝説みたいになっているからね。あたしも話さなかったし……。その昔、不思議な現象を起こす者がいたの、みんなはその者を神と呼んだ。そしてその神と呼ばれた者は人間とのあいだに子供をつくった。そしてその子供もまた。そうやって神の血は時代が進むにつれて薄まっていったの。そして同時に不思議な力を使える人も少なくなっていった。だけどたまにその力を持って生まれてくる人間がいるの」


「それが、柏木かしわぎ君?」


「そう、だけどその『力』は、神の血が薄い人間の身体には負担が大きすぎたの」


「それって……」


「そう、使いすぎると死んじゃうってこと」


「そんな……楓は? 血族って」


「あたしは、血族だけど『力』は持ってないわ、それだけは持ってなくて運がよかったのかもね、『力』なんて……よ」


 僕は集中を解いて三人に声をかけた。


「三人とも、今から『力』を使うけど、正直いって何が起こるのかわからないから、もし僕が動けなくなったら――」


「わかってるわ! こうなったら全力でサポートするわよ!」


「うん、私も」


 僕の声に、楓、雪乃ゆきのと返答をする。日野先生は心配そうに僕を見ている。


 僕はもう一度深呼吸をして、手のひらを空に向けて前に差しだす。降り注ぐ雨が髪をつたい頬、そして首へと流れる。手のひらで雨粒を受け止めながら僕は意識を心の奥底へと集中する。『力』は使ったことはない。だけどなんとなくやり方がわかる。きっと血筋にきざまれた記憶がそうさせているのだと思う。心の奥底、魂の奥に滞留たいりゅうする『力』の根源こんげんに意識を接続し、この世界との通路を開通させる。うん、思ったよりも簡単だ。そしてその通路を少しずつこじ開けるように広げる。そして僕の手のひらが終着点となるようにイメージを想像する。


 『力』が流れてくるのを感じる。そして身体中を伝い、手のひらで収束していくのを感じる。


 自然が共鳴するかのように、僕を中心として渦を巻き、突風が駆け抜ける。それは待ちわびた者の帰還きかんに歓喜の声をあげるように。


「『力』が強まってきてます」日野先生が声をあげた。


「ねえこれ! 大丈夫なの!?」たまらず楓も声をあげたようだ。


「っ!」雪乃も突然の風に思わず声を漏らした。


 風が僕を囲み、膨大な『力』がうなりを上げる。しかし、激しい頭痛が僕を襲った。


「が! あたまが……」


春人はると!?」


 その頭痛は頭の内部からハンマーで激しく叩かれているような。何かを激しく知らせてくるような警告のような痛みだ。これが代償だろうか。だけどここでやめるわけにはいかない。


「だ、大丈夫!」


 僕は激しい痛みに耐え、残りの『力』を一気に解放した。




 頭痛と突風が急速に収まった。そして僕の手のひらに紫色に光る球体が浮かんでいた。


「こ、これは?」雪乃の声がした。


「わかりません。だけど、ものすごい『力』を感じます」日野先生が答えた。


 そして紫色に光る球体から一筋の光が、山のある地点を指し示した。そこはこのキャンプ場の敷地外だった。


「この先にかなちゃんが?」


「多分、そうだと思います」


 日野先生の問いかけに僕は答える。


「ち、地図です! 光が指しているうちに場所をメモしないと! 柏木君、その光はどのくらいもちそうですか!?」


 僕は先ほどの激しい頭痛の影響か、少しだけ眩暈を感じていた。


「わ、わかりません、だけど『力』が吸い取られているとか、そういうのはないみたいです」


 管理棟の受付の人が地図とペンとコンパスを持ってきてくれた。先生はその地図に光の方向をメモすると、よし、とうなずいた。


「では、わたしは今からこの光がさす場所へ行ってみます」


「結衣」


「うん」


 雪乃と楓は互いに目を合わせると息を合わせたように同時にうなずく、そして。


「先生!」


「私たちも行きます」


 二人は息を合わせたように同行を申し出た。二人の目には強い意志が宿っていた。


「夜の捜索は危険です。二人は――」


「先生! あたしは春人を全力でサポートするって決めたんです」


「私も、それに人数は多いほうがいいと思います。もし、かなちゃんが怪我をしていたら、背負って戻ってくることになると思います」


 日野先生は二人の気迫に圧倒されたように顔をゆがめた。


「はあ……。わかりました。二人にも同行してもらいます。ただ、無理は禁物ですよ」


 そして二人の意志を感じ取ったのかあっさりと承諾した。


「あの、私も同行します。私は登山が趣味で、たまに救助ボランティアも参加してます。何かしらお手伝いができると思います。それにその子のいうとおり、帰りはあの子を担ぐことになるかもしれません。人数は多いほうがいいと思います」


 管理棟の受付の人が申し出てきた。


「助かります。よろしくお願いします」


 日野先生たちは準備を済ませると、光が示す場所に向かっていった。僕はというと、僕が移動すると光も移動するため、行きはいいが帰り道がわからなくなるという理由から、僕は残ることになった。地図にメモはしたけど、視覚的に戻る場所がわかるというのは精神的にも楽だということのようだ。みんなが戻るまで光を維持したいところだけど、正直いうと制御の仕方がわからない。


 僕は管理棟の外で傘を差しながら光がさす方向を見ていた。たまに懐中電灯の光が山の中で光る。みんなの現在地がそれでなんとなくわかった。その光は確実に光が指す場所に近づいていて。懐中電灯の光を見るたびに安心感が込み上げてくる。雪乃や楓たちが頑張っているのに、僕はここで待つしかないというのが何とも歯がゆい。


「柏木さん」


 僕は声がする方向へ振り返ると、老婦人が立っていた。この老婦人はかなちゃんの祖母で、先ほどまでは酷く狼狽ろうばいしてたが今は落ち着いている。


「柏木さん、この度はなんとお礼を言ったらいいか……」


「いえ、お礼なんて、僕がやりたくてやったことですから」


「すみません……ありがとうございます……」


 老婦人は同じ言葉を何回も繰り返した。たぶんこの人は『力』がどのようなものなのかを知っている。


 この『力』を行使するということは神様の力を使うということ。そしてどんな代償があるのか。


 ちゃんと知っている人は少ないけれど、不思議な力を持った『血族』の話は都市伝説のように、今も密かに語り継がれている。


「……あ……その代わり」


 僕はあることを思いついて、老婦人にお願いをした。


「このことは誰にもいわないで秘密にしておいてもらえませんか? 『力』を使って解決とか、そんなことニュースとかになったら大変だし、目立つのは嫌いだし、秘密にしておきたいんです」


 ニュースなんかで話題になったらすぐ父さんや夏樹にばれてしまう。僕じゃなく違う人じゃない? なんて嘘ついても無理があるだろう。それに当の本人たちにさえ黙っててもらえれば誰が話しても何とかなりそうだ。


「ありがとうございます。絶対に秘密にします」


 老婦人は深く頭を下げた。僕は誰かに頭を下げられた経験なんかないので、こんな時どうすればいいかわからないし、なんだか居心地も悪い。


「頭、あげてくださいよ」


 僕はそんなふうに答えることしかできなかった。



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