大賢者とヒドラ

 その夜、屋敷の中の水晶球が点滅した。


「御主人、災害級魔獣を観測、距離約1000なのだ」


 どこかのクルーの用に、エリザが言う。


「エリザさん、度量衡の単位がないので正確な距離が分からないのですが……」


「御主人、度量衡とはなんなんのだ」


 エリザには後でSi単位系をたたき込まなければならない。ヤードポンド法は絶対駄目だ。あれは滅ぶべきだアルフォードは心の中で誓った。


「きゃあ、怖いです」


 カチュアがドサクサに紛れてしがみついている。そもそもお前は、全く怖がってないだろ。ワンテンポどころか明らかに10秒ぐらい行動が遅い。このイかれたメイドは取りあえず放置することにした。


「エリザ、どのような魔獣か分かるか」


「暗いので夜目を発動します。どうやら多頭の大蛇の様です。こちらに真っ直ぐ進んでいます」


 猫人の形質を持つエリザは夜目を持っており、夜目を発動すると暗闇の中も暗視することが可能になる。その代わり猫耳がピコピコ動いて、尻尾がクルクルと動くのだ。


「——とするとヒドラか」


 ヒドラは攻撃力だけではなく再生能力も高く、頭を切ってもすぐ再生してしまう。さらには毒の息を吐く可能性があり接近して戦う相手ではない。ヒドラを倒すには完全に再生できなくなるまで切り刻むか、頭を全て同時に切り落としてから心臓部を破壊するしかないと言われている。しかし、ヒドラだけ送り込んでくるとは変なところだけ律儀だな。


「放置しても良いのだが、倒さないとそのまま王国まで侵攻しそうだな。それはそれで面倒そうだな。魔王の野郎、陰湿にもほどがある」


「こちらに災害級が来ていると言うのに平然としてますね」


「いざとなれば屋敷ごと放棄して別の場所にひっこせば良いからな。菜園さえ守れればいいわけだし。その間、お前達二人には時間稼ぎしてもらうけどな」


「奴隷二人は、使い捨てですか。流石御主人様です。そんなところも素敵です」


「あのな奴隷にしたつもりは無いし、勝手に着いてきたのはお前らだろう。雇用契約も切れているだろ。いい加減自分のケツぐらい自分でふけるようになれ」


「少女に向かってケツ呼ばわりとか変態ですね。御主人様」


「さすが御主人」


 やはり、この二人がいると調子が狂う。アルフォードは頭を切り替えた。いざとなれば捨てて逃げれば良いから取りあえずテンプレ的なあの手段を使うか。アルフォードを樽を用意してゴーレムを使役するとヒドラの来る方向に並べることにした。


「これは何でしょうか?」


「ちょっとした細工だよ。まぁテンプレすぎてうまく行くとは思えないのだが」


 ……


「エリザはそのまま水晶玉を観測、カチュアはそのまま、そこで体育座りだ」


「最近私の扱いが酷すぎませんか、あの日あれだけ愛しあったと言うのに……」


「勝手に記憶を捏造するな」


「そろそろヒドラが樽に突っ込んできます。あ、そのまま樽に頭を突っ込んでいます」


 水晶球が映し出すスクリーンをみるとヒドラは、そのまま樽の中に首を突っ込み中にある液体を飲み干していた。見事に作戦にかかったようだ。中に入っているのは99%エタノール水溶液。蒸留酒の一種だ。これだけ強い酒を飲めばヒドラもイチコロだろ。これはヤマタノオロチの逸話から思いついた、酒に酔わせて後ろからバッサリ作戦だ。よくある大物殺しの手法である。日本武尊も使っている。流石に酒を飲ませる代わりに女装したのは北欧神話のトールぐらいだろうが。


 ヒドラは酒を飲み干すと酔っ払いの様な動作を始めた。そうするとぐったりするどころか更に素早くこちらに向かってきた。城壁まで飛んできそうな感じだ。どうやらエタノールはヒドラに取って滋養強壮の薬だったようだ。


「あれ、酔い潰れたところを首を切り落とす予定だったのに、逆に凶暴化している。どうしよう……」


 作戦はあっけなく失敗に終わった。アルフォードからは乾いた笑いしか出てこない。


「さすが御主人様、しまりませんね」


 カチュア、お前に言われたくはないわと言いたくなったがぐっとこらえる。撤退も継戦するにもここからが正念場になる。


「そんなこともあろうかと、策は練ってある。ここからプランBに切り替えだ」


 プランB、それは落とし穴作戦だ。実は地下道を掘るとき、川の東側に拾い地下空洞を作っていた。将来的には地下農場を作るつもりなのだ。しかしヒドラほどの重量物が載ると地盤が崩れて崩落するだろう。そこにヒドラをおびき寄せるのだ。なぜわざわざ地下農場を作るのかだと?マ○ンク○フトをやっていれば一度は作るだろ地下農場。そう地下農場にはロマンが詰まっている。


 アルフォードはゴーレムコア二個を取り出し、アースゴーレムを二体精製した。それに飛行魔法を付与してヒドラの近くまで誘導した。それから水晶球をのぞき、ヒドラの手前に飛び出させる。


 驚いたヒドラはアースゴレームを威嚇し、複数あるクビをもたげて攻撃を試みる。このアースゴーレムでヒドラを倒せるとは思わない。武器は鉄パイプだ。打撃力はあるが分厚い肉に阻まれダメージを与えられない。そしてその部分もすぐ再生してしまう。何度か鉄パイプで殴りつけたもの、すぐ劣勢になってしまう。


「まぁ、御主人様の反射神経だとそれが限界ですよね」


 カチュアが後ろでうるさい。黙って体育座りしていろ。そこまで言うなら、カチュアに動かせるゴーレムを作ってこき使ってやる。そのうち。ゴーレムコアっは開発に時間がかかるからな。今はまだ無理だ。


 ヒドラに攻撃を与える事が難しくなり回避するのが限界になってきた。もっともアースゴーレム。ヒドラの攻撃が当たっても近くの土を補充してやれば十分動作可能。ゴーレムコアさえ破壊されないように立ち回れば良いのだ。しかし、あまり攻撃を受けすぎるとこちらの魔力がじり貧になる。


 そもそも目的はアースゴーレムでヒドラを倒す事ではない。蟻で象を倒す様な者だ。いや、この世界の蟻なら十分可能なのでこの例えは不適切だった。ヒドラを空洞の上まで誘導するのが目的だ。そのためヒット・アンド・アウェイを徹底して繰り返すことにした。鉄パイプを振り回しヒドラの頭に一撃加えると数メートル交代を繰り返す。頭が沢山あるので当てるのは容易い。問題は、どれもダメージを与えられていない点なのだが。


 そのまま、ヒット・アンド・アウェイを繰り返しアースゴーレムは動地下空洞の上まで後退した。


「もう少しだ」


 しかし、ヒドラは次の瞬間、アースゴーレムを無視して、地下空洞を避けて北上した。


「まさか、あの落とし穴を見切っただと……」


 そしてヒドラは地下空洞を器用にさけると西に方向転換し更に加速してこちらにやってきた。川を越えるともう城壁だ。


「御主人様、攻撃魔法は使えないのですよね。もう、さくっと逃げましょう」


「こんどは、随分軽いな」


 カチュアは、黙ってみてられないのか。猿ぐつわでも噛ませておこうか——などと思っている内にヒドラは、首をもたげると一気に川を渡ろうとした——が、そこで一旦停止した。


「ヒドラ、川上で停止してます」


 エリザがナビゲーターの様に言う。


「あそこ、何かあったかな……。ああ網の回収わすれてたわ」


 川上から流した木材を回収するために網をはっていたのが、それにひかっかったようだ。ヒドラはそこから出ようとしたがもがけばもがくほど網が絡み付き、動きを束縛していく。


「うっかり投網に引っかかるとは敵も抜けてますね。——というか御主人様、投網は回収しましょうよ。生態系とやらに影響がでたらどうするのですか」


「うっかりではなく、これも作戦の一つだ」


 アルフォードはそう言い張ることにした。さてここから逆転の一手を打つことにしよう。手練れの剣士ならそこから見事な剣さばきでヒドラを切り刻むのだろう。一流の魔法使いなら火属性の上級魔法をぶっ放し、一気に燃やし尽くすのだろう。しかし、アルフォードは剣さばきどころか持ち上げるの精一杯で、攻撃魔法などは何も使えない。そのためここからどうするかを考えなければならなかった。


「水車を逆回転」


 そういうと水車が逆回転する。水車は逆回転を始めるとその速度を加速させ、下流の水をくみ上げ、上流に流し込む。上流に立てた塩小屋が崩壊して川に流れ落ちていく。その間にゴーレムを下流から回収していく。


「一体、何をやっているのですか?」


 ストーン・ゴーレムが川の中で踊りらしきもを踊っているのをカチュアを見て言う。


「ちょっとした細工だ」と切り返すアルフォード「まぁ、みておけ。スティールゴーレム出撃」


 ミスリル鋼ゴーレム1体と太い銅線をまいたスティールゴーレム四体を出撃させる。そういえば、ゴーレムで銅線を巻き取ったまま放置していたのを忘れていたわ。


「御主人様、いかにミスリル鋼ゴーレムでもヒドラと相対するには力不足かと」


「時間稼ぎぐらいにはなるだろ」


 隠蔽魔法をかけてゴーレムを川の上流に移動させる。中央にミスリル鋼ゴーレムを配置し、左右にゴーレムを配置する。なぜか左右のゴーレムには銅線が巻き付けられていた。何かの実験で巻き付けたはずだがアルフォードは先程まで失念していたのを思い出したのだ。


「御主人、スティールゴーレムを、ミスリル鋼ゴーレムにうかつに近づけるとまたひっつくのでは?」


「いや、磁化していないから大丈夫だが」


 アルフォードはそこで、むしろ磁化した方が良いだろうと思い、ミスリル鋼ゴーレムに磁化の魔法を飛ばす。


「スティールゴーレムは、その場で踏ん張れ、ミスリル鋼ゴーレムはその場で超高速で回転だ。目指せ秒速100万回転。時空加速スペースタイムヘイスト


 時空加速は時属性の超級魔法だ。時間を限界まで加速することで高速運動を可能にする魔法。時間の流れが数百倍から数万倍まで引き上げれば常人はずれた動きが可能になる。その代わり寿命を引き換えにする。魔力をつぎ込めば1秒間で1年分の高速運動をさせることも可能だが、1秒で1年老化することを意味する。気がつかないうちに人に使えば100秒放置するだけで、死に至らしめる外道魔法になりうる。実際は100秒も必要無い。一週間分ぐらい加速すれば餓死するからだ。速度を七倍にしたら食事も七倍にして取らないと行けないのがこの魔法だ。まぁそもそも他人にかけるとレジストされて効果が生じないのだ。それゆえこの魔法は無生物に用いる。先に使った風化などもこの魔法で代替可能だ。10億年分も進ませれば岩石も風化可能。魔力の無駄なので俺はやらないが、恐らく神とか名乗る超高次生命体がこの大地を作る時、この魔法をつかった可能性が高い。その理由は、この世界が精々1万年前にしか遡れないのにも関わらず岩石年齢があまりに古すぎるからだ。つまり創世したときに大地を億年単位で加速させていた可能性が想定できる。まぁ、この仮説は、神が超高次生命体なのが前提だ。


 ミスリル鋼ゴーレムが超高速回転するとスティールゴーレムが赤く光りかりだし、川の水面が沸き立っていく。それと同時にヒドラがもだえ苦しむ。


「御主人様、何が起きているのですか?不思議な踊りを踊っているだけでヒドラが苦しんでいるのですが?」


「カチュアは正座な。それから少し黙ってような」


 ヒドラがもだえ苦しんでいる理由は、ゴーレム発電機が川に高圧電流を流し込んでいるからだ。そして川に溶け込んだ塩は下流の魔法陣により制御されており、それは高圧電流の様に機能していた。


「ところで御主人様、これは何と言うプレイでしょうか?」


 カチュアはやっぱり緊張感がなさ過ぎない?エリザなんか緊張して尻尾を立てていると言うのに。こんなおかしな子に育てた覚えはない。そうこうしているうちにヒドラが激しくもだえ始めた。だが網が体中に絡み付き思うように身体が動かない様だ。


「よし決まった。そのまま回転を維持、残り二体はヒドラを妨害しろ」


 もだえるヒドラは方向を変え網を引きずりながらゴーレムの方向へ向かおうとした。すると地面に刺した杭が引き抜けそうになっていた。その手前を二体のゴーレムで阻んだ。ゴーレムを素早く動かすとヒドラの頭を鉄パイプで殴りつけて一歩引いた。やはり二体だと足りないか。しかし、同時に動かせるゴーレムの台数にも限度がある。二体は置物で、一体は、回転させているだけなので、実質動かしているのは二体だけなのだが、回転しているゴーレムは、時間を早めているので、それだけで魔力を吸い取られる。予備動力に詰め込んだ魔石は既に枯渇しており、俺の魔力だけで動作している状態。いくらこの俺が膨大な魔力持ちとはいえ、流石に苦しい。だがもう少しでヒドラは倒れるはずだ。その証拠にヒドラは既に再生が追いつかず、身体のあちこちが焼け焦げて皮膚が爛れ落ちていた。


 ヒドラの頭が鉄パイプで水にたたき込まれる度に反射的にノックバックしていく。十分、時間稼ぎは出来ているようだ。ヒドラの別の残った頭を鉄パイプで殴りつけ、更にヒドラを挑発する。後はこれを繰り返せばどうにかなりそうだ。


 それをみてミスリル鋼ゴーレムの回転を更に早くした。ヒドラが更にもだえるがゴーレムが溶け始める。持って後、数秒か。もう一度殴ろうとゴレームを動かすと、最後の馬鹿力かヒドラは二体のゴーレムを体当たりで吹っ飛ばす。そして、そのまま前身した。同時にこちらの魔力も限界だ。魔力枯渇により意識が遠のいていく。


(魔力を枯渇させるなと言っておいてこのザマでは、人のことを悪くえないな……)


 ——などと思いながらアルフォードは意識を失った。

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