大賢者と卵料理

 今日の夕飯は使ったアヒルの卵を使ったオムレツにした。ちなみに日本以外では卵は保存食とされており、1ヶ月ぐらいは大丈夫なのだが、その代わり加熱して食べないと腹を壊す。生食グレードしか売っていない日本の事情がおかしいだけだ。鶏と違ってアヒルの卵の扱い方がよく分からないが取りあえず卵であることにはかわらない。——にも関わらずアルフォードが鶏ではなくアヒルを持ち込んだのは朝、鶏がコケッココーと鳴くとうるさくて起きてしまうから惰眠出来ないと言うしょうもない理由だ。取りあえず卵を溶いてふわふわに焼けばオムレツになるだろうとアルフォードは記憶を廻らせた。確かオムレツは5世紀の古代ローマには誕生していた料理。どちらかと言うとフリッタータ(イタリア風オムレツ)と呼ぶ料理の原型の様で、現代風になったのは16世紀のフランスだったかな。確かフランスのルイ15世は、料理が趣味で、オムレツ狂いでオムレツばかり作っていたとか。作っていたのは文字通り王様のオムレツだ。既に18世紀の話なので蛇足だ。


 オムレツはフライパンと油が重要。それから卵は常温にした方が良いのだが、これは冷蔵庫で卵を保管するからで常温で保存しているなら考える必要はない。


 鉄のフライパンを使う時は最初に油をしっかりフライパンになじませる必要があり、コーティングされているものを使う場合は塗装が剥げていないものを使わないと行けない。フライパンの上に残りカスと油の層が層をなしていたらそのフライパンは捨てるか再加工が必要になる。そうしないと卵がフライパンに張り付いてしまう。概ね失敗の理由はこの辺りにあったのを思い出しアルフォードは、頭の中でシミュレーションを繰り返す。


 今回は、オムレツにバターを利用する事にした。油の種類は何でも良いのだが、バターを使うと張り付きにくい気がしたからだ。それから卵にもミルクを軽く混ぜる。こうすることで火の入りに余裕が出来るのでふんわりとしたオムレツが作れる。


 コンロ魔道具の上にフライパンを置いて、バターを投入する。同じタイミングでボールに卵を割り入れ、かき混ぜる。かき混ぜるのには箸を使うことにした。それが一番楽だからだ。そういえばこの世界には泡立て器が未だ存在しない。前世でもブリキの泡立て器は18世紀移行に普及したそうだが泡立て器を使っても重労働なのだから、それ以前はかなりの重労働のはず。そうすると一帯どうやって泡立てていたのかむしろ気になるくらいだ。カステラの原型を焼くためにそれだけの労力を割くだけの価値があったのだろうか?ちなみに英語のサイトでは泡立て器は15世紀に村田珠光が竹を使う茶筅を発明したなどと書かれているが、流石に茶筅で卵はかき混ぜない気がする。


そのために泡立てる魔道具を開発してパン屋に卸すと一儲け出来そうな気もするなどと思いながら軽く塩を振り入れ、念の為に胃腸に良い香草を刻んだものも混ぜんこんでおく。


 バターが溶けたタイミングで溶き卵を流し込み、フライパンの中をかき混ぜる。こうすることで柔らかい食感になるのだ。火加減を調節しながら卵の塊具合を確認する。取り合えず火さえ入ってしまえば大丈夫だろう。卵がやや固まりかけた瞬間で素早く形を整える。ここから形作りを始めるのだが、所詮自分で食べるもの、商売に出すモノでは無いので、適当にそれっぽい形になれば良い。


 焼き上がったオムレツを皿に盛り付け、アスパラガスを添える。


 よく考えるとソースになるものが存在しなかったことにアルフォードは気がついた。仕方無いのでチーズを上からかけてお茶を濁すにした。横にクレソンを添えて、それっぽく見える。これだけだと食いしん坊達がお腹を空かせて暴れそうなので、猪の燻製肉ベーコンを焼いて添えることにした。インゲン豆と空豆のスープにサラダを添えればできあがりだ。


「さあ、食いしんぼうども、食え」


「ところで御主人様、今日も硬いパンなんでしょうか?」


「そうだ在庫を食べきるまでは硬いパンしか出さないぞ」


「先に腐りませんか?」


「このパンは特殊な製法をしているから半年は持つぞ、乾燥させて更に硬くすると更に日持ちする」


「えーいつになったら柔らかいパンが食べられるのでしょうか?」


「そんな贅沢な子に育てた覚えはありません」


 カチュアのいつもの会話がつづく。


「御主人、このオムレツ、美味しいのだ」


 エリザがオムレツのおいしさを褒め称える。勝手に試食を始めていたようだ。


「こら勝手に試食するな。夕飯が無くなる」


「でも御主人の手料理は美味しいんだもの。幸せすぎるのだ。このまま御主人とお墓まで一緒に暮らすのだ」


 エリザさん、言っていることが重すぎませんか?


「そんなに美味しいのか?じゃあ今度はスフレ・パンケーキでも作ろうか?」


「エリザだけずるい。御主人様、私にも柔らかいパンをください」


「カチュアは硬いパンな」


 今日も賑やかな夕飯だった。


***


 ここはとある魔王城。魔王が飲んだくれていた。


「飲まないとやってられるか」


 盃を床にたたきつける魔王。見た目はどうみても幼女だ。幼女が酒樽を抱えて一気のみしている様子はどうみても放送禁止レベルだ。


「魔王様も良い年なんですから少しは健康に気を付けてください」


 横に控えているメイドがいる。メイドと言っても人間のメイドでは無い。角と尻尾が生えているし、蝙蝠の様な羽が生えている。どうやら魔族のメイドだ。


「これと言うのも勇者とやらが弱すぎるからだ。その所為で、書類仕事ばかりだ。書類仕事は思う気だのじゃ。妾は書類仕事ではなく勇者とやらと戦いたいのだ。このままでは身体が訛ってしまう。妾は暴れたり無いのじゃ」


「魔法様が本気で暴れると国が滅びます」


「だから勇者を呼べと言っておるのじゃ」


 そういいながら酒樽を煽る魔王。周囲に濃い魔力が吹き溢れる。先程から魔王を説得していたメイドも濃い魔力に当てられ昏倒してしまう。それは魔王城を吹き荒れるのだった。


 翌朝、魔王は荒野で目覚めた。


「はて、このような所で寝た覚えは無い」


 しばらくして、酒を浴びるように飲んでいたことを思い出す。深酒は、しばらく、いや今日ぐらいは辞めておこうを反省し、魔王は魔王城に帰ろうとし、飛行魔法をつかって周囲を見渡す。


「どうやらファーランドの方まで飛んで来てしまったようだな」


 魔王が東西南北を確認すると、西の方に一風変わった建物があることを発見した。それはアルフォードの建てた城なのだが、魔王はそれが何か分からなかった。しかし、その建物がとても強い結界で囲われることはすぐに分かった。


「もしかすると、人間共が妾の領土攻めるための砦かもしれぬ」


 魔王はそう考え、後で四天王を派遣しようと思いを巡らせながら魔王城に帰るのだった。

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