大賢者と釣り

 アルフォードはガラスと塩の収集を終えると魚釣りを始めることにした。この程度の海なら浮遊魔法で十分だが、エリザを連れて行くとなるとそうも行かない。やはり安全第一にすべきだ。アルフォードはそう考えて魔法を繰り出すことにした。空間属性超級巨大浮遊メガフロート、この魔法は100メートル四方の無色透明の浮遊物を生み出す魔法だ。そのため浮遊物の真下の海が見える。その上を歩いていた先が釣り場になる。


「それでは、釣り竿と餌を与える」


 その辺で拾ってきた木の棒に亜麻糸を結びつけた釣り竿だ。釣り針は針金を曲げただけのものに過ぎない。


「御主人、これで釣りができるのか?」


「後は技術と経験だ。それよりも海に落ちるなよ。この辺りは深いから溺れたら沈むぞ。もし海に落ちたら力を抜いて浮くことを意識するのだぞ」


「御主人、落ちるのが前提なのはなぜなのだ?」


「エリザだからだよ」


「それは酷いいいぐさにゃ」


 エリザが釣り竿を思いっきり振ると海の中に釣り針が放り込まれる。入れ食い状態なのか、すぐに魚がかかった。人が住んでいない場所なので恐らく警戒心が皆無なのだろう。よく分からない魚が何匹か釣れていた。そもそもこの辺りで取れる魚が何か知らないし、海の魚など十数年もみていないので何か全く分からない。取りあえず、毒が無いかだけチェック。こういうときに神聖魔法は便利だ。神聖魔法で釣れた魚が食べられるかチェックしながらアルフォードは繰り返し投網を投げ入れていた。


「爆釣りですね。ところで御主人、網など投げ入れてどうするのだ?」


「これは肥料にするのに使う小魚を水揚げしているのだよ」


 小魚は足が早すぎて保存に向かない。そのまま魚粉にして肥料にするのが手っ取り早い。しかしファーランドは地味が低いので肥料が無いとまともに作物も作れないのだ。魚粉を使うと植物の三大栄養素の内、特にリンや窒素が補充出来る。アルフォードは畑にまく肥料を漁獲していた。


「御主人、大物がかかってるのだ」


 見てみるとエリザの釣り竿が折れそうな勢いで引っ張られていた。そこで強化魔法で釣り竿を強化することにする。これで釣り竿が折れたり、糸が切られるることは無いだろう。


「思いっきり引っ張れ」


 アルフォードが声をかけるとエリザが勢いよく釣り竿を引き上げると釣り竿はひっくり返り、その勢いでエリザもひっくり返る。釣り糸は弧を描き、獲物が浮遊空間メガフロートに叩きつけられた。その場で暴れ回っており、揺れ動いている。その大きさは10mを越えており、足が10本ほどある軟体動物だった。


「あ、これは巨大なゲソだな」


 浮遊空間の上でゲソが暴れ回っているので地面も揺れ動いていた。早いこと止めないと危ない状態だ。揺れに強い巨大浮遊メガフロートとはいえ、ここまで暴れられるとひっくりかえされる可能性もある。そうすると海に放りだされてしまう。


「御主人、これはクラーケンなのだ」


「そうとも言うな。しかしよく立ってられるな」


 クラーケンの正体はダイオウイカらしいなと思いながらアルフォードは地面に這いつくばっていた。よく考えれば重力魔法で浮き上がれば良いのだがアルフォードは失念していた。一方、エリザはその場に仁王立ちしていた。


「まぁこれぐらいの揺れなら大丈夫なのだ。それよりどうやってトドメを差せば良いのだ」


「凍らせておこう」


 アルフォードは冷凍の魔法で凍らせることにした。アルフォードが念じると大きなゲソが一瞬で凍り付く。同時に生じた冷気が近くまで漂ってくる。この魔法は、対生物では抵抗レジストされて失敗するので本来、周りの水蒸気を集めてからそれを凍らせると言う面倒なことをする必要があるのだが、海から飛び出したばかりの大きなゲソは海水に塗れていたので、まとわりついている海水を凍らせるだけだ。


「しかし、これだけ大きいと運ぶのが面倒だな」


 アルフォードは、それ以前に、この浅瀬に10mは越えるかと言う大きなゲソがどうやって入り混んだのだろうなどと思ったが、そもそも何でもありの世界だったと思い直し考察を後回しにすることにした。仮説から証明まで100年以上かかる理論はいくらでも有るわけで、自分がすぐ結論を出せると考えること自体がおこがましいと考えたのだ。


「御主人、これは美味しいのでしょうか?」


「味は期待してはいけないぞ。大味で不味い気がする」


 これだけ無駄に大きいと、全体的に薄味で、味の焦点がぼやけ、更にアンモニア臭も酷く、ホントに美味しくないと考えられる。でかいゲソは、食べるより標本にして売った方が儲かるだろう。クラーケンの標本と名付ければかなり良い値がつく可能性がある。


「仕方無いのだ。今日は他に釣れた魚を食べるのだ」


 城に戻ると拗ねているカチュアを放置して。水車用の水門の側に塩を保管するための小屋を建てることにした。塩をざるの上に置き、したたり落ちる水滴をバケツで受ける。したたり落ちた水滴は、にがりを含んでいる。これを使うと豆腐が作れるのである。しかし肝心な大豆やそれに類似するものをまだ発見していないので当面はアク抜き用に使うしかなさそうだ。大豆の代わりになりそうな豆がその辺の川辺に生えていないかそのうち探してみようかとアルフォードは思う。ただ、このような所に生えている豆は栽培種ではないので種子の大きさが非常に小さいのだ。そのため手間がかかる上に量が取れない問題がある。


 鰯っぽい魚は、樽に塩漬けにして魚醤が出来るか試してみることにした。樽は3つか4つぐらい有れば十分かな。それ以前に、かつてスタミナポーションを作る為に穀類からデンプンを取った残り、その大半はタンパク質だ。アルフォードは錬金術の実験でタンパク質を分解したことがある。その分解したものをアミノ酸と言うのだが、この国の言葉で表記出来ない。そのため酵母エキスと言う名前でも付けて販売しようかと思って取ってあったのだ。そいつを魚醤に混ぜると醤油ぽくならないかなとも期待してみた。おそらくウスターソースは作れるだろう。ウスターソースは本来醤油を加えて作っていたのだが第二次世界大戦により醤油が輸入出来なくなると変わりにタンパク質加水分解物を加えるようになったと言う。つまり野菜、果実、香辛料、酢、タンパク質加水分解物(アミノ酸)、食塩、糖分があればソースの方は作れるはずだ。うち野菜、果実、香辛料は菜園にある。酢はデンプンを酵母で酒にし、さらに酒を酢酸発酵すれば作れる。しかし、売る気は無かった。金持ちは手間の混んだ料理を好み、庶民は食べるのに精一杯なので市場が小さいと言う問題があるのだ。恐らく冒険者向けには売れるだろうが、あまり乗り気でなかった。


 今日の夕食は貝と魚の蒸し焼きを作る事にした。菜園から何種類かの香草を摘んできて、油で貝と魚を炒める。この油は菜園で取れたオリーブもどきから作ったオリーブもどきオイルだ。その辺に生えている草からも種子を搾れば油が取れるのだが、十分な量が採取できない。その理由は種が小さいからだ。その点オリーブもどきはやや大きいので割と油が回収できる。もっともヤシの実の様な油取りに適した作物は菜園には未だ無い。油取りに便利な植物は概ね熱帯に生えているから王国などの冷温帯にはあまり存在しない。亜麻から取れるアマニ油はあるがアマニ油は火を通して使うものでは無く、酸化しやすいため流通していない。それでも灯火としての需要が魔法で補えることもあり、ある程度、油は出回っている。それでも流通しているのはオリーブもどきの生えている南にあるザラシア連邦王国や諸島協商などが中心で、王国あたりだと獣脂が手に入るぐらいだ。ファーランド南部は連合に気候が似ているので、水と土と肥料さえ確保すればオリーブもどきの量産は可能。それを見越してアルフォードのベイリーにはオリーブもどきの木があちこちに植えてある。それらは菜園から移植したばかりなので未だ苗に毛が生えた状態だ。


 その時、アルフォードは、牛さんが来ればバターが作れるな……と考えながらフライパンをかき回していた。今日の献立は、貝と魚の香草蒸し焼き、海藻サラダ、エンドウ豆のスープとパンだ。パンは当然、硬いパンだ。屋敷から持ってきたもので既にカチコチになっている。その状態で半年ぐらい持つので非常食になる。それをスープに付けて食べるのだ。なお、本当の中世ヨーロッパならこれらは手づかみで食べる。戦国時代末期に日本にやってきた宣教師ルイス=フロイスが『我々は全ての食べ物を手で食べる。日本人は子供の時から箸使って食べる』と書き残した様に中世どころか近世に入る16世紀でもヨーロッパ人は食事を手づかみで食べていた。中世ヨーロッパにおいて食器は宗教上の理由で忌避されたと言う。その所為でナイフ以外の食器が存在しない。しかしここは異世界なのでそのような宗教的縛りはないので食器を常備してある。ナイフ、フォーク、スプーンそれから箸。箸は作るのが楽で便利な食器だとアルフォードは考えている。


 この世界を前世と比較した場合、中世と言うより近世に近いのだが、それでも色々差があるのだ。一つは、銃や大砲に相当するものがない。これは戦争が魔法に頼り切っている所為だと思われる。また森の中に強い魔獣が多く生半可な銃では太刀打ち出来ないのも銃の発展が進んでいない理由の一つのようだ。ライフルまで一気に開発を進めないと実践で役に立ちそうにない。銃を使うより弓に付与魔法を使った方がコスパが良く威力も高い。錬金術は発達しているがある一線を越えられていない。これは、錬金術が魔法の一種なので融通が利きすぎて逆にイノベーションが起きにくい環境が関係しているのだろう。錬金術は物質の合成や分解をつかさどる魔法なので、当然、化学合成をおこなう事も出来る。しかし、地球上で化学合成を発生させる条件が複雑なものでも錬金術でどうにかなってしまうので、あまり深く試行錯誤しない傾向がある。ついでに金属関係は困ったら取りあえずミスリルを混ぜればどうにかなってしまう。しかしそれではあまりにコストが高いのでコストの安い錫や亜鉛などの合金の利用は同様に進んでいるが、困ったときのミスリル頼みは冶金技術を大きく遅らせていた。


 スープが煮立つとカチュアが素早く、テーブルとイスを並べていく。そしてエリザが、鍋から皿に盛り付けて勝手にテーブルに運んでいく。


「こら、まだ仕上げが終わっていないぞ」


「お腹ペコペコなのだ。食べられれば何でも良いのだ」


「そうです御主人様、早く食べられば何でも良いのです」


「じゃあ、カチュアは塩水と硬いパンだけな」


「それはさすがに勘弁してください」


 夕飯を終えた後、まだ魚が貝が残っているので、じっくり弱火で煮込むことにした。いわゆるブイヤベースもどきだ。何種類かの魚と貝海老などと香草やハーブ、白ワインで煮込む料理だ。水分が蒸発してしまわないように水を多めに加えて弱火に設定したコンロ魔道具の上に半日放置する。朝になったら越してアクをとることにした。問題は、二人が鍋に触らない様にすることで、そのためにキッチンに幾重にも厳重に結界を張っておくことにした。もちろん城の結界より厳重にだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る